ザウラク・オフィスエリア。

 次のエリアはオフィスエリア。

 居住区よりも広い区間があり、一般用の出入り口もある、大きなロビーが広がっている。本来ならば自分達みたいな部外者が入れるのはここだけだ。つまりここには一般向けの情報ばかりで、機密なんてないと思われるんだけど、気になるのは・・・。


「見事にぶち抜かれてますね…」

「あぁ、しかも穴が大きいし、向こうはあの有様だ」


 隔壁自体も大きく破損しているが、ソレ以上にロビーの損傷状況が激しい。激しい戦闘でも起きたかのように…いや、実際激しい戦闘が起きたのだろう、ところどころに銃弾が当たった事を物語る銃痕や、爆発物が起爆したような焦げ跡や大穴、それに小さなクレーターもある。


「なあなあ、ちょっとコレ派手すぎひん?」

「あぁ、確かにな、先遣隊ってのは火力主義者かなんかか?」


 シキさんとアイが言う通り、ここの損傷はかなり大きな戦闘が起こったかのように酷い、いや実際に本格的な戦闘が行われたんだと思う。


「いえ、こんな戦闘をしたとは考えにくいです」

「装備は? 持っていたのか?」

「確かにライフルやサブマシンガンなどは携行していたと思われますが…」

「…これ程までの戦闘が行われるようなものではなかったと」

「はい」


 そう国際機関の調査員と会話したクガさんは、地面や壁に開いたクレーターを撫でるように触る。銃痕だけならどれだけあってもいい、だけどこのクレーターを作った砲撃痕だけはに落ちない。


「イチゴ、聞こえるか?」

「聞こえてるよ~、映像もクリアだよ~」

「先遣隊からなにか情報は?」

「な~んもないよ、な~んも」

「本当に何も残してないんだな」


 呆れたような口調で話すクガさんにイチゴさんが苦笑いで返し、少し間があ空いた後「でも、しょうがないとこもあるんだよ」と先遣隊のフォローを始める。


「この作戦、極秘任務は極秘任務なんだけど、先遣隊の時ってもうワンランク上の機密性だったんだよね~」

「と、言うと」

「先遣隊のときはこういうナビゲートとか定期連絡の通信を含めて、基地内から外部への連絡は緊急時以外一切禁止だったんだって」


 極秘任務って初耳なんだけど、言ってたっけ? なんか言ってた気もするけど、どうだっけ?


「だとしたら、この戦闘痕は先遣隊にしたら緊急事態じゃなかったと」

「そうなるんじゃないかな~」

「…元々あったのか、この惨状が、この場に」

「先遣隊の死体も残骸もあらへんし」


 その結論には納得できた、何故ならここには死体もなければ残骸もなかったから。全滅しているならそこら辺に死体があってもおかしくないし、一人でも負傷しているなら引き返しているはず。


「一回片付けてるって事ですよね?」

「何と戦ったかはわからんが、負傷者の回収はしてそうだな」


 そうクガさんが俺の質問に答えると、砲撃跡と思われる残骸の一部に、イチゴさんがカメラ越しにモニターしているドローンを向ける。


「火薬からいつのものか特定は?」

「できるけど、ちょっと時間かかっちゃうかな~・・・」

「ちょっとってどんくらいだ?」

「数日単位」

「そうか、ならいい」


 今判断できなければ、後でいつのものか解っても仕方ない。


「スノウ、どう思う?」

「何をです?」

「戦闘痕をだ」

「このコロニーの防衛設備との戦闘じゃ、ないんじゃないかなって」


 理由は砲撃があることだ、そもそもコロニー内とは言え閉鎖された空間で戦車砲のようなものを使うのはリスクが高すぎて防衛設備としては向いてなさすぎる。守るべきであるコロニーを思いっきり傷つけるし、外と穴が空いたら一瞬で空気が抜けていきそれこそ大惨事になって防衛としては失敗だろう。なので防衛側が戦車砲のような砲撃武器を使うことはあまり考えにくいと思う。


