10年前に戻っても幼馴染と放課後デートするわけがないだろう ③
俺たちが住んでいる県はなかなかの田舎に属している。
俺が10年後、就職していたブラック企業は東京で見つけた企業だったので、我が県の田舎さは身にしみていた。
ただ、清水高校は県庁所在地である市に立地しているので、学校の周辺自体はそれなりに栄えてはいる。
だが、田舎であるがゆえに最寄り駅で我が県の中心と言われるようなそこそこに栄えている場所でも電車の本数自体は非常に少ない。30分待つことは当たり前で、電車の本数が少ない昼間であれば一時間以上待つことなどざらにあり得る。
高校生活一日目ということもあり、我が県では当たり前のことをうっかり忘れていた俺たちは電車を最悪のタイミングで逃していることに最寄駅に到着してから気づいた。
「今から電車を待っても一時間半は待たされるな……」
「えへへ、運が悪いですね」
佐伯ゆいは電車に乗り遅れたというのに、なぜか嬉しそうに微笑んだ。
「なんだよ。なんか嬉しそうだな」
「早速わたしのやりたいことのベストタイミングなんです」
おそらく彼女のやりたいこととは先ほど話したばかりの学校以外では彼女のやりたいことにある程度付き合うということだろう。
その約束を早速ここで使うらしい。
「一時間ですませられることなら何でもいいけどよ。なんだよやりたいことって」
俺は約束した以上は何でもいいと言って頷くと、佐伯ゆいはもじもじと体をよじった。
「えっとですね。アミュで、放課後デートしたいです」
「ほ、放課後デート⁉」
アミュとは最寄り駅の隣にある大型商業施設のことである。この県の中心地なのでそれなりに大きく、映画館書店などもあり、田舎にあたるわが県では数少ない中高生のデートスポットとして有名だった。
「はい!」
「……それって何すればいいんだよ。経験ねえし、わからねえよ……」
悲しいことに25年間、負け組人生を送ってきた俺は放課後デートはおろか普通のデートすらしたことがなかった。高校に入ってからはすぐに引きこもることになり、社会人になってからはブラック企業で私生活に余裕がある瞬間などなかったのだから仕方がない。
つまり、こと女性経験においてはうぶな高校生のままなのだ。こういう時どうすればいいのかわからない。
「わたしも経験ないです……。でも、高校生になったらやってみたかったんです。放課後デート」
「付き合ってるわけでもねえし、別にデートじゃないだろ」
「男女で一緒に出かけることをデートっていうんです。だからこれはデートですよ?」
「デートっていうなら帰るぞ、俺は」
俺はそう言って、駅のホームのほうへ歩き出す。
クラスで目立つのが嫌だったのに佐伯ゆいとデートしているところなんて見られたら注目の的になるに決まっているだろう。
まあそれもあるが正直俺は佐伯ゆいとの距離の近さに戸惑っていた。
10年前のことだから確信は持てないが、普通の幼馴染だったはずだと思う。
だが10年前に戻ってきてから、佐伯ゆいはなんというかぐいぐい来る。この佐伯ゆいという女の子とどう接すればいいのかわからなくなっていた。
これ以上なすがままになってしまうとまずい。何がまずいっていろいろまずいのだ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。わたしがしたいことに付き合ってくれるっていったじゃないですか?」
「俺はある程度ならっていったぞ? デートはある程度の領分を超えてるだろ」
「……ダメなんですか?」
いつものように潤ました瞳で俺を覗き込んでくる。
「うっ……」
俺はうめき声を佐伯ゆいのこの甘え方に流されそうになるが、今回ばかりはぐっと我慢する。
「ダメだって言ってるだろ。もしもデートなんてしているところをクラスメイトに見られたらどうするんだよ」
「……じゃあこうしましょう! 今からするのはデートじゃなくて帰り道に一緒に遊ぶだけです」
「遊ぶだけ?」
「そうです。いつもと一緒で遊ぶだけです。……ダメ? ……ですか?」
そうやって甘えるように上目遣いで見てくる佐伯ゆいに動揺しながら、俺はゴクリと生唾を飲みこみ、迷った末覚悟を決めた。
