エリダヌス居住区。

 川をモチーフとした珍しい星座であるエリヌダス座探索、入り口は上流で下流へと続くかなり長いエリヌダス座コロニーは18区画もある長丁場なので、予備の酸素等の物資を持ち込んでいる、運ぶのは交代で今は自分の番。当然荷物を運びながらでも警戒は怠れない、へびつかい座所属とあいまって、川下りと言うよりも蛇に呑み込まれたかのような、気分になってくる。


 荷物を入れたコンテナは2m四方のボックスであり、少し大きいが基本的に無重力を想定していて、更になんらかのトラブルで重力装置が起動しても、運搬が可能なようにタイヤが付いている。


「…どうです?」

「めぼしいもんはないな、それにココ」


 クガさんが指差す方向には壁に取り付けられていたセントリーガンの残骸。どうやらここでは戦闘があったようだが、既に無力化されているのがわかる。


「小型だし、生身対策にしか役に立たないな」

「廃棄される前は役に立ったんですかね」

「だろうな、回転もしてただろうし」


 このコロニーが稼働していた頃なら、回転による重力装置もあるし酸素もある、だったらArcheは重いので重力下だと厳しいし、研究を続けるためにも日常は生身で過ごしたのだろう。


 とは言え、最初の区画は暫く居住区のようで、特に目ぼしいものはなさそうだ。各研究員の個室を探してみても、やっぱり個室に研究データやサンプルとかを持ち込むのは、セキュリティ上の問題で禁止しているようだと判断して、数部屋探索した時点で切り上げた。


 それにしても

「ねぇアイ、なんか今日近くない?」

「そんなことないで?」


 いや近いよね、Arche同士が接触してる…というか俺の左腰のパーツをしっかりと掴んでる、よくよく考えなくても近い、というかこれだと戦闘にすぐ移れるか怪しいんだけど。


「掴んでるよね?」

「…あかんの?」

「いいけど…ってダメじゃん、あんまりよくないよ?」

「…ええやん?」


 何故だろう、いつものアイらしくない。なんというか冷静さが欠けてるし、何かが動くたびに過剰気味に反応もしてる。少し考えてみた結果なんだけど、一つだけ心当たりが思い浮かんだ。


「もしかしてだけど、このコロニーが怖い?」

「い、いやあそんなワケあらへんって!」

「怖いなら掴んでていいけど」

「怖いわ」


 即答だった、一言目は一応否定してたけど二言目にはもうそんな緩いプライドはかなぐり捨てていた。その判断の速さはさすがだよね、今回は若干マイナス方向な気がするけど、ある意味しっかりしてる。


「てか逆に聞くんやけど、こわないん?」

「え?」


 そう言われて改めて状況を確認してみる、まずここは廃棄された研究コロニーで、電力はところどころで非常用のものが、まだ生きているところもあるが、基本的に落ちている廃墟。そしていわくと言えば、ここに潜入した先遣隊が失踪したとか、何の研究をしてたかわからないとか…あれ?


「もしかしてココって普通にホラー?」

「せやで」

「そっかー、なんかそう意識したら怖く思えて…こないなぁ」

「こーへんかー」


 確かに不気味には思ってきたけど所詮完全に人工物だし、元々ダメだって土地もつかない、先遣隊だって防護設備にやられたのだろうって、ほぼほぼわかっている。明かりだって宇宙用のライトがあるんでやろうと思えば普通の室内ぐらいには明るくできてしまう。その辺の余裕が多分恐怖を感じない理由かな。


 けど、それでアイが怖いと感じるのをバカにする気は起きない。そりゃこんな状況だ、怖いって思ってしまえば普通に怖い状況だし。問題があるとすれば、恐怖で足が竦んで動けないとか、狂乱状態でパニックに陥るとか、そういう事態だろうけど今のところそこまでの恐怖を感じてるわけじゃなさそうだ。


