廃棄物。
多少遺体があることは覚悟していた。
研究施設とは言え医療施設なんだから、病理解剖のために運ばれてくることもあるだろうし、死刑囚を合法的に実験台にしていいという法律が存在する国だってある。
何より自分は戦場で命をやり取りをする傭兵だ、だから人の生き死には人並み以上には耐性があるし、死体に慣れるように訓練もされていた。
だけど、それにしたってこの量でコンテナに廃棄物のように詰め込まれてる大量のソレを見ることは、気分が悪かった。
「なんのためやねん…こんな!」
「調べてみるしかないな、ったく…」
クガさんですら、ヘルメット越しで見えにくいのにも関わらず、しっかり顔をしかめているのがわかるぐらい、不機嫌そうに吐き捨てながら、通信を入れる。
「作業用ドローンの手配を、操縦はヤタがいいだろう」
「了解、ヤタが準備中です」
「さすが、手が早い」
ため息をつきつつ、イチゴさんが感情を殺しつつ事務的に返答する。最近わかったんだけど、イチゴさんは怒ってるときや不機嫌なときはこうやって事務的に、無感情のように振る舞おうとする。
「手が早いとは人聞きが悪いからやめてくれないか」
「2つの意味で手が早かっただろ」
「本当に人聞きが悪い方の意味を込めるな・・・それに」
「それに?」
「別に誰でもいいってワケで選んでない」
そんなやり取りを聞いていたら、ちょうど搬出口の扉も開くことに成功したようで、作業用ドローンが入ってくるのに時間はかからなかった。
「おやおやおや…直接来なくてよかったんで?」
「本当はそうした方がいいんだけどな、とりあえずやってみる」
ドローンがコンテナに入っていくのと入れ替わりに、自分達はコンテナから早々に離れる、いくら慣れていると言ってもあの場所に近づきたくないし、長居していたいとも思わない。
ふとここで、比和子を見てみると複雑そうな表情をしているのに気づいた。
「どうしたの?」
「いえいえいえ、何もありません」
「あの山を見て気分が悪くでもなった?」
「ははは、まったく、ありえませんよ」
気持ちいいぐらいスパっと否定されてしまった。言われてみればそうか、比和子だもんな。グロいのとか、そういう耐性って俺達の比じゃないよな。
「アレちゃう? ヤタに来てほしかったんやない?」
「いえいえいえいえいえいえいえいえいえ! そんな身勝手な事思って」
この反応図星だな、長丁場だし通信役でもないから、そろそろヤタさんと会いたかったのか。こっちはあの光景にかなりゲンナリしていたのだが、比和子はブレないよなぁ。その様子に
「終わったぞ」
ヤタさんからの通信は、調査を開始してからかなり早く来た。
「やけに早いな、収穫なしか?」
この速さに対して、クガさんは残念そうに訪ねたが、
「あったぞ、収穫は」
「なに?」
予想外だったようで、クガさんは思わず聞き返す。
「隠蔽しようとした形跡もなかったからな、早く終わるさ」
「それで、どうだった?」
「かなりショックかも知れないが、全部脳と脊髄が抜き取られている」
「それで?」
「それだけだ」
「…なんのために?」
「それはソッチの調査次第だが、意見を言うなら……」
ここで少しヤタさんは口に出すのを
「言え、専門家からの貴重な意見だろ」
「あぁ、わかった」
ソレに対してクガさんは少し強めの口調で言うことを
「抜き取り方が手慣れているのはいい、この数なら当然手慣れても来る、だが半分くらいはかなり機械的に抜き取っている、それにその他の部分には興味はないようだし、事前検査だったりはしなかったようだ」
誰も何もしゃべらない無言の時間が流れる。
「……噓でしょ、人間を素材としか見なかったと?」
「そうなるな、それに手足の拘束の後や頭に締め付けた後もある、強制的だったんだろ、望んで取られたいと思う人間なんていないだろうが」
「一区切りついたし、調査は切り上げて撤収しない?」
そう提案してきたのは、本艦にいるイチゴさんだ。
「おいおい、まだ調査は終わってない、だろ?」
「あぁ、行方不明者の捜索、この施設の目的どっちかは達成しないとだ」
それに対してパンゲアの二人が反対する、確かに人体実験で何をするかも判明していないし、先遣隊の行方もわかっていないから、まだ作戦目標を何も達成していないのに撤収するのは早い気がする。
「…作戦目標について最重要項目は達成した、よってただちに撤収することに、何も問題はないと判断する」
あくまで事務的にイチゴさんが返答する、なにかに怒ってる?
何にだろう、それに重要項目が達成されたって、死体とその状況を見ただけで、それで何をしようとしてたかなんてまだわからない筈だ。
だとしたら重要項目の達成っていうと、行方不明者の捜索なんだけど・・・。
そこまで考えてから、ハッとして死体が入っていたコンテナを思わず凝視してしまう。まさか、そんな嘘だろ、だとしたらどうやって、誰が、なんでそんな事に?
そういった疑問が次々に浮かび上がっていく。
「つまり、そういう事でいいんだな?」
「うん、現場に動揺が広がるかと思ったけど、撤退して欲しい理由として、隠してもおけないしと判断して、明言します」
イチゴさんが淡々とできるだけ感情を殺しているのがわかるが、怒りが滲み出ているように、口調が固いしいつもより低く暗い。
「コンテナ内にて、行方不明者全員の他死傷者と同等の医療行為による死亡を確認、これにより当案件の危険度を引き上げ、それにより本艦としては撤収と共に、調査部隊の再編成…いえ、制圧部隊を結成するべきかと」
制圧部隊…つまり調査ではなく制圧が必要だってイチゴさんは考えてるみたいだ。確かに先遣隊が殺され、しかもこの状態になっているのなら、防衛機能どころか研究施設がまだ生き残っている可能性が高い、だって誰かがコレをしたって事なんだから。
「
そう質問を政府の調査員が投げかけて来たけれど、
「大袈裟じゃない、この施設を廃棄に追いやった何かが生きている」
とクガさんが即座に返す。
「それなら、遺体の回収だけでも!」
一瞬たじろぎながらも、調査員さんはクガさんに
「事情がありそうだな」
「はい…先遣隊には同期がいて、せめて早く回収してやりたく・・・」
それを聞いたクガさんは深い溜め息をつき、周囲を見回してから調査員に尋ねる。
「ここに遺体が運ばれているということは、ここへ遺体を運んでくる何らかの機械、いやまだ残ってる人間がいる可能性がある、それが予想外のトラブルを招く可能性があるのを理解しているのか?」
「はい、無理な意見なのはわかっています、わかっているんですが・・・」
クガさんは困ったような顔をする。正直運んであげたい気持ちもあるけれど、感情だけで任務を変更するのは危険だ。だけど同時に、少し不思議に思ってるんだけど、何でイチゴさんとクガさんは脱出をこんなスグに決めたんだろう?
「搬出方法はあるのか?」
「自分の所持品に、ハザーと対策のあるサンプル用のボックスがあります」
「だとよ、リーダーどうせ脱出するんだ、10分ぐらい時間をやってくれないか?」
フライクさんが見かねたようで、クガさんに提言した。正直自分もこのメンバーで戦力が不足していると思わないし、元々なにかあった場合に備えて、過剰気味に戦力を確保していた筈だし。
「それに、実物があったほうが上も説得しやすいぜ?」
フライクさんのこの一言が決め手となって。クガさんは納得して10分間の回収時間の後脱出することが決まる。
だけど、その10分が、ターニングポイントになった。
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