10年前に戻っても幼馴染と放課後デートするわけがないだろ ②

「君たちも五組なのかい?」


 足を進め出してからすぐに突然話しかけられたのでそちらを見ると、見覚えのある気がするイケメンがそこにいた。

 目鼻立ちがはっきりしており一目で容姿が整っているとわかった。同じ一年生だとするのならば、新調したばかりのはずの制服をうまく着こなしており、周囲からの視線を集めている。


「ああ。そうだけど」


 俺がそう答えると、その見覚えがあるイケメンは握手を求める手を出してきた。なんとなく俺も手を出すと、ぎゅっと痛くない程度の強さで摑まれた。


「僕も五組なんだ。僕は早乙女優。同じクラスだね。よろしく」


 早乙女優と聞いてすぐに、なぜこのイケメンを見覚えがあるのかを思い出した。

 俺自身は、10年前の高校生活では全く関りはなかったが、全校生徒が知る勉強もスポーツも優秀なリア充として有名だった。そして、10年後には俳優として全国クラスの有名人になる完璧人間である。俺はそんな未来の有名人に話しかけられ少し動揺していた。


「あ、ああ、山岸直人だ。よろしく」


「わたしは佐伯ゆいです。よろしくお願いします」


「山岸直人くんと佐伯ゆいさんか。直人とゆいさんって呼んでいいかな?」


「……俺は別にどう呼んでもらっても構わねえよ」


 いきなりの下の名前呼びに少し面食らったが、何とか答えた。これが陽キャのノリらしい。恐ろしい。


「わたしは……下の名前で呼ばれ慣れていないので、名字で呼んでもらえると嬉しいです」


「了解。直人と佐伯さん! 改めてよろしく。あ、そうだ。連絡先も交換しとかないかい?」


「別に連絡先なんて交換しなくても良くないか? 特に連絡取ることもないし…」


「何いってるんだい? 同じクラスメイトの友達だろ!」


「あ、ああ。わかったよ」


 勢いで押し切られた形になるが、本当に久しぶりに友達とやらができたらしい。

 まあそれでもこういうイケメンリア充は他に友達なんていくらでもできるだろうし、これから話すことがあるか怪しい。そう思いながら俺は一応連絡先を交換したのだった。

 

  * * *

 

 高校生活の初日の入学式は特に問題なく行われた。

 入学式では、10年前、同じクラスだった見覚えのある顔もいたのだが、全て別の一つのクラスに集まっていた。おそらく本来の10年前と俺のクラスが違っているのは間違いないだろう。

 もちろん、本来の10年前と違い、寝不足ではないため入学式中に大爆睡することはなく、黒歴史を繰り返すことはなかった。

 10年前では出る杭は打たれる形式により高校デビュー失敗からのいじめへと発展してしまったので、その失敗経験を活かしてできるだけ目立たないように自己紹介などを行ったつもりである。これでまたいじめを受けるなんてことはないと信じたい。

 そうして入学式が無難に終了し、教室でしばらく担任の先生の話を受け自己紹介を軽く行った後、昼過ぎには解散となった。俺が帰る準備を進めていると、早乙女優が話しかけてきた。


「今日このクラスでよろしく会をするみたいなんだけど直人も来るかい?」


「……いや、今日は疲れたし早めに帰るわ」


 別によろしく会とやらにいけなくはなかったのだが、不安しかない高校生活が始まってしまって何となく気疲れしたのだ。

 それにコミュニケーション能力低めの根っからの陰キャである俺の場合、どうせこういう催し物に行ったとしても楽しめるわけがなく、疲れるだけだと簡単に予想がつく。

 それなら早く家に帰ってマンガ読んでアニメ見たい。


「そっか。じゃあまた今度遊びに行こうな」


 早乙女優はあっさり引きさがると、別のクラスメイトの元へと向かった。

 俺はほっと一息つき、帰る準備を再開すると、今度は佐伯ゆいが近寄ってきた。


「直人くん、帰るんですか?」


「ああ」


「じゃあわたしも帰りますね」


 佐伯ゆいはそう言って自分の席に帰ると、荷物をまとめて持ってきた。


「お前はよろしく会とやらに行かなくていいのか?」


 佐伯ゆいのコミュニケーション能力なら間違いなくよろしく会とやらも楽しめるだろう。俺も誘われているということは佐伯ゆいなら間違いなく誘われているだろうし、行かなくていいのだろうか。


「直人くんはいかないんですよね? じゃあ、わたしも行きません」


「本当にいいのか? 別に俺に合わせなくていいんだぞ」


「わたしが帰りたいから帰るんですから気にしなくていいですよ」


「……それなら別にいいんだけどよ」


 そんな話をしていると、なんとも言えない違和感を感じて辺りを見回した。

 俺が辺りを見渡すと、何人かのクラスメイトがこちらに視線を向けていて一瞬だけ目が合うと、すぐに視線を逸らしたことに気づく。

 この視線はおそらく俺ではなく佐伯ゆいに向けられたものだろう。

 佐伯ゆいははっきり言って可愛い。ぱっちりとあいた目、綺麗に整えられた黒髪、言動の一つ一つが丁寧でまさに大和撫子といった感じだ。このクラスで一、二を争う美少女なことは間違いない。

