第358話 お正月 前編

「ヨーヘイ、そんなにウロウロしてもしょうがないでしょう?」


 正月の昼前、俺は腕組みをしながらリビングでウロウロしていたところを、母さんにたしなめられる。

 とはいえ、そう言われても落ち着かないものはしょうがない……って。


「あれ? そういえば父さんは?」

「お父さん? お父さんなら出かけてるわよ? ホラ、サクヤちゃん達が来たら邪魔になるし」

「そ、そう……」


 おうふ……父さん、正月早々扱いがヒドイ。

 ま、まあ、何も言わないでおこう……。


 すると。


 ――ピンポーン。


「来た!」


 俺は慌ててインターホンのディスプレイを見ると……サンドラだ!


「ちょ、ちょっと待って!」


 急いで玄関に向かい、扉を開ける。


「あ、明けましておめでとうですワ!」

「フ、フン! ソノ……あ、明けましておめでとウ……」

「明けましておめでとうございます」


 なんと、サンドラとプラーミャのほかに、サクヤさんとカズラさんもいた。

 そして、サクヤさんは昨日の夜に新年の挨拶をしたモンだから、何も言わずにただ勝ち誇った顔をしていた。


「みんな、明けましておめでとうございます! ホラホラ、中に入って!」


 俺は四人を家の中へ招き入れ、リビングに通す。


「「「「お母様、明けましておめでとうございます!」」」」

「あらあら、明けましておめでとう」


 で、四人は母さんとも新年の挨拶を交わした。


「さあさ、みんな座って」

「う、うむ」

「あ、ヨーヘイさん。こちら、うちのおせち料理です」

「あ、ありがとうございます!」


 カズラさんからおせち料理を受け取り、うちのおせち料理の隣に並べる。

 だけど……みんな、なかなか座らないなあ。


 そんな中。


『はう! [シン]はマスターの隣に陣取るのです!』

「「「「っ!?」」」」


 そんな[シン]の何気ない言葉に、四人が一斉に反応した。


「う、うむ……なら私は、[シン]とは反対隣に……」

「藤堂さん、何を言ってるんですか? ヨーヘイさんのお世話をしないといけないので、私が隣に座りますが」

「チョ、チョットお待ちになっテ!? そんなのズルイですワ!」


 いや、カズラさん、俺の世話ってなんですか? それにサンドラも、ズルイってなんだよ。


「ハア……だったラ、くじでもして決めればいいじゃなイ」


 呆れた表情のプラーミャが、三人にそう言い放つ。

 だけど。


「むううううううう! くじなんてものは言語道断だ!」

「そうですワ!」


 おおっと、サクヤさんとサンドラさんが真っ先に反対したぞ?


「ヘエ……サンドラ、ひょっとして負けるのが怖いノ?」

「ッ!?」


 プラーミャがニヤリ、と口の端を持ち上げて煽ると、サンドラは眉根を寄せた。


「何と言われてモ、こればかりは譲れませんワ! そもそもプラーミャは別にヨーヘイの隣じゃなくてもいいんでしょウ? だったラ、大人しく端っこに座りなさいナ!」

「ッ!? ヤ、ヤーの座る場所は、ヤーが決めるノ! いくらサンドラだって、指図されたくないワ!」


 いや二人共、姉妹ゲンカは自分の家でしてくれよ……。


『……マスター、どうするのです?』


 心配そうに[シン]が尋ねるが、どうしたらいいかなんて俺にも分からねーよ……。


 その時。


 ――ピンポーン。


「お、お客さんだ」


 俺はインターホンを確認しにいくと……あ、アオイと中条だ。


「悪い、チョット二人を迎えに行ってくる。その間にみんなは適当に座っといてよ」

「「「「あ!」」」」


 ここぞとばかりに、俺は逃げるように席を離れて玄関に向かう。


「ヨーヘイくん、明けましておめでとう!」

「クク……めでたいな! 望月ヨーヘイ!」

「おう。二人共、明けましておめでとう」


 ということで、少し遅れてやって来た二人も家に入れ、リビングに戻ると。


「「「「…………………………」」」」


 四人は相変わらず立ったまま、お互い牽制けんせいし合っていた。いや、何してんの?


「ヨーヘイくん! 一緒に座ろ!」

「わ!? チョ!?」


 俺はアオイに強引に腕を引っ張られ、そのまま席に着く。すると、当然[シン]は俺の隣に座るわけで……。


「ふふ……立花くん、いい度胸だ……」

「……すぐに奪い返してみせますワ……」

「なかなか命知らずですね」

「フン! 覚えてなさいヨ!」


 ヒイイ!? 四人共、目が座ってる!?

