静かの海。(1)

 何をするでもなく、都市を探索する。

 月面都市はいくつかの円形のドームがくっついた作りになっており、ある程度の高さからは特殊なガラス張りになっていて、頂上と結ぶ円柱のタワーがある。


 スマホの充電は10時間の待ち時間の間にしてあったので満タンだったので、適当に観光案内を検索してみる、近場の観光は…映画館、劇場、ショッピングストリート…どうせならもう少し月面っぽい所が良い、劇場は低重力を活かしたパフォーマンスが売りで少し惹かれたが流石に今の時間からじゃ公演に間に合わないし、人気の劇はチケットも満員だ。


 それにしても賑やかなダウンタウンが続いていて、コレじゃあ静かの海どころか、賑やかな海だな。


 じゃあドームを支えるタワーに入ってみるのはどうだろうか? 今の時間夜景が見渡せて綺麗だし、都市を見渡すには良いんじゃないだろうか…と考えたところで結局人が、それもカップルが多そうなのでやめることにした。


 純粋な観光だけの客は戦争中で少ないとは言え、比較的月面は安全とされていて多少は定期的に宿泊客は来てるらしいし、傭兵も設備投資やメンテナンスで立ち寄りながら長期休暇を月面で取ってる人間は多いから、観光客には困って無さそうだ、移住人工も十分足りていて、一つの大都市としてかなり賑わっている、正規軍も駐留してるし。


 だったら一人でブラブラと立ち寄れる場所の方がいいな、酒が飲めないからバーとか居酒屋はダメだし、ダンスホールは好きじゃない、良い時間だし先に食事にするほうがいいな。


 そう思って調べてみたらショッピングストリートの近くに屋台天国があるらしい。


 大量のフードトラックが並んでいて、年間売上一位は表彰されていたりと結構力も入っていそうだ、うん、町並みを楽しみながら食べ歩きができるなら観光っぽいしコレにしよう。


 コルセットを着けているので歩きにくいし、腰に負担がかかるとまだ嫌な痛みが走るけど、医者の薬と治療のおかげで多少の散歩ぐらいなら支障もない。


 ストリートをまっすぐ進み、途中で公園を抜ける、十字路を曲がり、隣の大通りに出たらそこが目的地のフードエリアだ。


 まず、目の前に飛び込んできたのピザと、ピザ、それからピザのフードトラックだ、多いなピザ、どうやら似たような食品は似たようなエリアで集められているらしいが、イタリア風とアメリカ風、クラスター生地だったりパン生地だったりでかなり大きな派閥があるのが見て取れる、というかポスターがお互い、向こうのより美味しいと煽り合っている。


 流石にピザを食べてたらスグにお腹が膨れるので、一旦後回しにしよう、ハンバーグエリアを通り過ぎ、ホットドッグエリア、そして揚げ物エリアだ、揚げ物もすぐ満腹になるんだけど、少しのサイズのものをつまむのは良いかも知れない、さすがにバターフライとかいう、固形バターに衣を付けて揚げたものは遠慮したいけど。


 とりあえず目の前にあった屋台の唐揚げを頼むことにした、ここの唐揚げは串に刺さっていてさらにチーズが付いている、実にジャンキーな感じがする、一つ一つの大きさも二口サイズで思ったよりボリュームがある、ついでにフライドポテトをSサイズ頼んで次のものを探しに行こう。


 思ったのはチーズが多い、ピザもだけどハンバーグもチーズを挟んでるのがいいし、揚げ物にも結構掛かってるのが多い、元のお国柄なのかチーズが流行ってるのかわからないけど。


 一方でジュースは宇宙食によくある、密閉パックからストローで飲みあげる物が多い、さすがに完全に液体なものは屋台では出しにくいのだろう、それと同じ理由でスープ系のものを専門で取り扱ってるフードトラックは殆どなかった。


 あるとすればステレオタイプの宇宙食専用のお店だ、これは観光客向けのようで今の時期は苦戦していそうだ、それでも変わり種が多くて工夫もあるし、持ち帰りが充実してたので、いくつかお見繕って土産に買っていこう。


 怪我をしたので食欲が下がってるかと思ったけれど、場の空気もあってか思ったより食べれている、最後にピザでも食べてから帰ろうかな? さすがに1枚全部食べるのはキツイが全てのお店で1カットから提供しているし、薄い生地のやつならいけそうだ。


 とりあえず目についた店の行列に並ぶ、意外とスムーズに進んでいったんだけど、自分の2つ前ぐらいでピタリ、と行列が止まる、何事だろう? と思って様子を伺うと客と店員が言い争ってる。


