10年前に戻っても友達ができるわけないだろう①

 二度目の高校生活が始まって三週間ほど経過した。

 春は終わりに差し掛かり、すでに桜は散りきって青々とした葉を揺らしたさわやかな風が頬をかすめる。

 とある日の昼休み、俺はいつも通り校舎裏の外階段に腰掛け、昼飯だと親から待たされたパンを一人黙々と食べ進めていた。

 『あははっ』と青春を感じる本当に楽しそうな笑い声がかすかに聞こえてくると、ふと10年前もこの場所でこんな声を聞き、青春の負け組だということを強く感じて悲しくなってしまったのを思い出した。

 今となっては負け組だなんて事実はとっくの昔に気づいて諦めてしまったことなのでなんの感情もわかない。

 こんな人気が少ない場所で昼飯を一人で食べているという時点で察してもらえるとは思うが、俺は二度目の高校生活でも友達を作ることができなかった。

 友達がいないというのは10年前から何も変わっていない。

 やはり過去に戻ってやり直したとしても俺の世界は何も変わらなかったらしい。

 10年前と違うことがあるとするならば、本来の10年前と違いクラスメイト達に嫌われてはいないということくらいだろうか。

 本来の10年前であればもうすでにクラスから浮き気味になっていたと思う。

 今回は誰とも深くかかわっていないのでクラスメイトに嫌われてはいないはずである。

 多少変わったとはいえ友達はできていないのは変わっていないので、結局俺の世界は何も変わっていないのは間違いない。

 昼飯を食べる場所も全く変わってないのはあまりにも変わってなさすぎる気もするが、他に思いつく場所もなかったので今日も今日とて同じ場所で一人ぼーっと外の景色を眺める。


「ふぁあ〜あ」


「眠そうですね」


 昼飯を食べた後、妙に眠くなり、大きくあくびを一つすると、階段の上から話しかけてきた人物は何度も聞いてきた声で佐伯ゆいだということがすぐにわかった。


「ああ、バイトが長引いてな」


「あんまりたくさんバイトしすぎないほうがいいですよ?」


 結局俺は家の近くのコンビニエンスストアでアルバイトを始めることにした。

 俺の家は学校から遠く、一時間ほどの場所にある。つまり、家の近くであれば学校の教師にあうことはなく、安心してアルバイトをできるのだ。

 深夜帯のほうが時給がよいため、遅い時間までシフトを入れてもらっていたせいで、睡眠時間が取れず、寝不足なのは間違いない。

 だが、この程度の夜更かしは二徹三徹当たり前だった社会人時代と比べたら楽なものである。


「大丈夫だろ。そんなことよりも、またここに来たんだな」


 佐伯ゆいは約束通り、教室では話しかけてこないでいてくれるようになったのだが、昼休みはこうして俺が一人で校舎裏で昼食を食べている時によくやってくるようになっていた。

 俺とは違い、たくさんの友達がいてクラスの中心人物になりつつある佐伯ゆいがいつものようにここに来る必要があると思えないが、それにもかかわらず毎日のようにやってきている。