「ま、警戒するに越したことはないさ」


 そうフォローするクガさんや、ルンルン気分で好奇心の塊な比和子は怖がってる素振りは一切見えない、というか比和子に限ってはナニか出てきてくれた方が嬉しそうだし、絶対に期待してる。


 他の人間は、政府の調査隊の人と護衛は話し合いながらの進行で恐怖心は見えない。パンゲアの人達は表情とかは前の方にいるのでわからないけど、動きが遅かったり鈍かったりしなさそうだし、大丈……「キャッ!」


 訂正、一名ほど多少怖がってる人間が居た。その人はたまたま崩れてきた設備に対して小さな悲鳴をあげて、それがただの物だったとわかると腹いせに蹴っ飛ばして同僚に文句混じりに注意をされていた。


 さいわいにも蹴っ飛ばした物品はただのガラクタで、壁にめり込んで止まったため何事もなくて済んだが、跳ね返ったり他の物に当たってピンボールのようにコロニー内を跳ね回ったりしたらかなり危ない。


 物音自体は真空状態の為音はならないが、その辺に廃棄された物品が散らばって浮いてるため、誰かが無意識にぶつかったモノが自分の機体にぶつかって、音を立てるなんてことはある。


「一旦ここで休憩するか」

「了解です、時間は?」

「1時間を目処に、各自で酸素と携行食も補充しといてくれ」


 時間を見ると、いつの間にか3時間ほど経過していた。時間的にはまだ休憩するには早いかもしれないが、居住区の出口が見え始めていたし、ここから先いつ休めるかもわからないから、このタイミングなんだろう。


 休憩が始まるとまず、物資の酸素ボンベから自分の機体に酸素を満タンまで補充する。その次に食事とか携行食だけど、これは自分の機体にある、バックパックにレーションの入ったパックを取り付けることができる。


 当然だけど、宇宙空間でヘルメットを外してゆっくり食事なんてできない。ヘルメットを外した瞬間、酸素も気圧もなくて死ぬ。ちなみに気圧だけど宇宙空間に飛び出したら気圧がなくて膨張して人間は爆発する、なんて言うけどあれはデマであるていど人間の内臓とか組織は膨張してくれるらしい。でも爆発しないだけで普通に減圧症とか肺から空気が抜けていって死ぬけど。


「イチゴ味からでえっか」

「俺はオレンジにしよっかな」


 じゃあどうやって食事を取るかというと、取り付けたレーションパックから機体がチューブでゼリーを吸い出して、それをヘルメットを操作して伸びてくる極太なストローを口で加えて、思いっきりチューチューと吸い込んで食べる。


 主食も携行食もおやつも活動中は全部ゼリー。味はいくつか種類があるんだけども、だいたいみんなフルーツ系か、ドリンク系のフレーバーに落ち着く。今回もそれぞれでフレーバーを選んでるけど、変人でもない限り変な味を頼んでる。


「比和子、なんやその味…?」

「麺つゆ味ですよ、美味しいです」

「せ、せやろか」


 まあ変人が近くに、それも同じチームに一人いるわけだけど。比和子が語るには麺つゆ味はざる蕎麦を食べた後の麺つゆに、蕎麦湯そばゆを割った後の蕎麦の風味が味わえるさっぱりとした味らしい。完全に締めに食べるような味だけど、主食として成立していいのだろうか?


 そのままゆっくりとアイと横並びにまったりと体制を崩しながら休憩する。なんとなくアイと密着してみるものの、Archeという機体越しにはなるんで一切密着してるという感覚は得られなくて残念だった。


 そんなまったりと休憩時間を過ごし、予定である1時間を少し過ぎたぐらいで政府の人がクガさんと、そろそろ行きましょうかという話し合いが聞こえ、自然と各自スタンバイを始め、休憩が終わる。


 向かう先は前方100m先の居住区出口。


 ここからでもその居住区と次の区画をへだてていた筈の隔壁が壊れているのが、はっきり見えていた。

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