想像に過ぎない

 夜、トイレに行きたくなった。


 ベッドの横の小さなライトを点けて、その明かりを頼りに廊下の電気を点ける。


 真っ直ぐな廊下の突き当たりに玄関があり、トイレはその手前の右側の扉だ。


 トイレに入った瞬間、扉の向こうに気配を感じた。


 (玄関に誰か居るんじゃないか?)


 用を済ませ、早足で寝室に戻り、廊下を振り返った。


 ……誰も居ない。


 (そりゃそうだ)


 電気を消してベッドに戻る。


 なかなか寝付けない。


 やはり玄関に人の気配を感じる。


 真っ暗な玄関に人影が立っている映像が頭に浮かんだ。


 (どうしよう、一応確認しに行こうかな……)


 バサッ!!


 壁に掛けてあるカレンダーが突然落ちた。


 ……尋常じゃない程に部屋の空気が重い。


 昨日読んだホラー小説がいけなかったのだろうか、あれは確かノンフィクション物だったので、もしかすると、呼び寄せてしまったのかも知れない。


 あれこれと考えていると、今度は玄関に居たはずの人影が廊下からこちらに顔をニョキッと覗かせている映像が浮かんだ。


 (こえー……)


 少しの物音でもビクりとしてしまう。


 布団を頭から被り、眠くなるのをひたすら待った。


 しかし空気は一向に軽くならない。


 廊下から顔を覗かせていた人影は、今はベットの周りをぐるぐると回っているような気がする。


 許してくれ、と思った。


 パニックになりそうな自我を保つ為に、無理矢理に思考を巡らせた。


 〜〜〜〜〜〜〜〜


 ……子供の頃は確かにオバケが怖かった。


 他の子よりそういうのか苦手なタチだった。


 しかし、未確認な物への恐怖心は、所詮、経験の無さと想像力や感性の幼さからくる間違いであり、自分の恐怖心を怖がっているに過ぎないのである。


 今は子供では無い。


 幽霊より怖い事などこの世に沢山ある事も知っている。


 事実、冷静に考えると今、何も起こっていない。


 画鋲が外れてカレンダーが落ちる事など、決して珍しい事では無い。


 バカバカしい。


 全てがこじ付けだ!


 全てが想像に過ぎない!


 布団から頭を出した。


 「みぃ〜〜つっけた!」


 少年の頃の私が立っていた。

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