第364話 バレンタインデー②

「ア! ヨーヘイ、おはようなのですワ!」


 サクヤさんと別れて教室に入ると、サンドラが笑顔で駆け寄ってきた。


「おう、おはよう」

「フフ……ところで、今日はバレンタインの日ですわよネ? 東方国でハ、女の子が男の子にチョコレートを差し上げるんだとカ」


 そう言って、何故か意味深に微笑むサンドラ。

 ええとー……これってつまり、期待していいんだよな?


「ですのデ、ワタクシも東方国の風習にならって“スィローク”を作ってまいりましたノ」

「そ、そっか……その、ありがとう……」


 いや、正直言ってメッチャ嬉しいんだけど。

 しかも、今のサンドラの口振りからすると、手作りチョコってことだよな?


「…………………………」

「…………………………」


 で、俺はその手作りチョコを期待しながら待ってるんだけど……アレ?


「え、ええとー……サンドラ……?」


 チョコをもらう側の俺から明確に催促することができず、ちょっと遠慮がちに声をかけてみる……んだけど。


「ソ、ソノー……作ったのは作ったんですのヨ? ええ、それはもう、最高のものヲ」


 そう言うと、サンドラはチラリ、と席に座っているプラーミャを見やる。

 だけど……サンドラの目つきが厳しくないか? どう考えても、妹に向けるようなものじゃないと思うんだけど……。


「プ、プラーミャがどうかしたの、か……?」

「……今朝、通学途中にプラーミャが“スィローク”の入った保冷バッグを落としてしまいましたノ……」


 そう告げた瞬間、サンドラが両手で勢いよく顔を覆った。

 そしてそれは、席に座るプラーミャも一緒に。


「だ、だけど、別に落としたくらいで大したことないんじゃないのか? 言ってもチョコなんだし……」

「ヨーヘイ……“スィローク”は、カッテージチーズをチョコレートでコーティングしたものなんですノ。なので、落とした時にその衝撃デ……」

「あー……」


 つまり、落として形が崩れちまったんだなー。


「で、ですのデ! もう一度作り直しをいたしますので、そノ……もう少し時間をくださいまシ!」


 そう言って、サンドラは悲壮な表情で詰め寄ってきた。


「え、ええと……もしよかったら、その落とした“スィローク”を見せてもらってもいいかな……」

「エ、エエ……プラーミャ」

「ッ!?」


 戸惑うサンドラが、今まで聞いたこともないような低い声で声をかけると、プラーミャは身体をビクッとさせた後、立ち上がって保冷バッグを持ってきた。

 だけど……いまだかつて、俺はプラーミャのこんな悲痛な表情を見たことがない。


「コ、コレですワ……」


 サンドラが保冷バッグの蓋をゆっくりと開くと、中には……あー、一つずつ綺麗に包装されたスティック状のチョコの形が、確かに折れ曲がったりしているなあ。


「へえー……」

「チョット!? ヨーヘイ!?」


 俺はその折れた“スィローク”を手に取り、包装を取る。


 そして。


「はむ…………………………美味っ! メッチャ美味っ!」

「「ッ!」」


 俺の反応を見た瞬間、二人はぱあ、とその表情を明るくさせた。


「いや、マジで美味いんだけど! 俺、こんな美味いスイーツ食べたの初めてかも!」

「ホ、ホントですノ!」

「ソソ、ソウ? べ、別にルーシじゃ珍しくないんだけド?」


 サンドラが嬉しそうに尋ね、プラーミャがツンを発揮しながらも口元をこれ以上ないほどに緩ませる。

 というかこれ……。


「ひょっとして、二人で作ったのか?」

「フフ……エエ、プラーミャも手伝ってくれたんですノ」

「た、たまたまネ!」


 サンドラがそう告げると、プラーミャは恥ずかしそうにプイ、と顔を背けた。


「はは……こんな美味いバレンタインチョコ、初めてだよ。ま、まあ、女の子からチョコをもらうこと自体、二人が初めてなんだけどな」

「ソ、ソウなんですのネ!」

「ヤ、ヤーに感謝しなさいヨ!」


 さっきまでの落ち込んだ様子はどこへ行ったのか、サンドラもプラーミャも、最高の笑顔を見せた。

 はは……こういうところ、姉妹揃って可愛いというか何というか……。


「それで……この“スィローク”は、このまま受け取っていいんだよな?」

「フフ! もちろんですワ!」

「保冷バッグは後で返しなさいヨ!」


 ということで、サンドラとプラーミャからチョコをもらったぞ! ……って、そういえば。


「え、ええとー……俺が全部もらってしまってるけど、これ、ひょっとして他の奴の分が入ってたりはしない、よな……?」


 念のため、二人にそう尋ねてみる。

 いや、俺としてはぜひとも全部持ち帰りたいんだけど……。


「フフ! それは全部ヨーヘイのですワ!」

「フン! というカ、ヨーヘイにしか作ってないシ!」

「ッ!? プラーミャ!?」


 プラーミャの失言にサンドラが慌てて口を塞ぐ。

 あ、あははー……まさか、俺だけ手作り“スィローク”をもらえるなんて……本当に嬉しいんだけど。


「二人共……本当に、ありがとう……」

「ア……フフ」

「……フン」


 俺は深々と頭を下げて礼を言うと、二人も嬉しそうに口元を緩めた。


 ――キーンコーン。


「あ、もうHRの時間か。二人共、これ……大事に食べるよ!」

「「エエ!」」


 俺は自分の席に着き、ボックス型のリュックに保冷バッグを入れて、と…………………………アレ? 机の中に何か入ってる?


 机の中に手を入れ、それを取り出してみると……まさかのチョコだった。

 だけど、一体誰が……って!?


 見ると、アオイの奴が嬉しそうにサムズアップしてやがる!?

 というか、このチョコお前のかよ!? 


 結局、HRの間中、俺はニコニコしたアオイにジッと見つめられていた……。


 ……とにかく、俺としてはこのチョコがただの“友チョコ”であることを祈るばかりだ。

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