「わかった。遊べばいいんだな」
遊ぶだけとデートは気の持ちようの違いかもしれないが、遊ぶだけといわれると断りようがない。
最悪クラスメイトに姿を見られても、遊んでいるだけと言い訳すれば、多分なんとかなるだろう。多分。
「えへへ、いいんですね?」
佐伯ゆいは嬉し気にニコリと目を細め笑った。
「それで、どこ行くんだよ」
俺がアミュのある方角に向かって歩き出すと、佐伯ゆいも俺の隣に並んで歩き始めた。
「とりあえず、直人くんが好きな本屋さんにでも行きましょうか」
佐伯ゆいは目を細めて本当に嬉しそうににこりと微笑んだ。
* * *
そうして俺たちは大型商業施設内部にある書店にやってきた。この書店はわが県有数の規模を持ち様々な本が取り揃えられている。
書店は俺にとって昔から好きな場所の一つである。
アニメや漫画、そしてラノベのオタクである俺が一番お金をつぎ込んできた場所と言ってもいい。
それに一般文学もそれなりに読む俺は単純に物語が好きなのだ。書店という場所には最新でたくさんの物語がある。
表紙やあらすじからどんな物語か想像するのも好きだし、限られたお金の中でどの本を買うか悩むのも好きだし、それに楽しみにしていたシリーズの最新刊を発売日にワクワクしながら買いに来るのも好きだった。
正直、過去に送られた時は10年後の物語の続きが読めないのが一番と言っていいほど悲しかったけれど、昔読んだ本を読み返すのも楽しいし、10年前に読んだことがなく埋もれてしまった物語を探すのは楽しかった。
そんなわけで10年前に戻ってきてからも地元の書店は何度か行き来している。
だが、流石に一時間程かかるこの県内有数の広さを持つ書店にまでは来ることがなかったので、この規模の書店に来るのは久しぶりである。
書店は規模が大きければ大きいほどたくさんの物語に出会うことができるわけで俺は少しばかりテンションが上がっていた。
「あれも面白そうだったし! これも面白そうだ!」
俺は読んだことがない本を見て回り、あらすじを読みながら呟く。
面白いと噂になった作品はある程度読み漁っている。しかし、どうしてこの本はこんなに面白そうなのに10年後には埋もれてしまったのだろう。
読んでみて面白かったら、ぜひ宣伝しなければ。
そう思ってレジに持っていこうとしたのだが、ふと冷静になって財布の中身を確認する。
「金がねえ……」
社会人時代、生活費以外はほぼ趣味に注いでいたので、それなりの大人買いができた。
だが、今となっては月三千円のお小遣いが俺の収入源である。正直言って全然足りていない。
「バイトするか……」
せっかく働かなくてよくなった高校生になったのだから、高校生の間くらいは働きたくなかったが仕方がない。趣味に生きるにはある程度のお金は必要だ。
そんなことを考えていると、隣で俺の様子を見守っていた佐伯ゆいが話しかけてきた。
「これも面白そうじゃないですか?」
「ああ! これ面白いんだよ! 見る目あるな!」
そのシリーズは後に大ヒットし、アニメ化や映画化された作品である。この時はまだ一巻がでたばかりのころらしく、最新刊のコーナーで目立たない位置に一巻が置いてある。
ちなみにだが、佐伯ゆいもライトノベルを読む。オタクの俺の影響で幼馴染である佐伯ゆいも同じ作品を読むようになったのだ。
最初にオタクになったのはもちろん俺で、無理やりにといってもいいほど好きな作品を進め、その結果佐伯ゆいは直人くんがそういうならと読みだしたのだった。
「発売したばかりですけど、読んだことあるんですか? だったら今度貸してほしいです!」
そう言われても10年前に買った本なので、貸す本は持っていなかった。テンションが上がっていたのでそんなことにも気が付かなかった。
「えーっとだな……。中学の友達から借りて読んだんだよな。すまん! 貸せない」
そういって何とか誤魔化すと、佐伯ゆいは少し残念そうにしゅんとうつむいた。
「そうなんですか……。じゃあ買わないと読めないですよね」
「そういえば、お前、少ししか小遣いももらえないんだったな」