「同感だな、ただなぁ…それにしては隔壁の大穴が気になる」

「これ、攻撃はオフィス側からですね」

「あぁ、居住区側に向けて開いてるからな」


 隔壁の大穴はオフィス側から居住区側に向かって破壊されている。これはオフィス側から攻撃を受けたことになる証拠になっていた。


「でも、自分達の隔壁を壊しちゃうような兵器を防衛設備にしないと思いますし、内部に潜んでだ工作兵が破壊工作でもしたんじゃないですかね?」

「…辻褄は合うな」


 恐らく外からの攻撃を受けて全隔壁を閉鎖した後、居住区側からの進軍を食い止めていた隔壁が内部から破壊された、という筋書きを自分は思い描いた。


「ま、なんにせよコレがコロニー廃棄の要因になった可能性はあるな」

「えぇ、そう思います」


 調査員の人が相槌をうち、警戒しながらこのエリアを捜索する。大ロビーから事務室等があるオフィスを探索し始めたけど、敵襲はここでもなかった。


「やれやれやれ、退屈ですねぇ」

「比和子、ステイ」

「ステイしてますとも、えぇ」


 今日の比和子はおとなしい、いやいつも平時だと割りと落ち着いてるとこもあるんだけど、今日は任務中なのにおとなしく、ニコニコしながら一番後ろをついてきている。


「敵なんて来ないほうがいいけどね」

「えぇ、えぇ、それは勿論です、ですが」

「ですが?」

「先遣隊がヤラれている以上、敵がいると考えるほうが当然ではッ!」

「事故かもしれないよ」


 そう伝えると露骨に比和子が肩を落としてガッカリとした表情を浮かべ、ため息が聞こえてくる。


「事故としても、なんの事故かわからんから油断はするなよ」

「えぇ、えぇ、わかってますとも・・・」

「はぁ、別に戦闘がないと確定したわけじゃないからな」

「そうですよね、さあ油断せずに行きましょうとも!」


 クガさんの謎の励ましのような何かで、比和子はやる気を取り戻したようだ。まったくこのバトルジャンキーは如何せんともしがたい、ヤタさんやクガさんはよくもまあ上手く対応できるよなぁ、って思うよ。平時なら普通に良い人なんだけど・・・。いや、いい人か? ちょっと保留しとこ。


 そうこうしてる間に、調査が一段落したらしく情報を共有する時間になった。調査員やクガさんが言うには、どうやらこのコロニーでおこなわれていた研究自体は不明なものの、どうやら医学関係の専門分野が多かったらしい。


「医学分野だけで7割だな、後は兵器が1割で残り2割が電子工学」

「遺伝子工学は?」


 医学が多いと聞いたからか、ヤタさんが急に無線から質問を飛ばしてきた。その声はなんだか緊迫していたから、なにか遺伝子工学に思い入れでもあるのかな?


「安心しろヤタ、遺伝子工学はなかった」

「そうか…すまない、続けてくれ」


 ヤタさんが申し訳無さそうに言うと、クガさんが代表して説明を続けた。どうやらウイルスや毒ガスなどの生物兵器を研究していた痕跡こんせきもなさそうだ。


「実際、コロニーや宇宙基地だとウイルスとかガスってのは危険だからな」

「それが無かったのはよかったですね、ほんとに」


 調査期間の人が安堵するのももっともで、密閉空間で空気が施設内だけで循環するようなコロニーや宇宙基地、あとは月のドームなんかで毒ガスやウイルスを撒かれたら大惨事になる。だからコレだけはどこの勢力も使わないし使わせない、条約だって結んでいた。もしこれらの兵器を使えば報復が報復を呼び、すべての勢力にとってマイナスにしかならない。


「医学系が多い時はドキっとしましたよ」

「ま、それでもキナ臭い研究割合なのは変わらんけどな」


 兵器が関わってる以上、戦争に関わっていたのは間違いないのだろう。ただまだソレが別々の研究をしていたのか、すべての機関で一つの目標に向かって研究していたのかはこの時点ではまだ、わからないんだけど。


「一番安心できるのは戦争災害とかに対する医療目的の研究なんですけどね」

「それは…残念だがなさそうだな、コレを見てくれ」


 クガさんが調査員の言葉を重い口調で否定しながら、まだ生きていたパソコンから抜き取ったデータを皆に見せる。


「一番多い分野が…よりによってだ」

 脳科学、それは文字通り人間の脳みそを科学する研究だ。そんなものを研究して一体何をしようとしていたのだろうかと不安になった。

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