「えへへ、直人くんと話すのは楽しいですから」


「実はお前も友達がいないんじゃねえのか」


「む、直人くんと一緒にしないでください! わたしは天塚さんとかと本当に仲良くしてもらってますよ」


 佐伯ゆいに友達が少ないなんてことないとわかっているが、佐伯ゆいのここに来る理由を聞いたせいで、少し気恥ずかしくなって話をそらした。

 天塚という知らない名前が出てきたのでそいつの話を聞いてみることにしよう。


「天塚って誰だ?」


「同じクラスなのに知らないんですか? わたしがよく話してるとっても綺麗な子ですよ」


「お前と一緒にいる……綺麗な……ああ、あの怖い女か」


「怖いなんて言わないでください。怒ったら怖いかもしれないですけど、普段はとっても優しいんですよ。わたしには特に」


「そうか? 俺は特に関わりもないのになぜかめちゃくちゃ睨まれてるんだが……」


 教室で一人ぼーっとしていた時のことである。

 やることもなかったので佐伯ゆいの方に目をやると、友達の女と目があった瞬間にジロっとすごい形相で睨まれたのだ。

 それから何度か目が合う事があったのだが、その度に睨まれ続けてきて、綺麗というより怖い方の印象が残っている。

 たしかに顔は整っていたと思うが、激しい形相で睨まれていたので綺麗な女の子と言われてもなかなかそいつの顔が出てこなかった。

 どうやらそいつの名前は天塚というらしい。名前も覚えてないくらい関わりはないのに、どうしてあんなに睨んでくるのだろう。


「何かやったんですか? 天塚さんあんなに優しいのに」


「本当に何にもやってないんだけどなあ」


「知らないうちに何かやったんじゃないんですか? そんなんだから高校に入ってから友達できないんですよ」


「何もやってねえし、友達ができないのは関係ねえだろ……」


「じゃあなんでなんですか?」


 友達がいないことを煽っているのかと思って言い返そうとしたが、こてんと首を傾けた様子を見るにどうやらからかいたいわけではなくただ疑問に感じているらしい。

 たしかに佐伯ゆいに友達がいなかったところを見たことがない。俺みたいな根っからの陰キャと違い佐伯ゆいはよくクラスの真ん中にいた人間だ。元より天性のリア充には友達ができないという気持ちを理解できないらしい。

 

「単純に話題がねえんだよ」

 

 (そもそも俺の精神年齢は25歳であって15歳と友達になれるわけがないんだよなあ)

 

 15歳の少年と共通の話題なんて存在していないし、15歳の少年と同じテンションで盛り上がれるわけないのだ。

 過去に戻ってやり直す系の主人公全員コミュニケーション能力高すぎるだろ。

 当たり前だが、フィクションならいつの間にかできている友達は現実でも勝手にできるわけではないのだ。

 入学式の日、最初に話した早乙女優だって初めはちょくちょく話していたもののあっという間にクラスの人気者になって今では近寄りがたい存在になっていた。俺に優しい奴は他の奴にも優しいもので、クラス中から求められるようになるものだ。


「共通の話題のある友達を探せばいいんじゃないですか? オタクの男子とかいないんですか?」


「今のところそんな奴いねえだろ」


「たしかにそうですね……」


 この時代はまだオタクがクラスにバレると、迫害されていた時代である。表で堂々とオタクしている奴のほうが少なかった。クラスの隅でひっそりとしているオタクが多かったのだが、今回の俺のクラスにはそんなグループは存在していない。

 もしかしたらその迫害を恐れた結果、オタクであることを隠した、隠れオタクがいるのかもしれないが、隠れている時点で難しい。

 

 そもそもである。

 なぜ友達を作らなければならないのだろう。

 

「まあ別に友達なんていらないしな。気にしてねえよ」


 ここ数年社畜として生きてきて付き合いで飲みに行かされることは何度もあったが、友達と言える関係なんてできることはなかったし、一人で生きていくのは慣れていた。

 少しだけ希望を持ったこともあったけれど、過去に戻ったところで何も変わらない。それをたしかに実感していた。


「ダメです!」


「は?」


 佐伯ゆいは有無を言わさない口調で断言して、俺は聞き返した。


「ダメって言ったんです! 直人くんはあんなに高校生活を楽しみにしてたじゃないですか?」


「楽しみにしていたのは……昔の話だろ……」


 たしかに10年前は高校生活が楽しみで仕方なかったかもしれないが俺にとっては昔のことなのだ。


「昔の話だからって言い訳したっても知りません。簡単にあきらめちゃダメなんです」


「あ、ああ……、わかったよ」


 俺はグイっと顔を近づけて、じっと見つめてくる佐伯ゆいに押し切られる形で肯いた。

 だがどうやれば友達なんてできるんだろうな……。

 しばらく友達なんて作ろうとしたことないからわからねえ……。


「もう! 簡単に諦めるなって教えてくれたのは直人くんなんですからね?」


「なんだそれ? そんなこと言ったか?」


「言ったというか……直人くんが居なかったらきっと夢を諦めてたんですよ?」


 そう言えば昔、佐伯ゆいの夢について首を突っ込んだ気がする。

 俺は佐伯ゆいに絶対才能あるとほめ、佐伯ゆいの頑固な親を必死に説得したのだ。その結果、彼女の父親に思いっきりぶん殴られたからよく覚えている。

 おそらくその時のことを言っているのだろう。


「あ、そうだ。聞いてください。わたし、養成所で才能あるって褒められたんです! 直人くんが言ってた通りでしたね?」

 

「ああ、きっと、お前なら人気声優にだってなれるよ」

 

 彼女の夢は声優だ。昔の俺の勧めで声優の養成所に入り、夢をかなえようとしている。

 そして、10年後、未来が変わらなければ彼女は夢を叶え、人気声優になることができる。

 高卒でブラック企業に勤め、体がボロボロになり過労死した俺の人生と佐伯ゆいの声優としての輝かしい人生は何ともまあ真逆のものだったとふと思い出したのだった。




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