最初の日。(3)

「あの、見張りとか一人ぐらいしとかないでいいんですか?」

「危険宙域なら流石にやるが…今は大丈夫だよ、なにか接近してきたら警報も鳴る」

「そうなんですか」

「ま、危険宙域に着く頃には改めて教えるから、危険そうならブザー押すだけでいいけどな」


 クガさんがコップを取り出し、無重力対応ケトルでお湯を沸かし始める。


「皆の衆ごくろーさま、10時間後に集合ね~、あ、私もコーヒー飲む」

「紅茶だぞ」

「それでもいいよ」

「はいはい」


 そう言いながらコップをもう2つ取り出すして、飲み物を入れて。


「スノウ、お前も紅茶でいいか? 緑茶とかジュースでもいいけど」

「紅茶で大丈夫ですよ」

「うい」

 こういうのは自分がやった方がいいんじゃないか? と思ったけど鼻歌交じりに作ってるので、下手に変わらないほうがいいな、と判断した。

 暫くして、紅茶が3つ運ばれてくる、宇宙空間なのに不思議とコップから飲み物は溢れてこない、飲み口も平らじゃなくて曲線を描いている変わった形をしている。


「へえ…これどういう仕組なんですか?」

「スペースカップって言ってな、毛細管現象と表面張力を利用したもんだ香りと味が比較的地上と変わらないスグレモノだ」


 そんなものもあるんだ、確かにこれならコーヒーとかワインとか香りが大事なものだって宇宙空間でも美味しく味わえそうだ。


「クガの拘りでね、食べ物関係だけは結構充実してるよ、ちなみにクガの自費」


「嗜好品なんて手に入る機会も少ないからな、ちなみにボードゲームとかテレビゲームなんかも談話室に結構設置してあるんだが、そっちはイチゴの自費」

「退屈で死んじゃうからね」

 紅茶を飲みながら、何気ない雑談が続いていく。

「そうそう、どうせ月は混雑しててな、だいたい到着してから着陸まで3時間ぐらい待つことになるんだ」

「…結構長いんですね」

「その間静止しての待機になるから、その時にお前のオーダメイドのテストを行っていいか?」

「はい!」


 正直これに実際乗ることが一番楽しみなので、スケジュールがわかって興奮する。


「急に元気だな、ま、テストの時に色々聞かせてもらうよ」

「それと~、あとは標準時間に生活サイクルを一応合わせておくことかな?」

「確かにな、時差ボケで使えなくなったら困るしそれも仕事だ」


 クガさんが苦笑いしつつ、クッキーを備品から取り出す。

 しっとりとしてこれも宇宙空間で飛び散らない、味は少しビターで紅茶に合う。


「それとカプセルに入ってた荷物は格納庫前に纏めて置いてあるから、自分で部屋に入れといてくれ、そうだな月に着くまでにでいい」

「わかりました」


 食べ終わったらすぐにやろう、どうせ荷物は多くないし、すぐ終わる。


「じゃ、10時間後にまたな」

「えーっ、遊ぼうよ~」

「お前な、俺は先に寝てたからここから10時間起きてるのは結構きついぞ?」

「大丈夫大丈夫、標準時間に合わせるのも仕事なんでしょ?」

「…お前そういう事か、だからわざわざ言ってたのか」

「なんのことやら」

「ったくしょうがねぇな、何する?」

 そういいつつ、満更でもなさそうだな。

「んー、格ゲーでも狩猟ゲーでもなんでもいいな~」


 テレビ用のモニターの下にある引き出しをイチゴさんは漁り始める。


「あぁ、スノウお前は荷物整理があるんだし先に離れてていいぞ」

「わかりました」


 多分逃してくれたのかな? と思いつつ談話室を離れる。

 なんとなくだけど、荷物整理がなければやっててもいいのに、と思ってしまっていた自分がいた、荷物だってそんなに多くは持ってきていない、

 格納庫前に、ダンボールが2つ置いてある。

 両方とも中身は着替えと、小物が少しだけだ。

 シャワーとか食事や洗濯の備品はあると聞いているし、スマホの充電器はポケットにある。

 さすがに髭剃りだけは人と共有するのがいやだから自前だけど。

 それと耳栓と酔い止めとかの常備薬ぐらいかな。


 服を収納に入れて、小物を引き出しに入れて鍵を締めて、整理は終わり。


 我ながら荷物が少ないと思う、なにか他に持っていこうとしてた筈なんだけど、思いつかなかった。


 やることをやったら何もすることがなくなった。

 談話室に戻ってゲームしてる二人の様子を見に行くかな?

 個室で星空を眺めるのもいいが、それだけで10時間は自分には長く感じる。


 格納庫を見に行く…?


