第326話 火蓋

 禍々しい幽子の渦が薄れ、その中から現れたのは、額から一本の角を生やした、一体の幽鬼レブナントだった。


 その容姿は、元の[瀬織津姫せおりつひめ]とは打って変わり、その顔に花魁おいらんのようなべに化粧を施し、上半身は胸元が大きく開いた鈴懸すずかけ、下半身は不釣り合いなホットパンツ、さらには金属の手甲と金属のブーツをまとい、その両手には二振りのつるぎたずさえていた。


「チクショウ! 賀茂の野郎、最悪だ! この世界をメチャクチャにする気かよ!?」

「も、望月ヨーヘイ、何を言っている!?」


 困惑した中条が、叫ぶ俺の肩を揺すりながら話しかけるが、今は相手している余裕はない。


 だって、あの青銅のレリーフは間違いない。

 あれこそは、『死返玉まかるかえしのたま』。


 この『ガイスト×レブナント』において、学園長である藤堂マサシゲの策略によって現実に絶望した主人公が、その魂と引き換えに世界の破滅へと導いた、最低最悪のアイテム。


 主人公の精霊ガイストをラスボス級の幽鬼レブナントへと姿を変え、その後は『世界は混乱と狂気に包まれた』と、その一行だけがエンドロールとして流れるって、『攻略サイト』には書いてあった。


 つまり。


「オマエエエエエエッッッ! 本気でこの世界を滅ぼす気かッッッ!」

「ははははは! 馬鹿じゃないか? そんなわけないだろう。大体、オレはヒロインの全てをモノにして・・・・・、最高のハーレムエンドを迎えるんだよ! それに」


 高笑いをする賀茂がそう答え、チラリ、と自身の幽鬼レブナントを見やると。


「オイ、お前はこの俺の意に反して、世界を滅ぼしたりなんて考えてたりするのか?」

『はうはう! まさか! [禍津日神まがつひのかみ]は、そんなくだらないことはしないのです! それよりも、[禍津日神まがつひのかみ]はマスターと幸せな日々を永遠に過ごすのです!』

「ま、そういうことだ。だから、オレ達はこの世界を滅ぼそうなんて、これっぽっちも考えちゃいない。それどころか、ラスボスも・・・・・真のラスボスも・・・・・・・、このオレがキッチリ倒してやるつもりだよ」


 そう言うと、賀茂は口の端を持ち上げる。


「……俺がその話を信じるとでも思っているのか?」

「いや? 別に信じてもらおうとも思わないし、そもそも、オマエにはこの世界から退場してもらうつもりだし」

「っ!?」


 その言葉に、俺の背中に冷たいものが走った。

 つまりコイツは、この俺を消し去ろうと……そう考えてるってことか。


「はは、だってそうだろ? オレと同じ『攻略サイト』持ちは、サッサといなくなってもらうに限る。要は邪魔なんだ、目障りなんだよ」

「まあ、な」


 賀茂の言葉に、俺は首肯しゅこうする。

 俺だって、オマエは目障り・・・だよ。


 オマエは、サクヤさんを救う上で邪魔な存在でしかないんだから。


「はは、だからオマエは安心して死んでくれ。なあに、学園長や“GSMOグスモ”の連中も、オマエを殺した後にこのオレがキッチリ潰してやるから。それでオレの生活は、今まで通りだ・・・・・・

『はうはう! さすがはマスターなのです! [禍津日神まがつひのかみ]は、そんなマスターと一緒になれて幸せなのです!』


 そう言うと、幽鬼レブナント……[禍津日神まがつひのかみ]は恍惚こうこつの表情を浮かべて賀茂を見つめる。

 ここまでの賀茂と[禍津日神まがつひのかみ]の会話を聞いて分かった。


 もう……コイツ等は壊れてやがる・・・・・・


 それが、あの『死返玉まかるかえしのたま』の影響によるものなのかどうか、それは分からないけど、な。


 だったら。


「……賀茂。オマエは、もうニンゲンをやめる・・・・・・・・ってことでいいんだな?」

「ハッ! 何を言い出すかと思えば……大体、オレは特別なんだよ! 選ばれたんだよ! その証拠が、あの『攻略サイト』なんだよ! だから……オレは、モブですらない自分をやめて、天辺てっぺんに君臨するんだよ! この世界でなあッッッ!」


 賀茂は右の人差し指を真上へ突き上げ、高らかに宣言する。

 その姿は、尊大で、傲慢ごうまんで、そして、滑稽こっけいに見えた。


「そうか……だったら俺も、宣言してやるよ」


 同じように、俺も右手人差し指を上へと突きつけると。


「俺は! この『攻略サイト』の力で……最高の相棒と、最高の女性ひと、最高の友達と一緒に、最高のハピエンを迎えてやる! そのために……賀茂カズマ、オマエはこの俺達・・が潰してやる!」

「はは! やってみやがれええええええ! [禍津日神まがつひのかみ]ッッッ!」

『ハイなのです!』


 賀茂の合図と共に、[禍津日神まがつひのかみ]は両手の剣を構えて突進する。


「[シン」! 中条! このクズは、俺達の手で絶対に倒すぞ!]

『もちろんなのです! こんな……こんな奴に、絶対に負けないのです!』

「クク……貴様に聞きたいことは山ほどあるが、今はこの男を全力でほふってみせようぞ!」


 [シン]も、中条の[デウス・エクス・マキナ]も、[禍津日神まがつひのかみ]に向けて突撃した。


 そして。


『はうはうはう! 【爆】! 【堅】!』

「【ツァーンラート】!」

『はう! 【破敵剣はてきのつるぎ】! 【護身剣ごしんのつるぎ】!』


 俺達と賀茂の、互いにとって最高の結末を手に入れるための、戦いの火蓋が切られた。

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