「だ~か~ら~! ウチが何食おうと勝手やろ! とっとと商品渡さんかい!」


 威勢のいい関西弁で喋ってるのは俺よりも10cmぐらい背の低い銀髪ショートの女の子だ、外見は大人しそうなのに今にも食べ物より店員に噛みつきそうなぐらい威勢がいい。


 一方で店員はノースリーブにエプロンを付けている、ムキムキマッチョマンの髭男、かなり腕っぷしが強そうな見た目をしているのに食って掛かる度胸が凄いなと、少女に感心してしまう。


「っは、いいからとっとと失せな! パン生地信者に食わせるモンなんてねぇ!」


 いや、どういう流れだろう、というか何時の時代のラーメン屋頑固親父みたいなノリ何だこれは。


「あんたは昭和のラーメン屋のオヤジか! ちょっと悪うないでって言うただけやんか!」


 その少女が自分と思ったことと、全く一緒な考えを大声でツッコんでいたので思わず笑ってしまう。


「ハンっ! そんな味音痴にやるピッツァはねぇ! 帰んな!」

「ったくそこまで言われたらコッチから願い下げや! 覚えときや!」


 少女は踵を返すように去っていく、まるで暴風雨のようだなと思っていたらスグに俺の順番が回ってきた。


「お前さっき笑ってだろ、お前もダメだ」


 とんだトバッチリじゃないか、少し呆れつつ痛んだ体で揉める気はないので諦める。やれやれ、どうしようかな、近くのベンチに座って休むことにした、座った瞬間、腰に負担をかけないように歩いていたせいか、どっと疲れが溢れる、あー、だるい。暫くベンチに腰をかけ空を見上げれば、地球が青く光って見える、月から見える地球は半月のように欠けて見える、相変わらず綺麗だ。


「ごめんなー、兄ちゃん」

「っん…! ふう……えーっと?」

 ゆっくりしていたら、先程の少女が声をかけてきので、上体を戻そうとして一瞬痛みが走るが、構わず姿勢を正す。


「なんかダルそうやね? 怪我人なん?」

「あぁ…ちょっと腰をやってさ」

「あー、後ろからかー、災難やん」


 そう言いながら、彼女は食べ物を手渡してくる。


「これは?」

「ピザロール、具はロブスターとマヨネーズ」

「俺に?」


 予想外の出来事に、一瞬素の口調が出てしまう


「うん、ウチのせいで食べれへんかったやろ? ピザ」

「まぁ、そうだけど」

「だーかーら、これはウチのお詫びをかねて」

「なら、ありがたく」


 食べてみるとこんがりと炙ってあるロブスターが、ゴロっと入っていて美味しい。


「あんた名前は?」

「スノウ」

「ウチはアイって言うんよ」

「そっか、よろしく」

「よろしくー」


 話してる感じは先程の暴風雨のような激しさは感じない、とすると何故あそこまで口論になっていたのか気になってくる。


「さっきは何があったの?」

「あー、あれなー、結構くだらんよ?」

「別にいいよ」


「んー、まー、せやなー、ウチは今日はピザに絞って食べ歩きしてたんよ」

「うん」


「でな、まあパン生地のやわらか~いピザ食べながら、あの店で注文しようとしたらさ、バッリバリの敵意満々な店員でな? 『お嬢ちゃんそんな偽物よりウチのが美味しいからな』って言うてきたから、素直にこれも中々やでって言うたら露骨に嫌味言うてきて、そっからは売り言葉に買い言葉。」

「あはは、なるほど」


 どっちもどっち、とは言いたいところだけど黙っておこう、店員の言葉を笑って聞き流すほど、この子は嘘がつけない人間なのかも知れないし、店員の言動も危ないとは思う、いつか炎上しそうだ。


「それで、うちのことは話したし、そっちはどうしたん?」

「あぁ、まあ君のツッコミに笑っちゃって…」

「いやいや、そっちやないって」

「え?」

「コッチの話」

「こっち??」


 指を差してる方を見ると俺の腰を指差している、怪我の事を気になったみたいだけど、正直怪我の原因が甲板ドリブルなので言いたくはない。


「…コレの話?」

「そそ、スノウくんのお腰につけたコルセットのお話を聞いてみたいなーなんて」

「…どうしても?」

「せやで、その反応を見るに、戦場で武勇伝かと思ったらもうちょっと面白い話を聞けそうやん? 聞かしてーな」


 やばい、絶対話したくない


「いや、それ「話してーな?」」


 けれどその少女からはすごい話してくれという圧を感じる、いつの間にか背中にも手を当てられてる、普通なら女の子にこんな密着されたら嬉しいものだけど喜べない、だってコレ、いつでも押し込んでやるという脅しだし。


「ええやろ?」


 アイの口角が、厭らしく上がっていた。

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