試験運転。(2)

「はいはい聞こえる~?」

 静寂を破ったのはイチゴさんからの通信だった。


「はい、聞こえます」

「じゃあ、カタパルトロックを解除するから気をつけてね」


 ガコン、と足元の台座からのロックが解除される音が、Arche越しに聞こえる。


「これで自由に動けるよ、とりあえずはブースターなしで動いてみて」


 言われるがままにジャンプしてみる、無重力なので一度ジャンプするとそのままどこまでも跳んでいってしまうのだけど、紐のおかげで頂点に行った後ゴムの反動で戻ってこられる、それを2・3回繰り返して問題がないか確認する。


「問題ないな、次行って大丈夫だぞ」

「おっけ~、じゃあ次は通信系かな」


 ピッという音とともに、ヘルメットに沢山の情報が映し出される。


「あとでUIは自分でカスタマイズできるんだけど、とりあえず基本的なものね、まず、周りの船を見て青いマーカーが出てるか確認」


 辺りをキョロキョロ見渡してみると、どの船も緑のマーカーが出る。


「それが味方識別信号、武器にもロックが掛かっていて、解除しない限り射線上に見方が居たらトリガーを引いても弾が発射されない仕組みになってる」


 聞いていて便利な機能だな、と思う。


「まあそれでも発射した後に射線に入ってこられたら誤射しちゃうんだけど、それはもう諦めてね」

「はい」

「識別とかUIはオンオフができるけど、基本的にやらなくてもいいから、できるって事だけ覚えておいてね」


 確かに普通の戦闘中にそういう事する意味は殆どないと思う、例外を除けば。


「次はカタパルトの説明、私の艦はカタパルトが2つ、左右にあります」


 乗り込んだ時は上から見ていなかったからわからなかったけど、確かに電磁式と見られるカタパルトが両サイドに2つずつある。


「基本的にブースターをしなが真後ろには飛ばないように、斜度は15度までつけれます、真後ろに飛ぶ場合はバーニアは全開でお願いね」


 これは訓練で教わった記憶がある、中途半端に発進したせいで自身の船のバーニアに接触して、即丸焦げになってしまう事故が多発したらしい。


「できるだけバーニアは発進時には弱めるけど…真後ろに発進しなきゃいけない時ってそんな余裕ないと思うんだよね~」

「何故ですか?」

「だって真後ろに敵が着いてるって事はさ、全力で逃げなきゃいけないし」

「確かに」


 追手を払わなきゃいけない緊急事態に、一瞬でもバーニアを緩ませる方が危険だ。


「てなわけで通常時です、カタパルトは90度まで左右それぞれ展開できます。」


 そういうとカタパルト部分だけが左右ゆっくりと旋回し始める。


「ただ使用感的には90度だと真横に跳んでくから、なんか45度くらいで斜度着けて発信する方が旋回行動しやすくて楽なんだって」


 旋回したカタパルトはそのイチゴさんが言っていた角度に合わせて止まる。


「ちなみに大体真空作業中にカタパルトの方向は決めとくんだけどね、90度くらいまでがカタパルトにArcheが出てくるまでに動かせる限界で、180度まで回すよりも、Archeが旋回して発信して、前に飛んでいくほうが早いの」

「待ってるよりいち早く出撃したほうがいいですもんね」

「そゆこと」


 説明が終わるとカタパルトが元の位置に戻っていく。


「とりあえず実地で説明することは私からは以上かな」

「ありがとうございます」

「てなわけで次はクガの番」

「ん、それじゃあ、お待ちかねの実動テストに入る」


 イチゴさんからクガさんに通信が移り、これから本格的にArcheを動かせるのがわかる。


「まずは制態機能バランサーとロックオン機能だ、味方識別でも任意でできる、とりあえずそうだな…月に向かってロックしてみろ」


 月は現在、艦の前方にあったのでロックしてみる、すると身体がArcheに引っ張られて正面に向かって静止した、そのまま飛び上がったりしても回転や軸がブレず月に向かい続けれている。


「じゃあ今度は当艦に向けてロック」


 ジャンプしている途中で指示があったので今度は自分達の艦にロックを切り替える、すると今度は真正面に戦艦と正対し、そのまま命綱の反動で近づいて、うつ伏せ状態で戦艦とぶつかった。


