10年前に戻っても幼馴染と放課後デートするわけがないだろう ①

 もしも、俺が物語の主人公だったら、タイムリープして10年前に戻ってきたとなると、最悪の10年後を変えようと必死にあがくのがお約束であり定番だろう。

 しかし、俺にとって10年前に戻ってきてやりたいこともなければ、俺を10年前に送った天使とやらに10年前に戻って何か未来を変えるような命令されたこともない。

 よって10年前に戻ってきてからの一ヶ月間の春休みは特にやることもなく俺にとって久しぶりの長い休暇となった。

 怪しまれても困るので、中学の友達からの誘いは何かと言い訳をつけて断り、とにかく家でゆっくりとした時間を過ごすことができた。

 社畜時代はまともに連休も取れなかったことを考えると、意外と過去に帰るというのも悪くないのかもしれない。

 だが、そんな幸せな時間ほどあっという間に過ぎていくもので、気が付けば高校の入学式当日になってしまっていた。

 清水高校までは俺の家から駅まで20分ほどかかり、そこから電車を乗り継いで合計で一時間半ほどかかる。

 なぜこんな遠くの高校を選んでしまったのかと後悔するが10年以上前の俺を恨むしかない。

 たしかその頃は勉強ができた方だったので調子に乗って偏差値ができるだけ高い高校を選択した気がする。

 しかし、地元から遠い高校であるが故に中学が同じクラスメイトが少ないことは過去から戻って来た俺にとって好都合かもしれない。中学の頃の話とかされても思い出せる気がしない。

 つまり同じ高校に通う唯一の中学からの知り合いは現在隣を歩いている佐伯ゆいただ一人だ。


「そういえば、なんで迎えにきてくれたんだ?」


 俺が今日の朝、準備を済ませたが、何となく家から出るのをためらっていた時、呼び鈴が鳴り玄関を開けると、佐伯ゆいが待っていたのだ。

 結局、一緒に登校することになり現在は高校の最寄り駅から高校への道を歩いている最中である。


「前までは一緒に学校に行っていたので高校は一緒に行くものだと思っていました。えっと……もしかして、ダメ? でしたか?」


「い、いやダメではねえけどよ」


 たしかに家が隣ということもあり、小学校からの名残で、中二くらいまでは一緒に登校していた。しかし、中三になってからは別々に通っていたと思うし、高校ももちろん別々に登校していた。

 俺の記憶がたしかなら本来の10年前の今日である高校の入学式も俺と佐伯ゆいは一緒に登校することはなかったはずである。

 そもそも普通の幼馴染であれば徐々に距離が開いていくものだと思うが、俺と佐伯ゆいは奇跡と言っていいほどずっと仲が良いままで、小中学校の頃の記憶はいつも一緒だった気がする。

 それが高校に入ってからどうして離れてしまって10年以上会わなかったのだろうかと考えると、存外簡単に思い出せた。

 

 高校時代、いじめを受けていた時の俺が佐伯ゆいを巻き込まないために遠ざけたのだ。

 

 この過去はきっと今から始まる未来だ。

 俺という人間の本質は10年経っても変わっていない。だからきっと今から始まる高校生活も本来の10年前と同じように間違えるのだろう。

 

 そんなことを考えていると、俺たちがこれから毎日通うことになる清水高校の校舎見えてきた。


「はあ」


 俺はつい大きなため息をつくと佐伯ゆいが心配そうに俺の顔をのぞき込んできた。


「どうかしましたか?」


「いや……なんというか、春休みが終わってついに高校生になってしまったなと思ってな……」


 そんな言い訳を思いつき誤魔化すと、佐伯ゆいは不思議そうな顔をして首を傾げた。


「え? 直人くん、この前からほんとに変ですよ。中学のころは高校生になるのを本当に楽しみにしてたじゃないですか?」


「……そうだったか?」


「そうですよ! いつもの直人くんだったら、今日が楽しみで夜も眠れなくなっていると思います」


 そういえば俺にとって10年前の今日である高校の入学式のことである。

 当時は高校生になるという期待や不安でいっぱいになり、夜に全く眠ることができず、ほぼ徹夜で入学式に参加した結果、入学式中に大爆睡してしまったのを思い出した。

 それに加えてイビキまでかいて初日から悪い意味での注目を浴び、当たり前だが担任の教師からきつい説教を食らったのだった。あれが俺の暗黒の高校時代の全ての始まりだったと考えるとあまりに愚かだ。


「死にたい……」


 そんな過去を思い出して顔を覆い隠して呟いた。

 やはり、過去になど帰ってきたくなかった。

 実際の高校生活に戻ってきてしまったら、どうやったって高校時代の黒歴史を思い起こさせられてしまう。

 だから嫌だって言ったのに……。


「ほ、ほんとにどうしたんですか? やっぱり直人くん変ですよ! 口もなんだか悪い言葉ばっかり使うようになっていますし、一体どうしたんですか?」


 急に顔を覆い隠したことに驚いたのか佐伯ゆいは俺を心配そうにのぞき込んでくる。


「えーっとだな……」


「あ……もしかして、高校デビューっていうのをしてみたんですか?」


「ち、ちげーよ。馬鹿! まあなんというか……いろいろあったんだよ」


 10年前はもう少しまじめな口調だったのだが、社会の荒波に揉まれるうちに、性格もどんどん荒んでいくと同時に、会社では理不尽な暴言を吐かれても丁寧に接客しなければならない分、プライベートでの口調が荒んでいったのだ。