 入学初日とはいえ、そんな可愛い女の子が俺みたいな地味な男と親しげに話しているのである。目を引いて当たり前だった。


「とりあえず帰るか」


「はい!」


 とりあえずこのまま視線を受け続けるのは良くないと考え、俺は教室から出ることにしたのだった。

 

   * * *

 


「直人くん、待ってくださいよ。ちょっと早いです」


 俺は学校から出て少しのところで佐伯ゆいに呼び止められ振り向いた。


「そんなに早かったか?」


「普通に早歩きしてましたよ。なんでそんなに急いでるんですか?」


 佐伯ゆいは息を切らしながら言った。

 俺は本当に早歩きしていたつもりはなかったのだが、どうやら逃げるように教室を出てきたせいで、気が急いで、早歩きになっていたらしい。


「別に急いではいないけどよ……」


「絶対早歩きしてます……。もしかして……わたしと帰るのが嫌なんですか?」


 佐伯ゆいは瞳を潤ませ、緊張した面持ちで俺の顔を見ていた。


「べ、別に一緒に帰るのが嫌なわけじゃねえよ」


「だったら、ゆっくり一緒に帰りましょうよ」


 佐伯ゆいはそっと俺の制服の袖をつまんで言った。


「お前さ。俺みたいなやつと一緒に帰ったら噂立てられたらどうするんだよ」


「噂ってなんの噂ですか?」


 俺は服の袖をつまんだ彼女の手をそっと振り解くが、佐伯ゆいは本当にわかっていないのか、キョトンとして首を傾げた。


「あれだよ。ほら、俺とお前がつ、付き合ってるとかだよ」


 なんとか最後まで口にできたが、めちゃくちゃ恥ずかしい。自分の顔がほてっているのがよくわかった。


「つ、付き合ってるですか⁉ そ、そうですね……わたしは気にしないですよ?」


 佐伯ゆいも心なしか顔を赤らめながらもそんなことを言った。

 お互い恥ずかしがり、頭の悪いことを言っているのがわかって余計に恥ずかしくなる。


「なんで気にしないんだよ」


「う、噂は噂ですし? 直人くんと噂されるのは別に嫌じゃないです」


「……俺が気にするんだよ。俺なんかと変な噂たてられたらって思うと気にしちまうだろ」


 俺がそう言った途端、佐伯ゆいは顔色を曇らせて、

 


「俺なんかとか言わないでください」


 

 彼女は突然語気を強めた。彼女にしては珍しく怒っているように見える。


「あ、ああ、悪い」


 俺は少し戸惑いながら謝ると、佐伯ゆいは急に怒ってしまったのを誤魔化すようにはにかんだ。


「わかってくれたらいいんです」


「……でもよ。せめて教室ではいつものように話しかけてくるのはやめないか?」


「む、どうしてですか?」


 佐伯ゆいは不機嫌そうに少しだけ頬を膨らませた。


「俺はできるだけ目立ちたくねえんだよ。お前みたいな可愛い女の子と話してるのを見られると目立つにきまってるだろ」


 目立つことがいじめに繋がると、10年前で学んできている。だからこそできるだけ目立つような真似は控えたかった。


「か、可愛いって」


 佐伯ゆいは顔を真っ赤にして小さく呟いた。

 俺も自分の言葉が急に恥ずかしくなり、佐伯ゆいが呟いたことを聞いていないふりをする。

 顔がほてって仕方ないので、少しでも表情を誤魔化そうと、片手で口を覆った。


「えっと、その……そういうことならわかりました。その代わりお願いがあるんですけど、聞いてもらえますか?」


「……なんだよ。お願いって」


 俺の条件をのんでもらえるなら、ある程度のお願いくらいだったら聞くつもりだ。

 せめて高校時代くらいは平穏に過ごしていたいのに、おそらく佐伯ゆいが俺の隣にやってくるようになれば、まず間違いなく面倒なトラブルが発生するだろう。

 例えば、お前みたいな地味な奴が佐伯ゆいに近づくなとか言う佐伯ゆいを好きになった男に絡まれるのが容易に想像つく。

 だが、なんというか佐伯ゆいの緊張感のある口調から、何か突拍子もないことを頼まれるのではないかと、緊張してしまった。

 


「学校で一緒にいられない分、他の人に見られていないところでは、……もっと仲良くしたいです」


 

 佐伯ゆいは赤くなった頬を隠そうともせず、俺をまっすぐに見つめてそんなことを言った。


「もっと仲良くって……、何するんだよ」


「わたしが直人くんとしたいことに付き合ってほしいんです。……ダメ?……ですか?」


「……わかったよ。ある程度なら言うこと聞けばいいんだろ」


 俺は少し迷ったのだが、お願いに関しては元から聞くつもりだったので、とりあえず受け入れることにした。


「はい!」


 今度は歩調が早まらないようにと気を付けながら駅に向かって歩き出すと、佐伯ゆいは声を弾ませて隣に並ぶと、「えへへ」と嬉しそうに微笑んだ。

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