「よし、機能は正常だし微調整もOK、もうロック解除していいぞ」


 ロックを解除すると、途端に身体が自由になった感覚がある、ゆっくりと身体を持ち上げて、戦艦の上に立つようにポジションを調整する。


「スムーズだな」

「ちょっと安心しましたよ」

「これも地上で先に調整してきてくれたおかげだよ、これなら早く終わりそうだ」


 その後も各種チェックリストをこなしていく。

 次々にチェックをこなして行き、段々ペースと手際がよくなってきたんじゃないかと自分でも思う。


「それじゃあ次、ブースターチェックだ、軽く更かして宇宙空間での自由移動ができるかのテストになる、これが一番危険だから気をつけろよ」

「わかりました」

「それじゃあブースター点火、出力は低めで軽く飛び上がった後姿勢制御できるぐらいでそうだな……ちょっと待てよ、あっ…」


 ブースター点火、出力は低め、大体50%ぐらいでいいのかな?

 そう思って聞き終わる前にブースターを点火してしまった。


 結果俺の体は一気に頭上方向に飛び上がり一瞬で命綱の限界に達する、それでもまだ命綱が戻ろうとする力よりも遥かにブースターの出力が高いらしく、命綱が徐々に伸びていくのを感じる。


 ―――まずい。


 多分このままじゃ命綱が切れる、音があったらミチミチと音がなってるに違いない。


「おい! 戻ってこい! ゆっくりだぞ!」

 そうだ、戻ってこなきゃ、えっとそうだ! まずブースターを切れば良いんだ。

「ブースターオフ!」

「おい馬鹿!」


 クガさんが叫んだその瞬間、オフになったブースターがベクトルを失くす。

 するとどうなるか、バンジーの紐より強力なゴムが一気に戻ろうとして、飛び上がった分だけ高速で戦艦に引き寄せる。


 まずい、これ死ぬかも知れない。


 その速度は抵抗のない宇宙空間では信じられない速度になる、自分で認識できない速度でカタパルトに俺は叩きつけられ、反動で跳ね上がり、また叩きつけられる。

 まるでヨーヨーの様にバウンドしたその回数3回、三回で済んだのは三回目でカタパルトに俺の体は張り付き、ずるずるとそのまま、円形ハッチに引き寄せられていく。

 本当に危ない時、人は時間の流れがゆっくりになるとか、逆に冷静になるとか聞いたけれど、俺はその両方が本当だと実感した、超痛い、マジ痛い、死ぬ。

 意識が朦朧としてるのはGによるものなんだろうな、ははっ、対G訓練の結果は優秀だったおかげで気絶しないで済んだ、ぶっちゃけ気絶したほうが多分楽だったけど。


 にカプセルに戻され、酸素が注入されていく、


 ヘルメットを脱がされ、意識があるのをチェックされ、メディカルチェックをうける。


「…最新型で良かったな、骨とかは折れてない、全身打撲だが軽症のようだ」

「は…はは…」


 乾いた笑いが出る、人は本当にやばい時は笑いが出るというのも本当らしい。


「まったく、人の話は最後まで聞け、一番危険だと言っただろうが」


 ロボットアームが自分の装備を取り外していく。


「とりあえず医務室だな、6番目の個室がそうだ、連れて行く」


 ゆっくりとクガさんに医務室のベッドへ運ばれ、手足をバンドで拘束さる、宇宙空間では重力がないのでベッドも壁にくっついてある寝袋か、小さいクッションで出来た小部屋になる、重力下にある場所ではベッドも使えるので、設置してあるのは誰かの拘りかなんかだろう。


「でだ、寝たままでいいから聞け、お前のは特に最新型だから基本出力が高い、だから安全な出力を計算してるところだった、多分5%が正解だったかな」


 50%であの大惨事なんだからその10分の1で良かったと思うと、明らかに出し過ぎだったのがわかる。


「救出には電磁石をつかってバウンドごとに反発をして最後に反転させて吸着させた、本来は他の用途に使う機能なんだが上手く言って良かったよ」

「助かりました…」


多分それがなければ何度も叩きつけられて全身骨折じゃすまなかった気がする。


「無事だったのは最新型だから装甲が肩代わりしてくれたからだな、壊れてたら死んでたと思うが、壊れる前に助かってよかったよ」


命をあずけるものはケチっちゃいけない、昔お姉ちゃんが言ってたことは正しかった。


「とりあえず、装甲は破損してるだろうから修理はしといてやるよ、どれくらいかかるかはまだ見てないから解らないが、多分お前よりは早く治るよ」

「はい……」


力なく答えると、項垂れる、初日にも関わらず大失敗してしまった、いや、日付的には二日目なのかな、どうでもいいや。


「やれやれ、とりあえず月についたら病院だな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る