第359話 お正月 後編

『むふふー、お母様もマスターも、やっぱり[シン]には優しいのです!』


 鏡餅の形をしたアイスを頬張り、ご満悦の[シン]。

 まあ、国民的アイスなアレを段重ねし、その上にミカンをのせただけのシンプルなものなんだけど、騙されてくれて何よりだ。


 一方で。


「むうううううううううう! ら、来年のお正月こそは、この私も……!」

「ソ、ソウですワ! その時には、ルーシの新年の料理を振る舞いますのヨ……!」


 カズラさんが持って来てくれたおせち料理に舌鼓を打ちながら、サクヤさんとサンドラが悔しそうに歯噛みする。


「ふふ……ヨーヘイさんも、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 そのおせちをカズラさんが小皿に取り分け、俺に手渡してくれた。いや、マジで美味そうだなあ……。


「だけど、加隈くんや土御門さん、それに悠木さんも、来れたらよかったんだけどねー」


 黒豆を口に含みながら、アオイがそんなことを言った。

 確かにアオイの言う通り、三人が来れなかったのは残念だけど、それもしょうがない。


 土御門さんは『土御門家』の新年会合で、家の継承者としての襲名披露があるし、加隈の家は母子家庭だから、人一倍母親想いのアイツとしては、正月抜けるなんてことは難しいだろうし。

 悠木だって、久しぶりにコッチに戻ってきたんだ。ご両親からすれば、正月くらいは一緒に過ごしたいだろうからな。


「マ、別にヤー達が気にするような話じゃないんだけド」


 いや、お前はルーシに帰らなくてよかったのかよ。何気に、お前とサンドラが一番実家から離れてるんだけど。


「クク……だが、おせち料理とは美味いものだな。また食べたいものだ……」


 中条……正月早々、俺達をしんみりさせるようなこと言うなよ……。

 ホラ、みんな押し黙っちまったじゃねーかよ。


「と、とにかく! 早く食っちまって、初詣に行こうぜ!」

「う、うむ! そうだな!」


 といっても、さすがに七人もいるから食べ終わるのもあっという間だったな。


 で、俺達は後片づけを済ませ、駅前近くにある“益田神社“へと向かった。

 なお、中条が母さんからおせち料理を詰めたタッパーを手渡され、涙ぐんでいたのは内緒だ。


 ◇


『はう! はう! 人がたくさんいるのです!』

「うおお……やっぱり正月だけあって、人が多いなあ……」


 神社に向かう参道沿いには多くの露店が立ち並び、その中を長蛇の列が続いている。


「こ、これ、お参りするまでに結構かかりそうだね……」

「サ、サスガに一時間はかからないとは思うけド……」


 あまりの列の長さに、アオイとプラーミャが呆けた表情を浮かべた。


「とにかク! 並ばないことにはお参りもできませんわヨ! 早ク早ク!」

「ちょ!?」


 サンドラにグイ、と腕を引っ張られながら俺は列に並ぶと、みんなもそれに続く。

 一応、ほんの少しずつとはいえ、列も前に進んではいるけど、こう動かずにいると、寒いなあ……って。


「わ、悪い、チョット列離れる」

「ア! ヨーヘイ!?」


 俺は露店の中に甘酒のお店を見つけたので、七人分買ってまた列に戻った。


「みんな、これを飲んで温まろう」

「うむ……ふー……ふー……」


 サクヤさんは甘酒の入ったコップを受け取り、息を吹きかけて冷ます。

 というか、そんな仕草一つとっても可愛いと思ってしまうのは、仕方ないよな。


「ふう……やっぱり、甘酒は温まりますね」


 雪のような白さの肌を桜色に染め、カズラさんが、ほう、と息を吐いた。

 なんだろう……すごく色っぽく見える……。


『はうう……プールや学園祭の時はあったのに、ここにはかき氷のお店がないのです……』


 そう言って、あからさまに落ち込んだ様子を見せる[シン]。

 というか、こんなクソ寒い時にかき氷なんか売っても、客は[シン]ぐらいしか期待できないだろ。


 そうして、俺達は雑談したり追加で甘酒を買いに行っては飲んだりしながら、列に並ぶこと一時間半。


「や、やっとお参りできますわネ……」

「ホ、ホントネ……」


 次で俺達の番となり、疲れた顔のサンドラとプラーミャがホッと息を吐いた。


「ふふ……確かに、少々長かったですね」

「うむ……何度か甘酒を飲んだとはいえ、身体が冷えてしまったな」


 そんな会話をするサクヤさんとカズラさんだけど、寒いなんて様子は微塵も感じられないんですけど。むしろお二人が普段通り過ぎて、困惑してます。


「あーあ……ヨーヘイくんがくっつかせてくれたら、ボクも寒くなかったんだけどなー……」


 アオイは口を尖らせながら抗議するが、なんで俺が男にくっつかれないといけないんだよ。それだったら、最初からサクヤさんに頼むっつーの。


「クク……どうやら我等の番だな」


 お、本当だ。

 俺達は七人一斉に賽銭箱の前に並ぶ……んだけど。


「むむ! 鈴を鳴らすのはこの私に……!」

「エー! ワタクシも鳴らしたいですワ!」

ヤーモ!」

「ここは公平に、私が鳴らすということで……」

「やだよ! ボクが鳴らすんだ!」


 とまあ、五人が誰が鈴を鳴らすかで言い争ってる……。


「……で、中条はいいのか?」

「クク……別に、誰が鳴らしたところでご利益の結果が変わるものではないからな」


 ま、ごもっとも。


「フフ! ヤーの勝ちヨ!」

「「「「ぐぬぬぬ……!」」」」


 お、どうやら誰が鳴らすか決まったみたいだな。


 ということで、今度こそ……。


 ――がらん、がらん。


 俺達は賽銭箱にお金を投げ込み、柏手を打って少し長めにお祈りをした後、俺達はその場を離れる。


「ふふ……ヨーヘイくんは何をお願いしたんだ?」

「あははー……内緒です」

「む……そう言われると気になるな……」


 サクヤさんは願い事の内容を聞き出そうと、しきりの俺の顔を覗き込むけど……イヤイヤ、ご利益がなくなったら嫌なので、秘密ですよ?


 それに……俺の願いなんて、これしかないですから。


 ――来年も、再来年も、それから先もずっと、サクヤさんと一緒にいられますように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る