第336話 氷の微笑の援軍

 一人の精霊ガイスト使いと一体の幽鬼レブナントの叫びが“バベル”領域エリアにこだまし、幽子の渦に包まれた。


「っ!? ヨ、ヨーヘイくん……これは……っ!?」

「ま、まさか……!?」


 俺達は、幽子の渦を凝視する。

 ここにいる全員が、一度は見覚えがあるこの現象。


 これは……闇堕ち……!?


 俺達が見守る中、幽子の渦が徐々に薄れ、現れたのは。


『アハア♪』


 その目を漆黒に変え、舌を大きく出した賀茂と。


『ケタケタケタケタ♪』


 カクカクとした動きを見せる[禍津日神まがつひのかみ]……ではなく、それよりももっと醜悪な、巫女姿のひび割れたミイラだった。


 そして。


「っ!? ……ここで、コイツ・・・まで登場すんのかよ……!」


 追加で現れた一体の巨大な幽鬼レブナントを凝視し、俺は歯噛みする。


 コイツは、九つの柱の一柱……“アースガルズの守護者”である“フレスヴェルグ”。

 金色こんじきの羽をその身にまとう、巨大なわしの姿をした幽鬼レブナントは、九つの柱で最強。しかも、その討伐に当たっての推奨レベルは七十三。


 俺達のレベルを考えれば、それほどの強さではないのかもしれないが、さらに醜悪に変化した[禍津日神まがつひのかみ]とも戦わないといけないんだ。ここで戦力を分散しないといけないのはキツイ。


 さて……どうやって……っ!?


『ハハハハハ! ソウカ……ソウカ! コレコソガ、[禍津日神まがつひのかみ]ノ真ノ姿ダッタノカ!』


 変わり果てた[禍津日神まがつひのかみ]を眺めながら、闇堕ちした賀茂が高らかにわらう。

 というか、それよりも聞き捨てならない言葉を吐いたぞ!?


「オ、オイ!? それはどういう意味だ!?」

「ハハハハ……アン? 何ダ、コノクソザコモブ、マダイタノカ」


 まるで道端の石ころでも見るかのような視線で、賀茂が俺を見やる。

 だけど……はは、この賀茂から感じるプレッシャーはなんだよ……っ!


『ハハ、クソザコモブニモ分カルヨウニ教エテヤル。[禍津日神まがつひのかみ]ハ、本来ノ姿デアル幽鬼レブナントノ神ニクラスチェンジ・・・・・・・シタンダヨ! コノ、[伊邪那美命いざあみのみこと]ニナアッッッ!』

「いざなみの……みこと……?」


 理解が追いつかず、俺は賀茂が放った言葉を反芻はんすうする。

 どういうことだよ……『闇堕ちエンド』を引き起こしたのは、[禍津日神まがつひのかみ]じゃないのかよ……。


「ヨーヘイ! ボーッとしてるんじゃないわヨ!」

「うお!?」


 グイ、と無理やり身体を引っ張られ、俺は思わずよろけると。


 ――ヒュ。


 俺がついさっきまでいた場所で、空を切る音がした……って!?


 それを見た瞬間、俺は戦慄を覚える。

 だって……床が、あり得ないほどの滑らかさでえぐられていたのだから。


『ッ! 来ますわヨ! 【ガーディアン】!』


 俺は転がるようにサンドラの[ペルーン]が展開する盾の陰に隠れる。


 ――ギインッッッ!


 重厚な盾に激しくぶつかる……いや、この音は一体、なんて表現したらいいんだ!?

 とにかく、今まで聞いたことがにないような、そんな音が俺の耳に残っていた。


「クッ!? こちらも面倒なッッ!」


 サンドラの盾の裏側へ回り込むようにフレスヴェルグが旋回し、その巨大な爪を振りかざして襲い掛かる


「ホ! 【八咫烏やたがらす】!」


 土御門さんの[吉備真備きびのまきび]が紙片を【式神使】に変え、フレスヴェルグに対抗した。


「ヨーヘイくん……どうする……?」


 俺にそっと身体を寄せ、サクヤさんが尋ねる。

 確かにこんなジリ貧の状態じゃ、手も足も出ないままやられちまう……。


 せめて……せめて、さっきのようにこの六人で[伊邪那美命いざなみのみこと]と戦える状況が作り出せたなら……!


「ふむ……ならば、まずはあの“柱”から何とかするしかあるまい……」


 そう言うと、サクヤさんは右手薬指から“エリネドの指輪”をはずすと、ス、と一歩前に出た。


「サ、サクヤさん!?」

「ヨーヘイくん……あの“柱”はこの私と[関聖帝君]が引き受けた! 君達五人は、賀茂カズマと醜悪な幽鬼レブナントを!」


 そう叫んだ後、サクヤさんと[関聖帝君]が盾の陰から飛び出し、フレスヴェルグへと突撃していった。


「っ! みんな! 俺達はあの幽鬼レブナントを倒すぞ!」

「クク! 任せろ! 【ツァーンラート】!」


 中条の[デウス・エクス・マキナ]が、無数の歯車を展開して[伊邪那美命いざなみのみこと]へと攻撃を仕掛ける。


 だけど。


 ――ヒュ、ヒュ、ヒュ。


「っ!? な、なんだと!?」


 さっき俺が聞いた風切り音が鳴ったかと思うと、あれだけあった金属の歯車が、一瞬にしてき消えてしまった。


『ハハハハハ! コウナッタ[伊邪那美命いざなみのみこと]ニ、オマエ等ノ攻撃ナンザ通用スルワケネエダロ! 大人シク死ンドケ!』

「させませんワ! 【ガーディアン】!」


 ――ギインッッッ! ギインッッッ! ギインッッッ!


 クソッ! これじゃ防戦一方だ!

 なんとか……なんとか、こちらも攻撃に……っ!?


『ハハ……ソウイヤ、クソザコモブノ大切ナモノ・・・・・ハ、アレ・・ッテコトデイインダヨナア?」


 そう言うと、賀茂はニタア、と口の端を吊り上げ、フレスヴェルグと対峙しているサクヤさんを見た。


 ま、まさか!?


「やめろおおおおおおおおおおッッッ!」

『ハハハハハ! オマエノ目ノ前デ、藤堂サクヤ・・・・・ヲ消シ飛バシテヤルヨ! [伊邪那美命いざなみのみこと]!』

『カタカタカタカタ!』


 俺の必死の叫びもむなしく、もはや会話することすらできなくなった[伊邪那美命いざなみのみこと]が、その細くしわがれ、ひび割れた腕を……「ファイア」……っ!?


 ――タン、タン、タン、タン。


『ッ!?』


 規則的な乾いた音が等間隔で響き渡り、[伊邪那美命いざなみのみこと]の振り上げようとした腕がマリオネットのように不自然に跳ねた。


 そして……その聞き慣れた声は……!


「カズラさん!」

「ふふ……遅くなりました」


 そう言うと、カズラさんはニコリ、と微笑んだ。

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