試験運転だったもの。
「いや~、おっもしろい見世物だったよ~?」
暫くして、医務室に入ってきたイチゴさんは満面の笑みだ、怖いぐらい満面の笑みだけど、これは内心滅茶苦茶怒っている。
「人の話はちゃんと聞こうね~?」
「はい…」
「その話はもうしたから大丈夫だぞ」
「え~………もう、とりあえずどうしよっか」
どうしよとは、恐らく今後の予定だろう、自分が負傷したせいで予定がズレるかも知れない、急いで軌道エレベーターから出発していたのに申し訳ない。
「そうだな、イチゴは艦長だし先にヤタと合流して状況確認とか手続きに回ってくれ、俺は病院に連れて行く」
「おっけ~、それじゃあ一応予定通り進めておくね」
「だな、最悪入院とか言われたら置いていこう」
それは困る、というか情けなくて死にたくなってくる。
「そんな顔しないで、一応こっちの検査だと問題ないって出てるから大丈夫だよ」
情けない気持ちが表情に出てたようで、イチゴさんが慰めてくれる。
「なんとかなるさ、元々戦場だと怪我も多いから設備も整ってる、多少なら療養しながら航行もできるしな」
「それじゃあ私も着陸が近いから行くね? 無茶しないようにね」
そう言いながらクガさんが先に病室を出て、ついでイチゴさんも部屋から出る。
暫くして、少しの振動と接地感、そして多少の重力を感じ始める、恐らく月に着いたのだろう、地球の1/6の重力とは言え、やはりあった方が楽に感じるのはまだ宇宙慣れしてないからかな。
よく考えたら、というか無茶しないようにと言われても縛られてるから動けない。
月面上を移動してるような感じは続いてるので駐車…車じゃないから寄港? 駐留でいいのかな? とにかく停止するまで何もできそうにない。
それから30分ぐらいして、クガさんが入ってくる。
「パスポートは? あと、一応歩けそうか?」
「パスポートは、個室です、歩行は…やってみないと」
「そうか、じゃあやってみるか」
固定してあったベルトが外され、体が自由になる、改めて寝転んでるとこの布団はふかふかで気持ちいい。
「で、どうだ?」
「…っ………なんとか、なりそうです」
気持ちよさに甘えてられる状況でもないので頑張って上体を起こしてみると、腰に鈍痛が走るけど耐えられない程じゃない、意識が朦朧としてたのも既に回復しているし、頭痛とかも感じられない、関節に違和感はあるものの動けないほどじゃなかった。
「あんまり我慢しすぎるなよ?」
さすがに腰を痛めていたのは見抜かれて居たようで支えられる。
さっきは重力があった方が楽だと思ったけれど、移動が楽な分、低重力で良かったと思う、今の自分の体重を考えたら10キロぐらいになっているのでクガさん一人でも楽々と運んでしまえるだろう。
「自業自得とは言え災難だったな」
「…はい」
「あれぐらいの失敗を先にしてたのは良かったよ、まだ笑い話にできる範囲だ」
苦笑いしつつ、クガさんと一緒に個室に入り、財布とパスポートをとる、それからスグに船外に出ると、そこは屋内ドックだった。
「月面基地だよ、レンタル式の傭兵専用の合同ドックだ」
「結構広いですね」
敷地内はかなりの大きさに見える、各所にほかの傭兵会社の戦艦がいくつも停泊しており、軍用艦以外は見つからないので観光や定期便とは別の、傭兵会社専用の基地なのが見て取れた。
「2000ヘクタールぐらいあるんじゃなかったかな? 他にもいくつかある」
「広いですね…」
「ちなみに結構有名な静かの基地の一部だ」
「ここが…!」
静かの基地とは静かの海にある場所だ、月面緯度0.8度、月面経度23.5度にあり、かのアームストロング船長が1969年7月20日に人類として初めて着陸した地点に作られた一番古い基地、その中でも傭兵会社用に割り当てられた区画だろう。
「一応最初に到着した場所とかは観光地になってるし入れるし、月面の状態そのままが残って入る、記念にな」
基地の中を腰を支えながら、跳ねるように移動していく、普通に歩くよりもこうした方が早いからだ。基地を10分ぐらいかけて、屋内駐車場に行くとタクシーの発着場があった。
「えっと…あれか」
黄色のタクシーを見つけると、クガさんは後部座席に寝かせるように自分を入れて、撒くようにベルトを締める。
「ふう、動かない様にこれで我慢しといてくれ」
まるで荷物みたいな扱いだな、と思い思わず苦笑いする、今の自分は本当にお荷物なんだろう。再確認してくるとまた情けなさで気が沈んでくる。
「じゃあ、この総合病院に、予約はとってあるから」
「わかりました」
そういうとタクシーは出発する。タクシーで寝転んでいる状況では、せっかく見てみたかった月面風景も全く見えない、お預けである、残念だけど仕方ないのでタクシーを降りる時ぐらい見てやろうと思う。と、思ったのにこの病院は屋内駐車場を完備していて一切外が見れなかった。クガさんは料金とチップを渡すと、俺を降ろしてそのまま病院内に連れていく。
それから数分待ってからの診察結果は、全治一週間となる腰の打撲。
コルセットを巻いて様子を見るようにとのことだ、薬も処方された、医療設備は整っているので、出航時に同行してもOKだそうで一安心した。
病院を出ると、すっかり夜だ、頭上には月ではなく、地球が見えることで月面だと実感できる。
月面都市はドーム状になっている。
建物は普通の都市と変わらないが、ここは西洋圏にある大国が作った都市なので、まるで西海岸の様な雰囲気が出ている。
「治安はいいよ、地球の限られた層と、移住者だけで作られた都市だし犯罪を犯しても逃げ場がない、とは言え傭兵も多くて血の気が多いやつがいっぱいだから気をつけるようにな」
「わかりました…ってこれからどうするんです?」
「そうだな…思ったより大丈夫だったし好きに出歩いていいぞ、医者から言われたとおり酒だけは禁止で、連絡だけは常に取れるように」
「了解です…って本当に一人ですか」
「集合は『静かの基地』、何かなくても標準時間で0時ぐらいには帰ってこい」
「はい」
返事が帰ってこない、答える必要はないと言った感じだった。
スマホで時計を確認する、現在は宇宙標準時刻で18時だ、6時間は時間がある。
「一応、問題は起こさないでくれよ? 大丈夫だと思うけど」
「肝に銘じます」
「よろしい、じゃあ行って来い」
そう言うとクガさんは自分のスマホを弄り始める。
「クガさんはどうするんです?」
「俺か? 向こうと合流して情報共有してくるよ」
「じゃあ自分も行きますよ?」
そう言うとクガさんは苦い顔をする。
「いや、お前は月面って初めてだろ? ちょっとは気にせず観光でもしてこい」
「は、はあ…」
そう言うとクガさんはタクシーに乗ってどこかに行ってしまった。
困ったな、そう言われても行くアテなんかあまり思いつかないんだけ。
とりあえず折角の夜景を楽しみつつ、夜の街を散策してみることにした。
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