幕間

第297話 被験体

■藤堂サクヤ視点


「ふう……」


 望月くんの言う“バベル”領域エリアの扉を見つけ、賀茂カズマ達のチームとの邂逅かいこう、そして立花くん達と合流した後、私達は解散となった。


 できれば“バベル”領域エリアの下見くらいはしておきたかったところだが。


『今日、“バベル”領域エリアに入るのはやめて、攻略は明日の放課後からにしよう』


 望月くんにそう言われてしまったら、全員それに従うしかない。

 しかも、彼にあんな真剣なまなざしを見せられてしまっては、な……。


 不安に思った私は、望月くんにそれとなく尋ねてみたが、彼は苦笑するばかりで一切教えてはくれなかった。

 それが……私にはとても歯がゆい。


 私は、彼のためなら何だってしてあげたいのに。

 彼のためなら、何だってできるのに。


「……相変わらず、彼はやきもきさせてくれる」


 とはいえ、彼があんな表情をするのは、私達を守ろうとしたり、想いに応えようとしたりする時だ。

 つまり……彼はまた私達、あるいは誰かを救おうとしているんじゃないだろうか。


 そしてそれは、サッカー部のマネージャー、“小森チユキ”が関係しているんだろう。


「おっと、時間だ」


 そんなことをずっと思案していたら、いつの間にか研究所に行く時間になっていた。

 いつもならこんな夜遅くに研究所に行くようなことはないんだが、お父様から珍しく呼び出しを受けてしまったのだ。


 まあ、私としてもお父様に用事があったので、ちょうどよかったのだが。


 私は右手の“エリネドの指輪”を外し、部屋を出る。


 すると。


「お嬢様、研究所までお送りいたします」


 部屋の前にいたカナエさんが、そう言って深々とお辞儀をした。


「む、研究所なら徒歩で向かうが……」

「いいえお嬢様、さすがに暗闇の中を女子高生一人だけで歩いて行かせるわけにはまいりません」

「いや、私には[関聖帝君]がいるから、万が一ということは……「望月様にこのことをお伝えしても?」」


 カナエさんの申し出をやんわりと断ろうとしたら、逆にそんなことを言われてしまった……。

 確かに望月くんが知ったら、絶対に叱られてしまうな。


「ふふ……そう言われてしまっては、従うしかないな」

「はい」


 結局、私はカナエさんに研究所まで車で送ってもらった。


 ◇


「む、来たか」


 研究所のいつもの・・・・部屋に入ると、作業をしていたお父様は仕事の手を止め、私の傍へとやって来た。


「お父様、このような時間から“ウルズの泥水”の供給を始めるなんて、珍しいですね」

「ああいや、サクヤを呼んだのはその件ではない」


 ? どういうことだ?

 私がこの研究所に来る理由なんて、それ以外ないというのに。


「高坂くん、を呼んできてくれ」

「はい」


 お父様の指示を受け、高坂さんが部屋から出て行く。

 だが……とは一体……?


 ま、まあ、そのとやらが来る前に、こちらの用件を済ませてしまおう。


「お父様……実は、お願いがあるのですが……」

「ん? なんだね?」

「先日お願いした“小森チユキ”の件についてですが、もう一人、“GSMOグスモ”の監視対象に加えてほしいのです」

「ほう……?」


 お父様の視線が、鋭いものに変わる。


「はい……一―一の、“賀茂カズマ”を監視してください」

「その理由は?」


 当然、お父様がそう尋ねるのも想定内だ。

 なので、私はあらかじめ用意しておいた答えを告げる。


「もちろん、その“小森チユキ”の件に、その男が絡んでいるからです」


 望月くんは彼を監視する理由について教えてはくれなかったが、小森チユキが賀茂カズマと一緒にいたことを考えれば、何らか関与していることくらいは分かる。


 それに……去り際に見せた、小森チユキの瞳。

 あれは、不安と私達を心配するかのような、そんな瞳だった。


「ふうむ……やはり・・・そちらにも・・・・・監視をつける必要があるな……」


 意外だった。

 さすがに、もっと色々と理由を聞かれると思ったのに、まさかこんなアッサリと受け入れてくれるなんて。

 だけど、『やはり』とはどういう意味だ?


「……実は、“小森チユキ”の監視をしている“GSMOグスモ”職員から、早速報告があった」

「っ! そ、それは?」

「うむ……彼女の通話記録やスマホのメッセージの履歴を調べたところ、二学期に入ってから、ある特定の者とのやり取りが多くなっていたのだ」

「そ、それってもしかして!?」

「ああ……その相手が、“賀茂カズマ”だ」


 やはり……望月くんの言う小森チユキの異変には、あの賀茂カズマが関与していたのか……!


「他にも、彼女は賀茂カズマとチームを組んで領域エリア攻略をしているとも聞いていたので、その時は特に気にすることもなかったんだが……サクヤがそう言うということは、チームを組んでいること自体にも何かあるかもしれん……」


 お父様は顎に手を当てて思案すると、おもむろにポケットからスマホを取り出した。


「……ああ、私だ。悪いがアレイスター学園の一―一に所属する“賀茂カズマ”について、監視対象に加えてくれ……ああ、同じように身辺を徹底的に洗え」


 おそらく、電話の相手は“GSMO《グスモ》”の職員だろう。やはり学園を守るとなれば、お父様の行動は早いな。


「お父様、ありがとうございます」

「ふふ……生徒の安全を守るのは、学園長・・・として当然の務めだ」


 そうですね……学園を守るのは、あそこがお母様との大切な思い出の場所・・・・・・だから、ですよね……。


「所長、連れてきました」

「ああ、すまない」


 お父様の指示を受けた高坂さんが、誰かを連れて戻ってき……っ!?


「こ、この男は……!」

「ああ、は今後、この研究所において“被験体”として協力してくれることになった。なので、生徒会長であるサクヤに、学園内での面倒を見てもらおうと思ってな」


 そうか……確かにこの男が出てくるためには、こんな手段を取るしか方法はない、か……。


「……分かりました。お任せください」

「うむ。先程の件については、“GSMOグスモ”からサクヤにも逐次ちくじ報告させるようにする」

「ありがとうございます」


 私はお父様に一礼をすると、そのまま部屋を出た。


 だけど。


 ――ダンッ!


「……望月くんに、なんと伝えればいいんだ……!」


 私は……私は……っ!


 のこの事実を知った時の望月くんのことを想像し、私は壁に手を思い切り打ちつけ、唇を噛んだ。

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