トイレのドア

 一人暮らしのA子さんは、最近悩みがある。


 悩みと言っても、まあ可愛らしい悩みだ。


 それはドアを閉めたままトイレで用を足せない事だ。


 原因は、半年前の出来事にある。


 ある日の夜、トイレで用を足したあと、ドアを開けると、


 目の前に実家の仏間が広がっていた。


 A子さんは夢だと察し思い切りほっぺを抓ると、案の定、全く痛くない。


 しかし、意識はしっかりしており、手にはドアノブの冷たい感覚もある。


 A子さんはトイレと仏間を交互に見比べた。


 まるでどこでもドアだ。


 少し色褪せた畳、大きい仏壇、先祖の写真、御供物、総桐の箪笥……


 A子さんは嬉しかった。


 (夢でもなんでも良い、こんな懐かしい気持ちになれたのは何年振りだろう)


 (久々の実家だ、どうせなら他の部屋も見よう)


 A子さんはワクワクしながら襖を開けた。


 玄関に真っ黒い人が立っていた。


 真っ黒い人はA子さんに気付くと、すごい速さで走ってきた。


 A子さんは咄嗟に襖を閉めて、トイレに戻り鍵を閉めた。


 「ああーー!!  いいなーー! 生きてるーー!  いいなーー! いいなーー! 」


 ドアの向こうから聞き覚えのない女性の声が聞こえる。


 A子さんは激しく叩かれるドアを押さえ、夢なら早く覚めてくれと念じた。


 「ねえ!  私よ!  お母さんよ!  お願いがあるの!  足だけでいいから頂戴!  腕でも良いわよ!  痛くしないから!  ねえ!  開けてよ! 身体よこせ!!」

 

 A子さんは気を失い、気がつくと、トイレで倒れていた。


 ……ほっぺは真っ赤に腫れていた。


 それ以来、いつか真っ黒い人に開けられそうな気がして、トイレのドアは閉められない。

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