佐伯ゆいの家はそれなりに厳格で必要なものは両親に相談するしかないらしい。ライトノベルなど買ってもらえるわけもなく、俺が貸すか図書館で借りるかしか読む方法がない。
「わかった。俺が買うよ」
「一回読んだことあるのにいいんですか? それにお金ないんじゃありませんでしたか?」
「二冊くらいだったら買えるから気にすんなよ。それにバイトもしていずれこの本も買うつもりだったしな」
佐伯ゆいとこの本の話をしていると、買いたくなってしまったから、別にこれを買ってもいいだろう。
「え、アルバイトって校則で禁じられてませんでしたか?」
「ああ、禁じられてはいるな」
「ダメですよ。校則は守らないと」
昔の俺は律儀に校則を守り、アルバイトをしなかったものだが、10年たってから考えてみれば例え破ってもバレたりしない校則など守る意味もないと思っていた。
「バレなければ大丈夫だろ。それにバイトできないとこの本買えないぞ」
「んー、それもそうですね……。わかりました。秘密にしておいてあげます」
佐伯ゆいは秘密と言って人差し指を立てて唇に当てていった。
「じゃあ、買ってくる」
俺はそういうと、レジに行って手早く会計を済ましてくると、佐伯ゆいはレジのすぐそばで俺を待っていた。俺はすぐに見つけて近づいていくと、申し訳なさそうな顔をしている。
「直人くん、わざわざわたしのほしい本を買ってくれてありがとうございます」
「いいよ。俺も読み返したくなったしな」
「それでお願いがあるんですけど……、また昔みたいに直人くんの部屋に行ってもいいですか?」
佐伯ゆいは家が隣で小学生とかのうちはよく家に来ていたのでそこまで不思議ではないが、中学の高学年になってからうちに来ることは滅多になくなり、高校に入ってからは、ほぼうちに来たことはなかったはずである。
「……何しに来るんだよ」
「もちろん本を借りて読むためですよ。読みたい本がいくつもあるんです」
「これまで通り貸すだけじゃダメなのか?」
「たくさん借りたい本があって家も隣なのに、いちいち貸し借りしてると非効率だと思いませんか?」
「えーっとだな……」
別に部屋に入れること自体はいいのだが、定期的に佐伯ゆいが家に来ることになるということが気がかりだった。今現在距離を計りかねている佐伯ゆいが家に来るのはなんとなく憚られた。
「もしかして……。エ、エッチな本でも隠してるんですか?」
「なっ!……、ちげーよばか。そんなわけねえだろ。ねえよそんなもん」
そんなものは多分ない。多分。
ちなみにないと言い切れない理由は中学時代の俺が隠し持っていた記憶があるからである。俺の記憶の中では10年以上たっている今となってはどこに隠していたのか、いつ捨てたかすらも忘れてしまったのだ。それがうっかり出てくる可能性もないわけではない。
頼むから捨てておいてくれよ。中学時代の俺……。
「じゃあ別にいいですよね?」
「わかったよ……。でも部屋漁ったりするなよ?」
「別に漁ったりしませんけど……、あ、やっぱりエッチな本があるからですか?」
「ないって言ってるだろ馬鹿」
俺はそう言い捨てて書店から早歩きで出た。
「待ってくださいよ」
呼び止められて立ち止まると、佐伯ゆいは小動物のようにとたとたと追いかけてきて、俺に追いつくと安堵の表情を浮かべ、えへへと笑いかけてきた。
そろそろ電車の時間かと、携帯を開いて時間を見てみたが、次の電車の時間はまだ一時間ほど時間が残されていた。
「まだ時間あるみたいだが、次はどこ行く?」
「そうですね……、最近スタバ?っていうのが初めてできたみたいなので行ってみますか?」
スタバとは全国チェーンの喫茶店である。
この頃、田舎である我が県にもスタバが初めてできて、その一店舗目は俺たちが今いるアミュに開店していた。そのスタバに興味本位で行ってみようという提案である。
「スタバか……」
「……ダメなんですか?」
「いや、いいよ。行こうぜ」
俺は少しだけ足が重かったのだが、ある程度なら言うことを聞くと誓った以上、佐伯ゆいの提案を受け入れスタバへと向かうことにした。
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