第391話 天罡星⑨

 俺達は“梁山泊”領域エリア『第五門』を後にし、次を目指す。


 でも。


「ハア……絶対に、碌なことにならないだろうなあ……」


 そう呟き、俺は頭を抱える。

 というのも、次の『第四門』は、まさに道士系精霊ガイストの頂点に立つ、長女各の[入雲竜にゅううんりゅう]が待ち構えているのだ。

 [神機軍師]の時のこともあるから、絶対にただじゃ済まない……。


『はうはう……マスター、[シン]が慰めてあげるのです……よしよし』

「イヤイヤ、お前のことだからな? むしろお前がヒドイ目に遭うんだからな?」

『はう!?』


 コイツ……気づいてなかったのかよ……。


「ク、クク……まあ、あの時のような事態になっても、この我が貴様を護ってみせるとも」

「中条……」


 うう……本当にコイツ、いい奴だなあ……。


「むむむむむ! わ、私だって、新たに手に入れた『黄龍偃月刀』の力、存分に振るってみせるとも!」

「……フン、ヤーに頼めば、全部燃やし尽くしてあげるのニ……」


 いやいや二人共、なんで中条に対抗意識燃やしてるの?


『プークスクス、相変わらずマスターがモテモテでしどろもどろになってやがるのです……って、や、やだなあ、なんで関姉さまとローグ姉さまがここにいるのです……?』


 で、[シン]は[シン]で[関聖帝君]と[スヴァローグ]に絡まれてやがるし……。

 というか、今二人の精霊ガイストは、[シン]に何を言ってるんだろう……気になる。


「ア! 見えたわヨ!」


 次の舞台となる『第四門』の鳥居を、プラーミャが指差した。

 頼むから……普通の精霊ガイストであってくれよお……!


 俺は鳥居を眺めながら、祈るように両手を合わせた。


 ◇


『ああ~ん♪ [シン]ちゃん! [シン]ちゃん!』

『チョ!? は、離れてほしいのです!? 苦しいのです!?』

「「「「…………………………」」」」


 俺達が『第四門』に乗り込むなり、何故か[シン]はここを守護する精霊ガイスト、[入雲竜]に熱烈な歓迎を受けていた。

 というか、[シン]が[入雲竜]の巨大な胸に挟まれ、メッチャ息苦しそう……。


 ちなみに、[入雲竜]の胸がどれくらいすごいのかというと、あの・・氷室先輩ですら遥かに凌駕するほどで、しかもやたらと胸の部分がはだけた道袍どうほうを着ているものだから、俺は目のやり場に困って仕方がない。


「ク、クク……我は夢でも見ているのか……!」


 そうだな……中条、お前にとっては夢であったほうが幸せかもしれない。

 だって、さっきから[入雲竜]の胸の谷間を凝視しすぎているから、サクヤさんとプラーミャがゴミでも見るような目でお前を見てるぞ。


『ふにゅ~……』

『ウフフ! それ! それ!』


 変な掛け声と共に、[入雲竜]が[シン]の顔を巨大な胸でもにゅもにゅしてる……。


「……ヨ、ヨーヘイくんは、ああいったのが、その……す、好きなのか……?」

「へ……? あ、ああいや、その……どうなんでしょう……」


 サクヤさんが顔を真っ赤にしながらおずおずと尋ねてきたので、俺は曖昧に返事をした。

 ほ、本当はああいったのに憧れがないこともなくもないわけじゃないけど、そんなことを言った瞬間、これまで築き上げてきたものがもろくも崩れ去るだろうからな……って。


「……プラーミャ、何してるんだ?」

「フア!? ナナナ、ナンデモナイワヨ!?」


 あろうことか、プラーミャは[入雲竜]がしているようなことを、自分の胸で実践していた。おかげでプラーミャの胸がもみくちゃになってて、その……くそう、俺は健全な男子高校生なんだよ! こんなのもたねーよ!


『アラアラ……ウフフ、[シン]ちゃんのマスターもしてあげましょうか?』

「っ!? いいい、いえ! 結構です!」


 [入雲竜]の魅力的な提案に、俺は思わず吸い込まれそうになったが、サクヤさんとプラーミャに背中をつねられたおかげで我に返ることができた。

 お、おおう……マジであれは、とんでもない精神攻撃だなあ……。


「そ、それよりもだ! 私達はあなたに[シン]とヨーヘイくんに助力してもらうため、ここまでやって来たのだ!」

「ソ、ソウヨ! サッサと本題に入りなさイ!」


 とうとう我慢できなくなったサクヤさんとプラーミャが、顔を真っ赤にして[入雲竜]に怒鳴りつけた。


『アラアラ……なんだったら、あなた達にもこの極意を教えてあげてもいいけど?』

「「ウグッ!?」」


 い、いやいや二人共、なんで真剣に悩んでんの?

 ちゃんと本題に入ろうよ……。


「……真面目な話、俺達に力を貸してくれませんか? 俺は……俺達は、このクソッタレな未来を変えたくて、そのための力が欲しくて、ここに来ました」

『…………………………』

「だから……お願いします!」


 俺はそう言って、深々と頭を下げた。

 相手が精霊ガイストだとか、そんなの関係ない。

 ただ、俺はサクヤさんが消えてしまう未来なんて、絶対に受け入れたくないから。変えたいから。


 だから。


『……[シン]ちゃんはどうなの?』

『はう……[シン]も、マスターと一緒に強くなりたいのです! マスターと……マスターと、ずっと一緒にいたいのです! だから!』


 [シン]は俺の隣へ来ると、一緒になって深々と頭を下げる。

 本当に、俺の相棒は……。


『……ウフフ、私は最初から、あなた達に助力するつもりでしたから、大丈夫よ』

『「っ!」』

『[シン]ちゃん……本当に、あなたは良いマスターに出逢えてよかったわね……』

『はう……お姉様……』


 慈愛の表情で[シン]を見つめる[入雲竜]。


 そして。


『[シン]のマスター……この[入雲竜]、あなたの力となりましょう。だから一緒に、この世界・・・・を共に変えましょう。そのために……理不尽な力・・・・・に打ち勝つのです』

「っ!?」


 [入雲竜]の言葉に、俺は思わず息を飲んだ。

 ひょっとして、[入雲竜]はこの世界がゲームの世界で、そして、俺が何と戦っているか知っているってのか!?


「ま、待って……!」


 俺はそのことを問い掛けようと手を伸ばすが……それよりも早く、[入雲竜]は『間』と記された宝珠となって、[シン]の身体の中へと消えていった。

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