 俺が四人にたじろいでいる中、アオイの奴はといえば、さらに四人を煽るかのようにベー、と舌を出してるし!?


『プークスクス、新年早々から修羅場なのです!』


 チクショウ! [シン]の奴、楽しそうにしやがって!


「あらあら……ところで、誰かお皿とお箸を運ぶのを手伝ってくれないかしら?」

「「「「!」」」」


 一触即発の中、母さんの何気ない一言に、四人が一斉に反応する。


「お、お母様! でしたら私……「イイエ! ワタクシがお手伝いしますワ! ……ッテ!?」」

「こちらでよろしいですか?」

「あらあら、ありがとう。お願いね」


 サクヤさんとサンドラが争っている間に、カズラさんが母さんからお皿とお箸を受け取って運んできてくれた。

 こういうところ、普段からしているから気が利くんだろうなあ。


「お母様、コップも持って行ってよろしいですカ?」

「あらあ、気が利くのね」


 そして、意外にもプラーミャが自分から率先して動いているという……いや、できるんならいつもしろよ。というか、引っ越しの時のアレは何だったんだよ。


「むう……まあいい。とにかく、せっかくのお正月だから楽しもう。ということでヨーヘイくん、一言頼む」

「うえ!? お、俺!?」


 サクヤさんに突然振られ、思わず自分を指差した。


「ふふ、当然だとも。今日こうやって私達が集まることができたのは、君のおかげなんだから」

「フフ……そういえばそうですわネ。元々、お正月を一緒に過ごすことにしたのモ、ヨーヘイのお節介から始まったんですもノ」


 うぐう……確かに俺が言い出しっぺだけれども……だからってこういうの、慣れてないんだけどなあ。

 そもそも、俺はそういう器じゃないし。


「あはは、というかヨーヘイくんじゃなかったら、ボク達はこうして一緒にいたりしなかったからね」

「ええ、そうですね。ヨーヘイさんだから、私達はここにいるんです」


 アオイにカズラさんまで!?


「クク……諦めろ。そもそも、我を導いたのは貴様なのだ。ならば、最後までその義務を果たせ」

「ええー……」


 いや、たかだか正月に誘った程度で義務とか言い出したよコイツ……。


「モウ! いいからサッサとしなさイ! ヤーはお腹が空いてるの!」

「理不尽だ!」


 プラーミャに凄まれ、俺は思わずたじろぐ。

 チクショウ、相変わらず俺だけには・・・・・つらく当たりやがって……。


「うう、分かったよ……と、とにかく、今日はみんな来てくれてありがとう。去年はみんなに助けられて、俺はここまで頑張ってこれました」


 俺は渋々といった様子で話し始めるが、意外にもみんなは俺の話を真剣に聞いてくれていた。


「そ、それで、今年もみんなには迷惑をかけると思うし、時には、つらいこともあると思う」


 そう……俺は、サクヤさんを救うには、みんなに一緒に戦ってもらわないといけないんだ。当然、傷ついたりもするだろう。


 だから。


「俺にできることなんてたかが知れてる。だから、これからもみんなの力を、俺に貸してください」


 そう言うと、俺は頭を深々と下げた。


「ふふ……何を言う。今まで君が、私達にどれほど尽くしてきたと想っているのだ……」

「そうですワ! 今度は……ワタクシ達がアナタに返す番ですノ!」

「フン! ……マア、しょうがないわネ」

「ヨーヘイさん……私はいつでもあなたの傍に」

「あはは! 当然だよ! だって……ボク達は、本当の友達・・・・・だもん!」

「クク……我は貴様について行くと決めた。なら、最後までついて行くまでだ」


 みんなの言葉を受け、俺の頬に涙が伝う。


「は……はは……! グス、じゃあ、みんな……これからも、よろしくお願いしましゅ!?」


 チクショウ!? こんな場面で舌噛んだ!?


「プ」

「ププ」

「「「「「「あはははははははははははは!」」」」」」


 はは……挨拶して舌噛んだのは、入学したあの日と同じなんだけど、その反応は全然違うや……。


『はう……マスタア、[シン]は……[シン]は、嬉しいのです……!』

「ああ……そう、だな……」


 クソザコモブとゴブリンだったあの日から、俺達は今を手に入れたんだ。


 俺と[シン]は、大切な人達の笑い声に包まれながら、ただ、喜びを噛みしめていた。

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