 ダメだ、わざわざ格納庫の前に荷物を置いてたってことは、勝手に入るなって意味だと思う、メカニックの中には結構自分の環境が大事な人は多いし、クガさんは結構拘りが強い人だと思う。


 結局、時間まで適当に個室で過ごすことにした、ネットには繋がっているので定額見放題のサイトで適当に見つつ、ネットに転がってるニュースで現在の戦況を確認したり。


 現在地球の公転軌道に一番近い大型コロニーは山羊座らしい、堅実なコロニー戦略とされていて、農耕や小惑星からの鉱物の採取など、一次産業コロニーだ、戦術は守りながら的確に穴をついてこようとするらしい。


 そこに最近話にあった獅子座コロニーが加わったとしたら、確かに面倒な事になったかも知れない、獅子座は特に大きいコロニーで戦略手段は派手なものを好み、大型の兵器を扱うのが好きで被害が大きいそうだ。


 当然、資源消費も激しいので継続戦闘能力は低いが、攻めてる時は圧倒的な火力があるので戦況が絶えず動きやすい特徴がある。

 つまり、物資が潤沢なコロニーをエネルギーに、エネルギー消費が激しいコロニーが救援に来たという形で、実に合理的なように見える。


 一方火星との戦況だけど、地球と火星の間にはコロニーの間にあるコロニーは、お互いの公転軌道の中間にあり、大体ひと月ごとに一番近いコロニーが変わる。


 火星と地球もお互い公転しているので接近と離脱を繰り返していて、その周期は約2年2ヶ月、前回の最接近は2022年12月1日で、次の最接近は2025年1月12日だ、今日は2024年1月6日なのでこれから段々火星に近づいてくる、それにつれて火星とは決戦が近づいてくるだろう。


 ただ逆に1年1ヶ月ぐらいの時点は一番離れている時期でもある、今は前回から1年と3ヶ月、でようやく再び接近し始めた頃でまだまだ距離は遠い、ここで無理して遠征してくることも無さそうに感じる。


 ただし、火星側が保有する小惑星基地などもあるので小競り合いは起こるだろう。


 火星とコロニーも戦っているので、今の時期だと蟹座か双子座辺りかな、多分。


 こうなるとコロニーは12月ぐらいは地獄を見そうで、蠍座、射手座、山羊座に水瓶座は地球と火星の総攻撃に挟まれる形になる、当然他のコロニーも合わさって総力戦になる可能性だってある、逆にどちらかと手を組んで片方を2勢力で叩くこともあり得るが…今の各勢力のバランスだと極めて仲が悪いのでなさそうかな、休戦ぐらいは結ぶ可能性はあるが、逆に漁夫の利も狙いやすいかも知れない。


 と、そんな先の事を今から考えても仕方ないので、今は目先の山羊座と獅子座だ、

 月についたらその辺の事情も聞けるんだろうか?


 一度食事に戻ったら、二人は仲良くレースゲームをしていた。


「お、一緒にやる~?」

 イチゴさんが気さくに声をかけてくれる。

「すいません、先に食事を取らせてください」

「おっけ~」


 二人のレースは結構白熱してるようで、一緒のソファーを使って遊んでいる。


 この艦には最新型の宇宙食用のフードウォーマーがある、高級品らしく普通なら20~30分かかるのを10分で作ってくれる優れもの、その他にもオーブンやケトルなど、宇宙空間で食事するには困らないものが揃っている、これだけ見ると大手会社の艦のようだ、むしろ少数経営だから自由にできてると捉えれるけど。


 どれにしようかと選んでいると、スペースラーメンなるものが目に入ってきた、凄いな科学技術、スープ料理もあるのか。


 調理は70度に設定したお湯で戻すだけ、スープが飛び散らないように、粘度が結構高くてあんかけ風に感じられる、塊になってるので袋から飛び出してもいかないし手軽に食べれるのは便利だ。


「う…だめか~、ね~、もう一戦」

「だめだ、もうすぐ管制とコンタクトする時間だ」

「う~」

 渋々イチゴさんがブリッジに入っていく。


「それじゃあ、ぼちぼち俺らも準備するか」

「はい」


 待ちに待った時間だ、クガさんは談話室に掛けてあったインカムを取り出して装着しながら、俺をひきつれて格納庫に向かっていく。


「あー、あー、てすてすてす、聞こえるかイチゴ」

「は~い、聞こえるよ~どうぞ~」

「こっちもOK、いつも言わないどうもありがとな」

「はいは~い」


 クガさんは、自分のICカードを格納庫横のスキャナーでスキャンして扉を開ける、どうやらさっきは、そもそも入ろうとしても自分じゃ入れなかったみたいだ。


 結構整理された格納庫で、カタパルトとハッチは見当たらない。


「カタパルトはここじゃない、上にあるよ」

「そうなんですね」

「そういや先に渡しときゃ良かったな」


 どういう事だろうと思っていたら、クガさんは腰ぐらいの高さのコンテナから服を取り出してこちらにゆっくりと投げる、受け取ってみると黒いカラーリングに赤いラインの入った宇宙服だ。


「対G用宇宙服、着たら空気が抜けて圧縮されてピッタリとハマる、下着着用不可」

 なるほど、ここで全裸にならなきゃいけなくなるからか。

「戻って着てきてもいいぞ」

「いえ、ここで大丈夫です」


気遣いはありがたかったが。特に羞恥心もないので迷わずここで着ることにした。

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