第360話 招集命令
『……すまない』
みんなと楽しく過ごした元日の夜。
サクヤさんからの電話に出た途端、聞こえてきたのは謝罪の言葉だった。
「え、ええと……どうして謝っているんですか……?」
意味が分からず、俺はおずおずと尋ねる。
というか、サクヤさんが俺に謝るようなことなんて何一つないだけに、余計に不安に駆られてしまう。
『あう……じ、実は……』
サクヤさんから簡単に説明を受けると……。
「えええええええええええええええええ!?」
俺は自分の部屋で、思わず絶叫してしまった。
いや、だって、学園長……つまり、サクヤさんのお父さんである“藤堂マサシゲ”から、家に遊びに来るようにとのお誘いがあったんだぞ!? 驚くに決まってる!
「だだ、だけど、なんで急にそんなことに!?」
『そそ、その、私がいつも君と一緒にいることを知って、『普段、サクヤがお世話になっているのなら、挨拶をしないとな……この私が、直々に』だなんて言い出したのだ! わ、私もどうしたらいいのか……!?』
電話の向こう側で、オロオロしているサクヤさん。
いや、オロオロしたいのは俺なんですけど!?
「そ、それで、学園長はいつ来るようにっておっしゃってるんですか……?」
「そそ、それがその…………………………明日(ボソッ)」
あ、明日!? いきなり明日!? 急すぎるだろ!?
「どど、どうして明日なんですか!?」
『いい、今すぐにでも会わせろというくらいの勢いで、なんでもその……明日はそのために休みを取ったからとか何とか……!』
イ、イヤイヤ! 忙しい中無理して休みを取って、しかもわざわざ俺なんかに会う必要なくない!?
『そ、それで……お父様はこう言うのだ……『来なかったら、サクヤとは金輪際会わせない』、と』
「えええええええええええ!?」
な、何だよソレ!? 完全に横暴じゃねーか!?
『だだ、だから、ヨーヘイくんに……家に、来てほしいのだ……』
声が尻すぼみになりながらも、サクヤさんは懇願する。
いや、こんな理不尽な条件を出された以上、選択肢は一つしかない。
「……分かりました。明日、サクヤさんの家にお伺いします」
『っ! す、すまない……』
「いえ……サクヤさんは何も悪くないですよ……」
そう……悪いのは、サクヤさんのお父さん……“藤堂マサシゲ”なのだから。
だから。
「……絶対に返り討ちにしてやる(ボソッ)」
『ヨーヘイくん!?』
「じゃ、じゃあ明日!」
驚きの声を上げたサクヤさんを尻目に、俺は通話終了のボタンをタップした。
◇
「さあ……いよいよだ……!」
次の日、約束の時間である朝十一時よりも少し前。
俺はサクヤさんの家の前で仁王立ちしながら決意を固める。
『はうう……こんな真剣な表情のマスター、見たことがないのです……』
隣に立つ[シン]が、俺の顔を覗き込んで
だけど、それも当然だ。だって、俺はサクヤさんのお父さんのご機嫌取りに来たわけじゃない。
ただ……戦いを挑むために来たのだから。
『は、はう……今日は大人しくしてるのです。絶対に、姿を見せないのですうううう……』
[シン]は顔を引きつらせ、戻って行ってしまった。
まあ、いても絶対に楽しくないからな。
「よっし!」
俺は気合いを入れるため、両頬をパシン、と叩くと。
「さあ……行くぞ!」
意を決し、インターホンを押した。
すると。
『望月様、お待ちしておりました。今お迎えにあがります』
カナエさんが応対してくれ、しばらくすると玄関まで俺を迎えに来てくれた。
「旦那様とお嬢様がお待ちしております。どうぞこちらへ」
「は、はい……!」
カナエさんに案内され、俺は応接室へとやって来た。
「旦那様、望月様がいらっしゃいました」
「うむ……」
学園長……お父さんが、普段よりも低い声で返事をすると、俺は中へと通された。
「お、お邪魔します」
「望月くん……よく来てくれた。まあ、座りたまえ」
「は、はい、失礼します……」
出迎えてくれたお父さんに促され、俺はソファーに座る。
「ヨ、ヨーヘイくん、ようこそ……」
既にソファーに座っていたサクヤさんもいつものような余裕は一切なく、緊張した面持ちで挨拶をした。
そして……俺と二人を隔てるローテーブルの上に乗っている、このおせち料理は一体……。
「……これは、カナエさんが作ってくれたものでな。我が家では、いつも彼女のおせち料理で正月を迎えるのだ」
「そ、そうですか……」
で、お父さんはそれを俺に聞かせてどうしろと?
「望月様、どうぞ」
カナエさんが俺の傍に来て、テーブルに紅茶を置いてくれた。
「さて……望月くん、まずはサクヤがお世話になっているみたいで、礼を言わせてほしい」
「あ、い、いえ! 俺も、サクヤさんにはお世話になってますから!」
いきなり頭を下げ始めたお父さんに、焦った俺は手をわたわたさせる。
「……君はいつも、サクヤのことを下の名前で呼んでいるのかな……?」
「っ!?」
その言葉で、場が一瞬で凍りつく。
や、やっぱり
「はは、はい……おかげさまで、サクヤさんとは下の名前で呼び合うほど、親しくさせていただいております」
「むう!? そ、そうか……」
お父さんは思い切り眉根を寄せるが、それ以上は言及せずに湯飲みを持ってお茶を口に含んだ。
「お、おっとそうだった。望月くん、まあ食べたまえ」
「へ……? あ、ああ……い、いただきます……」
気持ちを落ち着かせたいためなのか、それとも話題を変えたかったのか、とにかくお父さんがおせち料理を勧めてきたので、俺は箸を手にした。
というか、食べなかったら食べなかったで、いちゃもんをつけられそうだし。
「カナエさん、私にもビールをもらえるか?」
「かしこまりました」
どうやらお父さんは、アルコールの力を借りる決断をしたようだ。
うん……イヤな予感しかしない。
「ふう……さあ、始めようか」
そう言うと、お父さんの瞳がギラリ、と輝いた。
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