第337話 絆

「カズラさん!」

「ふふ……遅くなりました」


 そう言うと、カズラさんはニコリ、と微笑んだ。


『チイッ! テメエエエエエ! ヨクモ裏切ッテクレタナッッッ!』

「面白いことを言いますね。私は一度だってあなたの仲間になどなった覚えはありませんが?」


 忌々し気に睨みながら賀茂が吠えるが、カズラさんは全く意に介さず、無表情のままクイ、と眼鏡を持ち上げた。


「ヨーヘイくん!」

「ヨーヘイ!」


 カズラさんの後ろから、アオイと加隈もその姿をのぞかせて俺の名を呼ぶ。


「はは! アオイ! 加隈!」

「もうボクが来たから大丈夫! あんなクズ、サッサとやっつけちゃおうよ!」

「俺も! もうアイツの操り人形にはならねえぜ! 今までの借り、まとめて叩き返してやるッッッ!」


 駆け寄る二人とハイタッチを交わすと、俺達は賀茂を睨みつけた。


 そして。


「望月さん、皆さんの大切なもの・・・・・は無事回収してあります。もう、遠慮はいりません。思う存分、あの男に苦痛を味合わせてやりましょう」


 そう言うと、カズラさんはニタア、と口の端を持ち上げた。


 だけど……だけど……っ!


「え……!?」

「本当に……無茶をして……っ!」


 俺は感極まって、カズラさんを抱きしめた。

 だって、カズラさんが羽織っている男子の……多分、アオイの制服の隙間から、ズタズタになったカズラさんの制服やブラウスが見えたから。


 つまり……カズラさんは、[禍津日神まがつひのかみ]が向こうの空間に上半身をのぞかせていた時に、大怪我を負っていたってことの証拠だから……!


「ふふ……これで充分……いえ、それ以上に、私は報われました……」


 カズラさんが胸の中から俺の顔を覗き込むと、頬を緩めた。


「モウ! そんなことしてる場合じゃないでショ!」

「うおお!?」


 プラーミャに襟首をつかまれ、カズラさんから無理やり引っぺがされてしまった。


「ウウ……こ、今回は仕方ないですワ……さすがニ、ここまで身体を張られてしまいますト……!」

「ホ……ホホ……つ、次こそはわらわも……!」


 すぐ傍では、拳を握りしめながら、わなわなと震えているサンドラと土御門さんが。


 そして。


「むうううううううううううううう!」


 フレスヴェルグの両脚の爪を弾き消しながら、プクー、と頬を膨らませたサクヤさんが、思いっ切りコッチを睨みつけてる!?


『プークスクス! マスターが空気も読まずに修羅場っているのです! ワルイ男なのです!』


 チクショウ! [シン]の奴、腹を抱えて転げ回ってやがる!


 すると。


「キサマアアアアアアアアアア! クソザコモブノクセニ、コノオレヲ無視シテンジャネエエエエエエエ!」


 俺を射殺すような視線で睨みつけながら、賀茂が絶叫してやがる。


 だけど。


「……ははっ!」


 気づけば、俺は笑っていた。


 今、俺の周りにはアレイスター学園に入って積み上げてきた大切なもの・・・・・……大切な女性ひとが、親友が、そして最高の相棒・・・・・がいる。


 それが、どれだけ俺の心を満たしてくれるか。

 それが、どれだけ俺に幸せを与えてくれるか。


「……アイツには、分からないんだろうなあ」


 ポツリ、と呟いてから、俺はもう一度、賀茂を見やる。


 アイツは、大切なもの・・・・・を『攻略サイト』を利用して楽に手に入れようとした。

 だから、ヒロイン達を手に入れても大切なもの・・・・・にはなり得ず、アイツの中でただのオモチャに成り下がっちまったんだろうなあ……。


「クソッ! クソッ! ソンナ目デオレを見ルナッッッ! オレノホウガ、クソザコモブノオマエナンカヨリモ、圧倒的ニ上ナンダヨ! オレハ……オレハ、成リ上ガッタンダ! ソコニイル主人公・・・ナンカヨリモナアアアアアッッッ!」


 顔を歪めながら必死で叫ぶ賀茂。

 俺には、その姿が憐れに思えてならなかった。


 だって……アイツは、ひょっとしたら俺だったかもしれないから。


「ふふ……それはない」

「ナニッ!?」


 フレスヴェルグを押し返しながら、サクヤさんが静かに告げる。


「私は、ヨーヘイくんが入学したその次の日からこれまで、ずっと傍で見てきたから知っている。彼はいつだって一生懸命で、歯を食いしばって、一歩一歩しっかりとその足で踏みしめて、そうやってを手に入れたんだ」

「そうですワ! ヨーヘイは、いつだって誰よりも頑張っていましたワ! それモ、いつもいつも、周りにいる誰かのためニ!」


 サクヤさんの言葉を引き継ぐように、サンドラが胸元でキュ、と拳を握りながら叫ぶ。


「そうネ……ホント、ヨーヘイはお節介・・・ばかリして、人の背中ばかり押しテ……それこそ見境なく、ネ」


 そう言うと、プラーミャが鼻を鳴らした。


「そうだよ! ヨーヘイくんは、いつも身体を張って、間違っていたら止めてくれる! それが、たとえ大切な友達・・・・・だったとしても!」

「そうだぜ! コイツは、腐ってちまって沈み込んでるような、そんなどうしようもない奴だって、わざわざ手を突っ込んで引き上げやがるんだ! そんな奴なんだよ!」


 アオイ……加隈……。


「そうですね。望月さん……いえ、ヨーヘイさんは、嫉妬と悔しさで打ちひしがれている人がいたら、たとえ誤解を生んで嫌われようとも、荒療治・・・で救ってしてしまう人ですから……」


 カズラさんはクスリ、と笑い、そっと胸に手を当てた。


「ホ……まあ、そんなお節介ばかりしておるくせに、手柄ばかり人に譲っておるしの」


 そう言って、土御門さんがニヤニヤと笑う。

 あ……ひょっとして『揚羽蝶紋入り扇』の件、バレてる?


「クク……我のライバルは、大切な誰かのために身体を張る男だ。それこそ文字通りにな・・・・・・。そればかりか、大切な女性ひとのためにと、敵であった我に頭まで下げる始末だ」


 中条は俺とサクヤさんを交互に見やり、くつくつと笑う。

 い、いや、バラすなよ!? ……って、ほらあ! サクヤさんがコッチ見てるじゃねーかよ!


「ふふ……つくづく……つくづく、君は……っ!」

「あ、あははー……」


 顔をくしゃくしゃにしたサクヤさんに見つめられ、俺は思わず苦笑する。


「……賀茂カズマ、これで分かっただろう。ヨーヘイくんは、貴様とは違う。ヨーヘイくんは、そのひたむきさで、優しさで、私達とのを手に入れたのだ。だから……」


 グイ、と制服の袖で顔を拭い、サクヤさんが俺を見やる。


 はは……ええ、分かってますよ。


 俺は賀茂を見据え、すう、と大きく息を吸うと。


「賀茂……俺はオマエを倒す。この、大切な人達とので。だから……かかって来やがれッッッ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る