第329話 それぞれの戦い③

■藤堂サクヤ視点


「……どうした、来ないのか……?」


 ヨーヘイくんと中条を賀茂カズマの元へと送り出した後、私は氷室くんと対峙している。

 だが……先程、彼女はヨーヘイくんと何かを話していた、な……って、そうではないだろう!


 私は気持ちを切り替えるために、ブンブン、と首を左右に振る。


「ふふ……せっかくですので、このまま藤堂さんと戦いたいのはやまやまなのですが、あと少しだけ待ってくれますか・・・・・・・・?」

「? どういうことだ?」


 氷室くんの言っている意味が分からず、私は思わず尋ね返した。

 待つ? 一体何を待つというのだ?


 そうしている間にも。


「あはははは! 行け! 【窮奇きゅうき】!」

「チクショオオオオオオオ!」


 立花くんの精霊ガイスト、[女媧じょか]の放った【窮奇きゅうき】が、加隈くんの精霊ガイストである[ロキ]の身体を引き裂いた。


 ……どうやら、立花くんと加隈くんの戦いは、決着を迎えたようだ。


「立花さんも加隈さんも、勝手に戦うのは自由ですが、もう少し静かにしてください」

「「っ!?」


 だが、そんな二人の戦いが耳障りだったのか、氷室くんはそう冷たく言い放ち、立花くんと、倒れている加隈くんまでもが思わず息を飲んだ。

 そんな氷室くんの声は、直接言われたわけではない私でさえも、うすら寒いものを感じるほどだった。


 この階層に、沈黙が続く。


 すると。


「っ! 接触した!」


 突然、氷室くんが反応を示した。

 彼女は一体、何をしていたのだろうか……。


「ふう……これでもう、戦うフリをする・・・・・・・必要もなくなりましたね」

「! そ、それはどういうことだ!?」


 言っている意味が分からず、私は氷室くんに詰め寄る。


「そうですね……では、説明しますね」


 それから、氷室くんがこれまでの経緯等を含め、全てを話してくれた。


 まず、私達が伊藤アスカと面会をした日、あの賀茂カズマから接触があったとのこと。

 その時、氷室くんが大切にしている、学園の『屋上の鍵』を奪ったと告げられたらしい。


 実際に確認してみると、確かにその鍵を奪われていた。

 肌身離さず、持ち歩いていたはずなのに。


 そして、『屋上の鍵』を返してほしければ、ヨーヘイくんを裏切って自分の駒になれ、と言ったそうだ。


 だが驚くべきは、氷室くんもヨーヘイくんも、こうなることはあらかじめ予測していたと言う。


 伊藤アスカの面会に氷室くんが同行しなかったのも、賀茂カズマが接触してくるのを待っていたからというのだから、この戦いが終わったら二人を説教せねばなるまい。


「……そして、いやいや従うていで賀茂カズマの陣営に潜り込んだ私は、望月さんとの打ち合わせ通り、無理やり従わされている加隈さんや彼女達の大切なものがどこにあるのか、同じく従うフリをしていた土御門さんと一緒に探っていたんです」

「そ、そうか……」


 い、いや、そんな危険な真似を、ヨーヘイくんはどうしてこの私に話してくれないのだ……。


 先日のサンドラとプラーミャの部屋が襲われた件もそうだ。

 あの時も、私に何も言わずに一人だけで二人を守りに行って、まるで私を除け者にするかのように……。


「ふふ……このことについては、望月さんはかなり難色を示されたんですが、私が無理やり押し切ってこうしたんです」

「…………………………」

「なので、望月さんは叱らないであげてくださいね?」


 氷室くんはそう言うが、多分、私はヨーヘイくんを叱るだろう。

 ……いや、違う。私は、叱るんじゃなくて怒ると思う。


 ヨーヘイくんが教えてくれなかったことが、悔しくて。

 ヨーヘイくんに、『必要ない』と思われているんじゃないかと、不安で仕方がなくて。


「とにかく、望月さんは賀茂カズマと接触しました。これであの男が、私達の行動を監視することはできないでしょう。だから……加隈さんも、賀茂カズマの指示をバカみたいに受け入れる必要はないですよ」

「! そ、そっか……」


 氷室くんの言葉を受けた加隈くんは、ごろん、と仰向けになった。


「ハア……もう、こんなことしちゃダメだよ!」

「イテテ……お、おう……悪い……」


 頬を膨らませた立花くんに叱られ、加隈くんがシュン、とする。

 だが、彼の口元は緩んでいた。


「それで……これから、どうするのだ?」

「はい……賀茂カズマは、みんなの大切なもの・・・・・を、普通は絶対に分からないような場所に保管しています。ですので私は、これからそれを回収に向かいます」

「そうか……って、絶対に分からない場所!?」


 氷室くんの言葉の矛盾に、私は思わず聞き返す。


「ふふ……他の人達なら分からないでしょうけど、賀茂カズマが私の行動を監視するように、私もあの男の行動を監視していましたから」

「あ……!」


 私は、氷室くんの肩の上で誇らしげな顔で胸を張る[ポリアフ]を見やる。

 そうだった、[ポリアフ]には【オブザーバトリー】があったのだ。


「なので、私は賀茂カズマが望月さんと接触するのを待っていたんです。あの男の目が、私に届かなくなるのを」

「そうだったのか……だ、だが、賀茂カズマはどうしてヨーヘイくんと接触すると、監視の目が解けるのだ?」


 私はこの際なので、氷室くんに疑問をぶつけてみる。


 すると。


「……それが、あの男の精霊ガイスト……いえ、もっとおぞましいもの・・・・・・・の能力だからです……」


 いつも無表情の氷室くんが珍しく顔をしかめ、ス、と私の傍に寄った。


 そして。


「っ!? そ、それは本当か!?」

「はい……ですので、藤堂さんは望月さんと合流し、彼を助けてあげてください。私はこの二人と一緒に、みんなの大切なもの・・・・・の回収に向かいます」

「い、いや!? そのような相手だったら、君も一緒に加勢したほうが……!」


 私は氷室くんも一緒に連れて行こうろするが、彼女は少し哀しそうな表情でかぶりを振った。


「……望月さんも、大切なもの・・・・・を人質に取られている状態だと、全力で戦えない可能性があります。だから、この私が彼の憂いを絶ってあげないと」

「氷室くん……」

「ふふ……ですから、あなたに望月さんを託します。私の代わりに、どうか彼を守ってください……!」


 悔しそうな表情でそう告げる氷室くん。

 私は……!


「……分かった。君の分まで、この私がヨーヘイくんを守ってみせる! そして、君がみんなの大切なもの・・・・・を回収に向かったことを、彼に確かに伝えるとも!」

「はい……よろしくお願いします……」


 私達は頷き合うと、お互い踵を返してそれぞれの場所に向かう。


 私は、ヨーヘイくんの元へ。

 氷室くんは、大切なものが保管されている場所へ。


 お互いが誰よりも大切に想っている、ヨーヘイくんを支えるために。

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