第378話 地煞星①

「ア! アレ!」


 プラーミャが指差したその先には、『第一〇八門』と書かれた看板が掲げられた赤い鳥居と小さな島が現れた。


「あれか……」


 それを見て、俺はポツリ、と呟く。

 あれは、この“梁山泊”領域エリアにおける長く厳しい道のりの始まりを告げる門。


「[シン]」

『ハイなのです!』


 その名を告げると、[シン]はビシッ! と敬礼ポーズをする。


「あの門から先、[シン]はつらい戦いを強いられると思う」

『…………………………』

「だけど……これだけは忘れないでくれ。お前の背中には、この俺がいる。それだけじゃない。サクヤさんやプラーミャ、中条が……そして、今この場にはいないが、サンドラ、カズラさん、アオイ、土御門さん、加隈、悠木もだ。だから」


 俺はジッと見つめる[シン]のオニキスの瞳を見ると。


「だから、百七の試練、やり遂げてみせろ!」

『了解なのです!』


 はは……これから何があるかも分からないのに、お前は俺のことを全面的に信頼してくれるんだな……。

 まあ、だからこそ俺の相棒・・・・なんだけど、な。


「よっし!」


 島の桟橋さんばしに船をつけ、俺は両頬をパシン、と叩いて気合いを入れる。


「さあ……行くぞ!」

『ハイ!』


 赤い鳥居……『第一〇八門』をくぐり、中に入ると。


『………………………』


 石造りの舞台の上にする、馬の頭をした長身で線の細い幽鬼レブナント……いや、精霊ガイストと言ったほうが正しいか。

 あれこそが、この『第一〇八門』を守護する[金毛犬きんもうけん]。


 [シン]が、これから戦う相手だ。


「[シン]。ここから先、お前は俺達の力を借りることなく、お前自身の力で各門の守護者と戦わないといけない」

『…………………………』

「だが……その全てを倒し、この領域エリアの守護神を倒した暁には、お前は誰にも負けない新たな力・・・・を手に入れることができる」

『はう……なら、[シン]のすべきことはたった一つなのです』


 俺の言葉に頷くと、[シン]は[金毛犬]をキッ、と見据えた。


『[シン]は全ての守護者と守護神をやっつけて、さらに強くなるのです! そもそも、マスターが[シン]の背中を押してくれる限り、[シン]は絶対に負けないのです!』

「ああ! 頑張れ!」

『ハイなのです!』


 俺は[シン]の小さな背中をバシン、と叩くと、そのままの勢いで[金毛犬]に突進した。


「ヨーヘイくん……今の話は一体……?」

「……この“梁山泊”領域エリアは、[シン]にとっていわばルーツとも呼べる場所なんです……」


 おずおずと尋ねるサクヤさんに、俺は答える。

 そう……『攻略サイト』にあった[シン]の設定では、元々[シン]……[神行太保]は、この“梁山泊”領域エリアの『第二十門』を守護する精霊ガイストだった。

 それを東都ゲームショウのイベント用として特別限定配布されたんだからな。


「今[シン]が戦っている精霊ガイストも元は[シン]の仲間で、こうやって[シン]が強くなるために一肌脱いでくれているってわけです」

「そうか……ここが、[シン]にとってそんな大切な場所だったなんてな……」


 そう言うと、サクヤさんは視線を[シン]と[金毛犬]へと移した。


 すると。


『それー! なのです!』

『っ!?』


 [金毛犬]の背後を突き、呪符を展開すると。


『【裂】』

『うおおおおおおおおおッッッ!?』


 無数の裂傷を負った[金毛犬]が、舞台の上でもんどり打って倒れた。


『はう! [シン]の勝ちなのです!』


 両の拳を高々と突き上げ、勝ち名乗りを上げる[シン]。


『ふふ……[神行太保]の心の強さ、しかと見た。この[金毛犬]、お主の力となろう』

『はうはうはう!?』


 [金毛犬]は『狗』と記された宝珠に変化し、[シン]の身体の中へと吸い込まれていった。


『こ、これは何なのです……?』

「それは、[金毛犬]が[シン]のことを認めたっていう証だよ」

『そ、そうなのですね……』


 [シン]は宝珠が吸い込まれたみぞおちの辺りをそっと抑える。


「さあ、残りは百六! サクサク行くぞ!」

『はう! 了解なのです!』


 俺達は船へと戻り、次の島……『第一〇七門』を目指す……んだけど。


「ヨ、ヨーヘイ……まさかとは思うけド、あと百六回もこれをするなんてこト……ないわよネ?」

「いや、今プラーミャが言った通りだぞ?」

「ッ!? ソ、ソウ……デ、デモ、今日は途中で切り上げるのよネ?」


 俺の言葉を聞いて急に焦った表情を浮かべるプラーミャ。

 ひょっとして、何か用事でもあったりするんだろうか……。


「すまんプラーミャ……この領域エリアは、ラスボスの守護神を倒すまで出られない……」

「エエエエエエエエ!? そ、そんナ……」


 プラーミャは船底に両手を突き、ガックリとうなだれる。


「ヤ、ヤーの『空戦強襲型機動魔法少女サイトウカナ』ガ……」


 なるほど……確か今日は、夕方から新シリーズに向けての特番があるんだったな。


「プラーミャ……心配するな、その特番ならバッチリ予約してある」

「ッ! ヨーヘイ!」


 絶望に満ちていた琥珀色の瞳に希望の光をたたえて見つめるプラーミャに、俺は力強く頷いた。

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