第325話 一体の幽鬼

「そ、それで、先程の氷室カズラとのやり取りは一体なんだったのだ!?」

「はは、まあまあ……」


 階段を昇る最中、中条の奴がしきりに尋ねるが、俺は適当にはぐらかす。

 だって、俺は賀茂の精霊ガイストのスキルを何一つ知らないんだ。ひょっとしたら、この会話だって聞かれている可能性だって考えられる。


 だから、迂闊なことをまだ話すことはできない。


「とにかく、全ては賀茂の野郎をぶちのめしてからだ。だから中条……頼りにしてるぞ!」

「っ! ……クク」


 バシン、とその背中を叩くと、中条が嬉しそうに含み笑いをした。

 はは……コイツも、こんな笑顔を見せるんだな……。


 そして、とうとう俺達は賀茂のいる第二十階層へと到着した。


「む……てっきり待ち構えていると思ったのだがな……」

「ああ……」


 俺と中条は辺りを見回すが、少なくとも視界には賀茂の奴はいない。


「となると、この第二十階層をくまなく探すしか……「はは、その必要はない」……っ!?」


 振り向くと、賀茂と、賀茂の|精霊である[瀬織津姫せおりつひめ]が俺達の背後にいた。

 だ、だけど、一体いつの間に!?


「賀茂……!」

「オイオイ、そう睨むなよ。それよりも、少し場所を変えよう。コッチだ」


 賀茂と[瀬織津姫]はきびすを返し、スタスタと階層の奥へと歩いていってしまった。


「……中条、俺達も行こう」

「……そうだな」


 無造作に歩く賀茂の背中を眺めながら、俺達もその後をついて行く。

 もちろん、罠の可能性だってあるわけだから、最大限に警戒をしながら。


「ここだ」

「っ!? こ、これは……!」


 なんと、第二十階層の中央に、かなりの広さの部屋があった。

 もちろん、本来の“バベル”領域エリアにはないはずのものが。


「む、ここは、何か特殊な階層なのか?」

「はは、そんなわけあるかよ。これは、オレが作ったんだ・・・・・・・・

「「作った!?」」


 そんなバカな!? 元々この領域エリアは入り組んだ迷路みたいになっているところだぞ!?

 それを、こんな広さの部屋を作るとなると、一体どれだけの壁を壊したっていうんだよ!?


「まあ、オレの精霊ガイストならこれくらい簡単だからな。オマエの、ただ速いだけ・・・・精霊ガイストと違って」

「っ! 何だと!」


 [シン]を馬鹿にされ、俺は思わず声を荒げる。

 俺の……俺の相棒を、よく知りもしないで!


「はは、だってそうだろ? オマエの[神行太保しんこうたいほう]はスピード特化型の精霊ガイストだ。まあ、どうやってその精霊ガイストを手に入れたのかは知らねーけど、あの・・ゴブリンが強くなるには、他に選択肢がないから仕方ないか」


 そう言うと、賀茂はヘラヘラと笑った。

 確かにコイツの言う通り、初期の精霊ガイストがどれであっても、条件なくクラスチェンジできる精霊ガイストは、限定コード配布の[神行太保]しかない。


 だけど。


「[シン]は……いや、[ゴブ美]は、俺と一緒に死ぬような思いをして、それでようやくこの姿を手に入れたんだ……たった一つの奇跡・・をな! それを! オマエごときが語るなああああああ!」

「ははははは! オイ、聞いたかよ! その奇跡とやらで手に入れたのが速いだけの精霊ガイストだなんて、笑うしかねーだろ!」

『はうはうはう! マスターの言う通りなのです!』


 腹を抱えて笑う賀茂に同調し、[瀬織津姫]も一緒になって笑う。

 クソが! 俺の相棒を馬鹿にしやがって!


 すると。


『プークスクス、ソッチこそ、[シン]のスピードを見たら驚くこと請け合いなのです! 後でほえ面をかくことが確定なのです! 決定事項なのです!』


 ニュ、と俺の背中越しに現れた[シン]が、見下すような視線で嘲笑ちょうしょうした。


 [シン]……。


『この[シン]と同じ話し方をするバカは知らないのです! [シン]が最速だということを!』

『はう! ただ速いだけの分際で、偉そうなのです! マスター! このチビをやっつけてやるのです!』


 どうやら[シン]の言葉がかんさわったらしく、[瀬織津姫]が顔を真っ赤にして怒る。

 はは、この精霊ガイストあおり耐性がかなり低そうだな。


「オイオイ、それくらい言わせてやれよ……だって、コイツは速さしか取り柄がないんだぞ? しかもその速さだって、お前と同じなんだし」

『はう……ですけど……』


 賀茂が苦笑しながらたしなめると、[瀬織津姫]がシュン、と落ち込んだ。


「ふうん……だけど、オマエの[瀬織津姫]が[シン]と同じ速さだなんてあり得ねーだろ。ただのモブですらない・・・・・・・、オマエの精霊ガイストが」


 そう……俺の[シン]は、主人公や最強の精霊ガイスト使いであるサクヤさん、中条も差し置いて最速の精霊ガイストなんだ。

 ただでさえ主要キャラの精霊ガイストのステータスは圧倒的なのに、登場すらしない奴の精霊ガイストのステータスがそれ以上に高いなんてことはあり得ない。


「はは……オマエ、ちゃんと『攻略サイト・・・・・』を読み込んだのか?」

「っ!?」


 ニヤニヤと馬鹿にするように俺に問いかける賀茂。

 だけど……俺の頭はそれどころじゃない。


 コイツ、今……確かに言った。

『攻略サイト』、と。


「アレにもバッチリ書いてあっただろ。精霊ガイスト最強・・最悪・・にすることができる、たった一つの・・・・・・イベント用・・・・・アイテム・・・・のことが」


 賀茂の言う、『最強・・最悪・・にすることができる、たった一つの・・・・・・イベント用・・・・・アイテム・・・・』……って!?


「まさかっ!?」

「はは! そのまさかだよ! [瀬織津姫]!」

『ハイなのです!』


 賀茂の叫びに呼応し、[瀬織津姫]がス、と賀茂の前に立った。

 すると……賀茂はポケットから青銅のレリーフを取り出した!?


 やっぱり! あの野郎、アレに手を出してやがった!


「[シン]! 賀茂の奴が持っている、あの青銅のレリーフを奪え!」

『! 了解なのです!』


 俺の指示を受け、[シン]は一気に賀茂に詰め寄る。


 だけど。


「はは! 間に合わねえよ! 【反魂はんごん】!」


 賀茂の宣言に合わせ、[瀬織津姫]の身体が禍々しい幽子に包まれた。

 チクショウ! 間に合わなかったか!


「……望月ヨーヘイ、これは一体何なのだ……?」


 顔を引きつらせ、中条が尋ねる。


「これは……最悪・・幽鬼レブナントを呼ぶ儀式、だよ……」


 俺はポツリ、と呟いた。


 そう……『ガイスト×レブナント』にはいくつかのバッドエンド・・・・・・が存在する。

 ラスボス戦で全滅する場合、謎を全て解かずにラストを迎えた場合のほかに、もう一つ。


 それは。


「『闇堕ち……エンド』……」


 禍々しい幽子の渦が薄れ、その中から現れたのは。


 ――額から一本の角を生やした、一体の幽鬼レブナントだった。

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