第365話 バレンタインデー③

「ふふ……ヨーヘイさん、お待ちしていました」


 昼休み、メッセージで呼び出された俺は屋上に来ると、カズラさんが学園の景色を眺めながら待っていた。


「え、ええと……それで、わざわざ屋上に呼び出してどうしたんですか……?」


 俺はおずおずと尋ねるが、本当は分かっている。

 これは、カズラさんのバレンタインイベだということを。


 一定以上の好感度がある時、こうやって思い出の場所である屋上に呼び出され、チョコをもらえるのだ。

 ちなみに、もらえるチョコの種類は、その時点の好感度の高さによってランク付けされる仕様だ。


「はい……今日はバレンタイン。ヨーヘイさんのために、チョコを・・・・作ってきたんです・・・・・・・・


 その言葉を聞いた瞬間、確信した。

 カズラさんの好感度、MAXである。


「あ、あははー……ありがとう、ござい、ます……」


 綺麗に包装されたチョコを、俺はそっと受け取る。

 さて……ここでカズラさんルートに入った時、俺は誓ったはずだよな? フラグは全部へし折ると。


 なのに、なんでここまで好感度が上がってるのかなあ……。

 俺、特にイベントをこなした覚えはないんだけど。


「ふふ……お返し、期待してますね?」


 そう言って、クスリ、と微笑むカズラさん。


 その表情は、冬晴れの空と澄んだ空気の中、すごく綺麗に映った。


 ◇


 ――キーンコーン。


 一日の授業が終わり、クラスのみんなが帰り支度を始める。

 当然俺も、いつものように“ぱらいそ”領域エリアへと向かう、んだけど……。


「ホ、望月はいるかえ?」


 珍しいことに、土御門さんが俺達の教室に顔を出した。

 いつもは領域エリアの扉の前で集まるのに……。


「……ヨーヘイ、シキが呼んでるわヨ」


 何故か不機嫌そうに、プラーミャが顎で指し示す。いや、お前達仲良いのか悪いのか、よく分からんな。


「はは、どうしたの?」


 多分バレンタインチョコだとは分かっていながらも、そんな風に尋ねる俺は悪くないと思う。

 だって、当然みたいな顔でチョコ受け取ったりなんかしたら、どれだけ自意識過剰なんだよって話だ。

 そして、コッチを凝視してるサンドラ、プラーミャ、アオイに何言われるか分からないし。


「ホホ……こ、これは、わらわが作った抹茶チョコでの……お、お主の口にあうかどうか分からぬが……」

「はは……そんなことないよ。俺なんかのために、ありがとう……大事に食べるよ」


 そう言って俺は微笑むと、土御門さんは真っ赤になった顔を扇で隠してしまった。


 ……土御門さんに関しても、その好感度が俺に向かないよう『揚羽蝶紋入り扇』もアオイに手渡すように仕向けたっていうのに、どうしてこうなった。


 いや、土御門さんの好意は素直に嬉しいんだけど、だからといって俺には、その……うう、胃が痛い……。


「アーモウ! ヨーヘイ! シキ! サッサと領域エリアに行くわヨ!」

「わ!? ちょ!?」

「ホ!?」


 プラーミャが俺と土御門さんの間に無理やり割って入り、眉根を寄せながらそう告げた。


「ホラホラ、ヨーヘイはカバンを取って来なさいナ」


 苦笑するサンドラに背中を押されながら席へと戻った俺は、ボックス型のリュックを背負うと、みんなで“ぱらいそ”領域エリアへと向かった。


 ◇


「ふう……これで今日のノルマは達成だな」

『はうううう……やっぱり疾走丸はすごく不味いのです……』


 今日十個目の疾走丸を飲んだ[シン]はこれ以上ないほど顔をしかめる。

 まあ……強くなるためだ。我慢しろ。


「クク……望月ヨーヘイ、今日はこの後、“バベル”領域エリアには行かないのか?」

「あー……」


 いつものようにアッチの攻略に行ってもいいけど、できれば今日はやめておきたいなあ……。

 この後、サクヤさんとの約束もあるし。


「クク……できれば我としては、この後は家でゆっくり初めてもらったバレンタインチョコの味を噛みしめたいのだが……」

「お、中条ももらったのか」

「ええ……意外にも、クラスの女子のほとんどの方が、中条さんにあげていましたね……」


 俺の問いかけに、カズラさんが答える。そういえば、二人は同じクラスだったっけ。

 だけど……まあ、話し方は独特だけど、何気に中条はイケメンだからなあ……。


「あと補足をしますと、中条さんはクラスのみなさんに分け隔てなく優しく接していますので、かなり好感度が高いですね」

「へえー……」


 いやホント、『攻略サイト』にあったような冷酷無比な性格はどこ行ったんだよ? むしろ仲間キャラよりもいい奴なんだけど。


「チクショウ……俺なんて……俺なんて……」


 そんな俺達の会話を聞いていた加隈は、半ベソをかきながらいじけてしまった。

 あー……コイツ、チョコもらえなかったんだな……。


「ま、そういうことなら今日はここまでにしよう」

「う、うむ! そうだな!」


 俺の言葉を受け、サクヤさんが、ぱあ、と満面の笑みを浮かべる。

 だけど……ほらあ、みんな勘づいちゃったじゃないですかー……脇が甘いにもほどがある……。


「……ヨーヘイ、せっかくですからこの後、ルフランに行きませんこト?」

「ヨーヘイさん、よろしければうちに夕食を食べに来ませんか?」


 早速俺とサクヤさんの邪魔をしようと、サンドラとカズラさんが絡んできたし。


「あ、あははー……悪い! 今日はもう帰る! [シン]、行くぞ!」

『はうはう!? 待ってくださいなのですううううう!』

「「あ!」」


 そう言うと、俺はみんなを……サクヤさんすらも置き去りにして、一目散に領域エリアを出た。


 ……といっても、サクヤさんとはあらかじめ待ち合わせ場所を決めてあるんだけど、ね。

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