10年前に戻っても友達ができるわけがないだろう ②

 佐伯ゆいの声優の養成所での出来事の話を聞いていると昼休み終了前のチャイムがなり、俺たちは一年五組の教室に戻ってきた。

 俺は彼女と少しだけ教室に入るタイミングを遅らせてから入ると、佐伯ゆいは自然と元のグループに戻っているのを少し目で追っていると、ふと、さっきの話題にもあった天塚という金髪の女と目が合うと、またしてもジロリと睨まれた。


(えー……こわ……)


 と理由のわからない悪意に少し怯えながらとりあえず無視して自分の席である廊下側の一番後ろの席につくと、教室に走りこんできた男子がいたので自然と目に入った。


「はあっはあっ、間に合った」


 彼は息を切らしながら教室に入ってくると、持っているコーラを滑らすがなんとか掴み直した。


「おっとと、セーフ」


(いや、セーフじゃねえだろ)


 落としそうになったタイミングで思いっきりコーラを振っていた。あのままじゃ炭酸が吹き出るだろう。


「買ってきたよ」


 彼は買ってきたコーラを友達らしき男に渡した。


「お、早いじゃねーか、楠陰」


「え、そうかな? あはは」


 どうやら走って入ってきた彼は楠陰というらしい。

 その友達らしき男は、楠陰からコーラを受け取ると、キャップを取るとプシュっと中身が溢れ出てきた。


「おい、炭酸吹き出てきたじゃねーか」


「ご、ごめん…」


「ちっ、おめーがやったんだからおめーが金を払えよ」


「わ、わかったよ……。ごめん影井くん……」


「もういいよお前。それよりみんな今度の日曜遊び行こうぜ」


「お、いいねー」


「今度はラウワンでも行くか」


 影井くんとやらが提案すると、周りはそう言って騒ぎ立てた。


「ちなみに〜」


 そう言って影井はふらりと立ち上がると楠陰に近づいていき、ゆっくりと楠陰の肩を叩く。


「楠陰は誘ってないからな」


「うん……そうだよね……」


「ぎゃははははははははははははははははははははははははは」


 楠陰が少し悲しそうに頷くと、周りは大爆笑。

 それを見ていて心地の良いものじゃないし、正直腹が立った。

 俺がやられたわけではないのだから別に俺に被害が及ぶわけではない。

 だが俺の高校時代のいじめもまさにあんな風に始まったのだから少し思い出してしまって不快だ。

 いじめは最初の内、どうでもいいことから。徐々にエスカレートして人としての尊厳を奪われていく。

 今はまだいじりと言える範疇なのかもしれない。やってる側もやられた側もまだいじりと思ってやっているかもしれない。

 だが、いじめといじりの範疇を決めるのは、やられた側の人間だ。個人を一方的にいじり続けていればいつその境界線を超えてしまうかわかったものではないのだ。

 それにいじりだと思ってやった側はすぐに忘れてしまうかもしれないが、やられた側は永遠に心の傷として残り続ける。

 そうだとしたら相手の気持ちを考えないいじりは軽率に行うべきではないし、いついじめと言ってもいいものになるかわからない。

 俺は苛立ちながら見守ることしかできないでいると、入学式で話しかけてきたイケメン、早乙女優が立ち上がると、影井と楠陰の間に入る。


「そんなこと言わずにさ。みんなで行けばよくないかい?」


「……だってよ、楠陰よかったな。優が言うんだったら連れて行ってもいいぜ」


「い、いや……僕はいいよ……。行っても迷惑かけるかもしれないしさ。ほら、僕ってドジだし」


「ぎゃはは、わかってるじゃねえか」


「楠陰くんがそう言うならいいけどさ……」


 早乙女優はそう思って引き下がった。まあ楠陰の判断は正しいだろう。無理に参加してもいじりが徐々にエスカレートする機会が増えていくだけだ。

 そんなことを思っていると、俺の席にやってきた気配がしてそちらを見ると、佐伯ゆいの友達で俺をよく睨んでいる天塚の姿があり、いつも以上に凄みながら俺を睨みつけてきた。


「放課後、五時ごろ体育館裏にきなさい」


「は?」


「いいわね」


 天塚とやらの突然の呼び出しに間抜けな声を出すと、俺の事情はお構いなしなのかさっと振り返って歩き去っていった。

 俺が歩き去る天塚の背中を見ていると、天塚は突然振り向きジロリと睨まれた。


(一体、何の用なんだよ……)


 俺は目逸らして考える。

 本当に何にも関わりがなかったはずなのに俺は一体何をしてしまったのだろう。

 天塚とやらの言うことを考えあぐねていると、気がつけば授業が終わっていた。


   * * *


 放課後、五時過ぎ。

 仕方なく体育館裏に出向いた俺は……。


「あんたねえ。結局なんで友達すらできないのよ。マジありえないんですけど」


「は、はあ……」


 初対面なはずの天塚に正座で座らされて、友達ができないことについて説教を食らっていた。

 体育館裏に来た途端、またしてもジロリと睨まれて『ちょっ、あんたとりあえずそこに正座しろし』と言われてその迫力に飲まれ、正座してしまったのだ。

 そこから『話しかけられるたびいちいちキョドってるのキモいんですけど』とか『もっと自分から話しかけな?』とか言いたい放題である。


(なんだよこれ……。ほぼ初対面の女の子に友達がいないことを説教されるってどんな罰ゲームだよ……)


「ちょっ、あんた反省してんの?」


「……すいません」


「はあ……、とりあえず知らない人から話しかけられたら心の壁を作るのやめな?」


 天塚は心底うんざりだと言いたげにため息をつくとそんなことを言った。

 反論しようと思ってはいるのだが、割と真っ当なアドバイスをしてくる。言ってることは正論なので反論しにくい。


「わかったよ……」


 俺は天塚に素直に従っていると、ここで急に天塚が重大発言を一つ。


「ったく、あんた未来からきて25歳なんでしょ? 10歳年下にビビってどうすんのよ」


「は? はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ⁉⁉⁉」






「なんでお前は俺が未来から来たって知ってるんだよ!」




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