人間の使いみちがないんですが

ちびまるフォイ

金持ちの使いみち

いまや人間のやるべき仕事は機械にとって変わった。

職を失った人間たちは、ない仕事を探すのではなく仕事を作ることにした。


「では、ワシに就職することを選んだ志望動機を教えて下さい」


「はい! 御者おんしゃの考え方やいきざまに共感をして志望しました!」


「その手の言い回しをしたのは君で30回目だよ。まあ結果は追って連絡するよ」


金持ちはそれだけ言って、騎馬戦のように組まれた人間に乗って部屋を出ていった。

あの人達も金持ちに就職してあの「騎馬役」の仕事をしているのだろう。

なにせこの世界には仕事がないのだから。


それからしばらくして通知が届いた。

紙には「採用」という文字が載っていた。


「あんなに手応えなかったのに合格できたんだ!?」


よくよく見ると採用通知に書かれている名前は同姓同名で、漢字がまちがっていた。

本当に合格すべき人間と取り違えたんだろう。


「……黙っていればわかりっこないか」


かくして金持ちのもとに就職を成就させた。

そのことを話すと故郷の両親はいたく喜んでくれた。


『あの有名な金持ちのところで仕事ができるなんてすごいねぇ』


「ははは、そんなことないよ」


就職してはじめて金持ちのところへいくと、屋敷にはすでに何人もの人間がつかえていた。

給仕や掃除といった「ちゃんとした業務」はすべて機械が行っている。


雇われている人間は玄関の靴をまっすぐに整えたり、

灯りのスイッチを押すためだけに立っている人がいる。


「君が今日から働く人間だね」


「よ、よろしくお願いします」


「君の仕事はこっちだ」


金持ちに案内されたさきはクローゼットだった。


「中に入りたまえ」


「えっと……?」


「君の仕事は"ハンガー"だよ。就業時間まで頑張ってくれたまえ」


そう言うと金持ちは上着を渡してクローゼットをしめた。

自分はこの上着をずっと持ち続けるだけのかんたんな仕事。

難しい仕事は機械がやってくれている。

これ以上良い給料をもらえて、楽な仕事は他にあるだろうか。


就業時間が終わると、夜シフトの「ハンガー役」とバトンタッチして屋敷を後にした。


スマホをみると友達から飲みの誘いがきていた。

居酒屋につくと懐かしの顔ぶれが酒を飲み交わしている。


「かんぱーーい!」


楽しげな雰囲気にハンガーとして気を張っていた心がほぐされていく。


「で、今お前は仕事なにやってるの?」


友達は酔った顔で尋ねてきた。


「今は……〇〇っていう金持ちのところで働いてる」


「〇〇って……マジ!? 長者番付にも乗るほどの大金持ちじゃん!!」

「一部上場人間じゃないか! すごいな!!」


「ま、まぁね」


みんなのリアクションが心地良い。

ハンガーとして雇われているとは言えなかった。

その日の飲み会はひたすらに羨ましがられるだけの時間だった。


翌日もいつものように金持ちの屋敷にいってハンガーとして従事する。

上着をかけている時間よりも待ち時間のほうがずっと長い。


「なにやってるんだろ……」


良い学校に入るために必死でこれまで勉強してきた。

いい仕事にありつくために懸命に努力してきた。


そして今。


これまで学んだ勉強や技術などまるで無関係で誰にでもできるハンガーをしている。

しかしこれ以外に仕事など無いし、あったとしてもずっと給料は低い。


両親には誇りにされ、友達からは羨ましがられる仕事をしている。

ふとしたときに自分の存在意義を考えてしまうのも贅沢なのだろう。


そんなある日のことだった。

クローゼットの扉越しに外の声が漏れ聞こえてくる。


なにか揉めているような声だった。


「ーー! ーーーー!!!」


ハンガーとしての仕事をまっとうするために聞こえないふりをする。

ハンガーは主に対して物申すことなどない。


頭でわかっていても体は動いてしまった。


「だ、大丈夫ですか!?」


クローゼットを出ると借金とりにボコボコにされた金持ちが転がっていた。


「こんなところにまだ人間がいたのか。いいか、この金持ちはもうおしまいだ。

 投資に失敗して全財産をすったんだからな。

 お前の給料を払うことももうできないだろうぜ」


「ええ!?」


「じゃあな」


金貸しが去っていくと、あれだけ人間を雇用していた屋敷はもぬけのから。

クローゼットに押し込められていたので今まで気づかなかった。


金持ちは俺の足元に這い寄ってきた。


「お願いだ! ワシを雇ってくれ!

 今から誰かに就職するなんてムリだ!」


「だからってどうして俺に……」


「最後に残ったのが君しかいないんだ!」


「でも、俺だって人を雇えるほどの金なんてないですよ!?」


「かまわない! 仕事についてないとこの世界じゃ生きていけない!

 どんなものでも仕事についてさえいれば認められるんだ!」


「じゃあ……わかりました」


「ありがとう!! ワシは本当に幸せものだ!!」


雇用主と従業員の立場は逆転し、金持ちは俺の家で働くことになった。

仕事につけた元金持ちは嬉しそうにしていた。



「それじゃ、あなたの仕事はトイレの床マットをお願いします」

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