第九章 “神医”林ヒョウカ

第371話 二年生の朝

「くあ……!」


 春休みが終わり、今日からいよいよ俺も二年生に進級する。

 で、いつもより早く起きた俺は、カーテンを開けて朝日を眺めている、んだけど……。


「すぴー……すぴー……」


 コノヤロウ、[シン]はそんなことお構いなしに気持ちよさそうに寝やがって。

 分かってるのか? 二年生になったってことは、『ガイスト×レブナント』が後半戦に入ったってことなんだぞ?


 俺は残り八か月とちょっとで、サクヤさんが死ぬことになる運命のクリスマスを防ぐための手立てを講じないといけないんだからな。


 一年生の時は、“アルカトラズ”領域エリアで“シルウィアヌスの指輪”、“アトランティス”領域エリアで“エリネドの指輪”、そして“バベル”領域エリアで“ハルモニアのネックレス”を手に入れ、それらを全てサクヤさんに渡した。


 “シルウィアヌスの指輪”があれば、サクヤさんの体内にあるが成長し切ることもなくラスボスの登場を防げるだろうし、それが叶わなかったとしても、“ハルモニアのネックレス”がサクヤさんの生命を一度だけ絶対に守ってくれる。


 でも。


「……元々のシナリオから、色々と状況が変わっちまってるのも事実だからなあ」


 そう……本来ならラスボスの封印を守護する“九つの柱”は、学園の中でしか出現しない仕様になっているはずなのに、二周目特典の領域エリアである“アルカトラズ”領域エリアで出現した。

 しかも、『ガイスト×レブナント』には名前だけしか登場しない、プラーミャが闇堕ちして。


 とはいえ、それは俺が元のシナリオを全く無視して、好き勝手に動いている影響なのかもしれないけど。

 それに……説明のつかないナニカ・・・によって、元のシナリオに戻そうとする作用が働いていたりもするし。


 そのことについて一番分かりやすいのが、悠木による“グラハム塔”領域エリアでの襲撃と、立花の入学時にあった加隈の扱いだ。


 悠木に関しては、アイツの口からハッキリと告げられた。

 まるで俺を抹消するか仲間に引き入れるかの選択肢が現れ、それを実行することしか考えられなくなった、と。


 結果として俺が仲間になることを拒絶したから悠木は俺を襲撃してきたが、それが失敗して『ガイスト×レブナント』の舞台から退場することになった瞬間、その思考が正常に戻った。


 加隈に関しては、本来は主人公の親友キャラとして常にチームを組むお調子者ってポジだったのに、俺がクラスを移って以降、気づけばクソザコモブの役割を与えられ、クラス内で腐っていた。


 その後も、学園祭にかこつけて行われたサクヤさんへのリコール騒ぎで、元生徒会長の牧村クニオが俺の排除に動いたし。もちろんその理由も、『全てを元通りにする』ため。

 要は、本来のシナリオであるサクヤさんとカズラさんの生徒会長選挙戦での一騎討ちをさせるために。


「まあ……いずれにせよ、シナリオ通りに事を進めるつもりはないけどな」


 だってシナリオ通りに進むということは、運命のクリスマスイブでサクヤさんが死んでしまうということだから。

 そんな未来、俺には絶対に受け入れられない。


 俺は充電してあったスマホを手に取り、『攻略サイト』のページを開く。


「はは……全てはコイツの存在を知ってから、だよな」


 一年前の昨日、俺は入学を前にして興味本位でエゴサした結果、偶然にもこのサイトを発見した。

 そこには、この世界がゲームの世界で、俺は主人公に真っ先に絡んでいくクソザコモブというキャラだということが書いてあった。


 主人公にバトルのやり方を教える、チュートリアルのための存在として。


 そのことを考えると、今じゃどうして前のクラス……一-二であんな理不尽な扱いを受けたのかある程度理解できる。

 だって、主人公と戦うエネミーが、クラスの連中……ましてや主人公の仲間キャラと仲良くしてたらシャレにならないからな。


 だから、ゲームキャラとしてシナリオ通り・・・・・・立ち回れるよう、そんなゲーム側の配慮があったんだろう。


「[ゴブ美]……」


 俺は今もスヤスヤと眠っている[シン]を眺め、ポツリ、と呟く。

 [ゴブ美]も単にゴブリンだってだけで、あのクラスの連中から心ない言葉をぶつけられて、笑われて、さげすまれて……。


 入学した日のクラスでの出来事を思い出し、俺はギュ、と拳を握った。

 俺は……あの日の[ゴブ美]の涙を忘れない。


 大切なたった一人の相棒への、理不尽な仕打ちを。


 だから。


「[ゴブ美]……いや、[シン]。絶対にもっともっと強くなって、もっともっと見返してやろうぜ。お前がどんな精霊ガイストよりも、頑張り屋ですごい奴なんだってことを」


 すると。


『えへへ……もちろんなのです。[シン]は、世界一優しくてすごいマスターと一緒に、もっともっと強くなるのです。これからも、ずっと』

「[シン]……なんだ、起きてたのかよ……」

『はう! 窓の外を眺めながらあんなにブツブツと呟かれたら、気になって寝られないのです!』


 オイオイ、俺のせいかよ……。


『まあそれも、今日の帰りにルフランでアイスを食べさせてくれたら許してあげるのです』

「偉そうだな! オイ!」


 フフン、と鼻を鳴らす[シン]に、俺は思わずツッコミを入れる。

 ハア……全く、しょうがないなあ……。


「分かったよ……ただし、疾走丸のノルマはいつもの倍な」

『はう!? ヒドイのです! ヒドイのです!』


 何言ってやがる、報酬を得るにはそれなりの対価を払わないといけないんだよ。


 それに。


「ただでさえ、これからは『敏捷』ステータスが上がりにくくなるんだ。量をもっと増やさないとな」

『はうううう……』


 ガックリと肩を落とす[シン]を見て、俺は苦笑する。

 だけど、[シン]の『敏捷』ステータスは今や“SSSS”になったんだから、ステータスアップのための必要量が増えちまうのも仕方がないだろ。


「よっし!」


 気合いを入れるため、俺はパシン、と両頬を叩くと。


「[シン]! 今日もよろしくな!」

『はう!』


 はにかむ[シン]と、コツン、と拳を合わせた。

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