 高校デビューなんて黒歴史を生産するようなことするはずがなく、一度荒んだ言葉遣いを直すのが難しいだけだ。


「直人くんは最近妙に卑屈ですけど、もっとおしゃれとかに気をつけたらクラスで人気出ると思いますけどね」


「そんなことはねえよ、俺の見た目はよくて普通くらいだろ」


 自分の顔をたまに鏡で覗いてみても、普通より少し細い目以外は何の特徴もない顔立ちで、どう見ても平々凡々としている。

 もちろん身内以外にかっこいいといわれたことはない。


「そんなことないですよ。直人くんは……か、かっこいいと思います」


「はいはい、お世辞をありがとな」


「本当にそう思ってるのに……」


 佐伯ゆいもずっと一緒にいる幼なじみなので身内みたいなものである。

 親戚の家に行くとおじさんおばさんたちに無駄にほめたたえられるようなもので、身内視線では参考にならない。

 俺たちはそんな話をしながら校門の手前までやってくると、掲示板の前に人混みができている。

 たしかここは俺が10年後から戻ってきた場所であり、合格発表が張り出されていた場所でもある。


「なんだよこの人混み」


「見た感じクラス分けですかね。えっと……、わたしたちの名前は……、うーん。遠くてなかなか見つかりませんね」


「もう少し近づいてみるか」


 人混みの中を何とか進んでいくと、佐伯ゆいがはぐれていないか心配になり、彼女の方を見ると目が合った。

 


「同じクラスだったらいいですね」


 

 佐伯ゆいはそっと俺の耳元に近づくと、ギリギリ俺に聞こえる小さな声で囁いた。


「ああ」


 思わず目をそらしながら答えると、ふと10年前の記憶がよみがえってきた。

 

(同じクラスにならないんだよなあ)

 

 完全に10年前の同じ出来事だと考えると、このクラス分けも佐伯ゆいと同じクラスにはならないはずだ。

 何組とまではすぐには思い出せないが、俺と佐伯ゆいのクラスは分かれていたことははっきりと覚えている。周りに同じ中学の奴が全くいなくて孤立したのだから間違いないだろう。

 だから彼女の願いは叶わない。

 未来は変わらず、俺なんかにはどうしようもできないものだ。


「あ、ありました! 五組です! 直人くんはどうでしたか?」


「まだ見つけられてねえよ」


 俺は探す気になれないまま答えると、佐伯ゆいは次に俺の名前も探そうと、目を凝らしているようだ。

 


「えっと、直人くんは……、あ! 直人くんも五組ですよ」


 

「は??? そんなわけねえだろ」


「え、本当ですよ?」


 俺があまりに驚いたせいで声を荒げてしまい、佐伯ゆいを多少驚かしてしまったみたいだが、それどころではない。


「五組は…………」


 五組のクラス分けが書かれている場所を急いで探すと、すぐに佐伯ゆいと名前があることに気づき、その名前の下を追っていくと山岸直人と、俺の名前が本当にあった。


「本当だ……」


 佐伯ゆいの名前と俺の名前を何度も視線を行き来させるが、目の錯覚ではないことはさすがに理解できる。

 過去が変わった?

 どうしてだ。俺は特に行動を起こしてないのは間違いない。本当に些細なことで過去が変わる。これがバタフライエフェクトという奴なのか? だとしたら、今から何が起こるか本当に予測できない。

 いや、俺のせいであると断言はできない。もしも俺みたいに過去に戻っている人間がいて、そいつが何か行動を起こした結果、変わったのか? いや一クラスのクラス替えを変えるだけに過去から来たとは考えづらい。もしかしてあの魂だけの世界で出会った天使とやらが関係してる? そんなまさか……。 

 


「そんなにわたしと同じクラスになるのが嫌でしたか?」


 

 俺がひたすら思考を巡らせていると、佐伯ゆいが不機嫌そうにむーっと唇を尖らせていた。


「い、嫌なんかじゃねえよ! ……けどさ!」



「けど、なんですか?」



「なんでもねえよ……」


 慌てているせいで、俺が焦っている理由を説明しそうになったが、どう説明していいかわからず口ごもってしまい、誤魔化した。

 


「わたしは嬉しいですよ? 同じクラスになれて」


 

 佐伯ゆいはグイっと俺との距離を詰めてきて、彼女の胸が俺の胸にあたっていて彼女の顔がすぐ近くにある。俺が少しでも体勢を崩せば彼女の顔に触れてしまいそうだった。

 俺の顔のすぐそこに彼女の瞳があって、かすかに揺れているのだってわかる。


「なっ……!」


 俺は息をのみ、体が緊張で固まった。

 

 やはり何というか過去に戻ってきてから佐伯ゆいが妙に近い気がする。

 

 10年前のことであまり確信はないがこんなに距離が近くて心臓に悪かった記憶などない。

 なぜこんなに距離感が近いのかは本当にわからない。未来から来たことがばれないようにしていたと思うし、理由は特に見当たらなかった。

 それに佐伯ゆいは男を勘違いさせるようなことばかり言う。

 同じクラスに中学の頃の顔なじみが一人はいた方がいいと考えると、クラスが同じで嬉しいのは当たり前かもしれないが、普通の思春期の男子だったらこれぐらいで好きになってしまうだろう。


「そういう事、誰にでもするんじゃねえよ」



「はい、直人くんにしかしませんよ?」



「……絶対意味わかってないだろ」



「えー、どういう意味なんです?」



「あーもういい。なんでもねえよ。ほら教室にいこうぜ」


 俺はそうやって無理矢理会話を打ち切って足を進めたのだった。

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