第273話 メタルギア・ドレイク

「お、お邪魔します……」


 氷室先輩に案内され、俺達は家の中へと入る。

 だけど、別に初めて来たわけでもないのに、何故か俺は緊張のあまり声が上ずってしまった。


 その時。


「ミャー」


 わざわざ玄関まで出迎えに来てくれたミャー太が、上がった途端、俺の足元にすり寄ってきた。


「はは、来たぞミャー太」


 俺はしゃがみ込んでミャー太を抱えると、ミャー太は嬉しそうにごろごろ、と喉を鳴らした……って。


「ええとー……みんな?」


 見ると、ミャー太に構ってほしい氷室先輩だけじゃなく、[シン]や先輩、サンドラまでがジッと俺とミャー太を見つめていた。


「そ、そんな……私なんかミャー太に抱かせてもらったことなんて、数えるほどしかないのに……」


 そう言って表情は変わらないものの、見るからに落胆して肩を落とす氷室先輩。


『はうはうはうはう! [シン]がいるのに……[シン]がいるのにい……!』


 [シン]はといえば、オニキスの瞳に涙を浮かべながら、ミャー太を嫉妬で睨んでるし。というかネコと張り合うなよ。


「むむむむむ! こ、こんなところに強力なライバルが……!」


 いや、先輩も[シン]と同レベルですか……。


「フエエエエ……な、何とかウチで飼えないかしラ……」


 サンドラ……ミャー太は氷室先輩の家の子だぞ? 無理に決まってるだろ。


「はは……困ったな、ミャー太……」

「?」


 そう告げて俺は乾いた笑みを浮かべるけど、理解してないミャー太はコテン、と首を傾げた。まあ、当然の反応だよな。


「キャアアアアアアア! 首を、首を傾げましてヨ!」


 一人興奮しきりのサンドラがカバンからスマホを取り出し、ミャー太を何枚も写真に収める。

 サンドラの奴、ここまでネコ好きだったんだなー……。


 俺はそっとサンドラの傍に寄ると。


「……今度、猫カフェにでも行ってみるか……?(ボソッ)」

「!」


 俺が耳元でそう告げた瞬間、サンドラは顔を紅潮させて勢いよく何度も首を縦に振った。

 はは、喜んでくれたみたいでなにより。


「コ、コホン……では、こちらへ……」


 気を取り直した氷室先輩が、俺達を畳の部屋へと案内してくれた。

 ここは、俺が怪我をさせた少年を運んできた時に、氷室先輩が通してくれた部屋だ。


「今、飲み物をご用意しますね」


 そう言い残すと、氷室先輩が部屋を出て行った。


「なあなあ兄ちゃん! これ、俺の考えたデッキなんだぜ!」


 俺の隣に座った少年が、早速テーブルの上にカードを並べる。

 これは、今ちびっ子どころか大人達も巻き込むほどブームになっているトレーティングカードゲーム、『ナイツ・シュヴァルツヴァルト』だな。


 コレ、俺も[ゴブ美]が発現するまでは、超ハマったんだよなあ……。


「どれどれ……」


 ということで、先輩プレーヤーとして上から目線で評価を……って、な、何だと!?


 なんと、俺が中学一年生のころ、欲しくて欲しくて仕方がなくて、お年玉を全額叩いても手に入れることができなかったSSRカード、『メタルギア・ドレイク』があるじゃねーか!?


「な、なあ少年……コレ……」

「お! 兄ちゃんも気がついたかー! そうなんだよ! この前、姉ちゃんの買い物に付き合った時に買ってもらったカードパックに入ってたんだよ!」


 へへー、と鼻の下をこすりながら自慢げに語る少年。

 く、くそう……俺なんてカードパック(五枚入り)を百個も買ったのに手に入らなかったんだぞ!?

 なのに、なんで一発で引き当てられるんだよ!?


「他にもコレとかコレもあるんだけど、全部姉ちゃんが選んでくれたら入ってたんだぜ!」

「マ、マジか……」


 す、すごい……氷室先輩に、そんな特殊能力があったなんて……!


「お待たせしました」


 俺がカードを眺めながらワナワナと震えているところに、先輩が人数分のお茶を持って戻ってきた。


「ひ、氷室先輩!」

「っ!? ど、どうしました……?」


 俺は勢いよく立ち上がって氷室先輩の名を呼ぶと、氷室先輩が驚いて一瞬身体を引いた。


「こ、今度俺と一緒に、『ナイツ=シュヴァルツヴァルト』のカードを買いに付き合ってください!」


 そう言って、俺はこれでもかというほど頭を下げる。

 いや、俺は夢にまで見た『メタルギア・ドレイク』がどうしても欲しいんだよ!

 そのためならこんな頭、畳にこすりつけたっていいとも!


 すると氷室先輩はチラリ、とテーブルにあるカードを見やると。


「ふふ……もちろんです。でしたら、また改めてご連絡しますね」

「! あ、ありがとうございます!」


 よし! 今度こそ俺は、夢をつかんでみせる!

 そう思いながら両の拳を握りしめていると。


「「むううううううううううううううう!」」

「あ……」


 見ると、先輩とサンドラが頬をパンパンに膨らませ、激怒していた。


「まま、全く! そんなカードの一枚や二枚、この私が金にものを言わせていくらでも手に入れてみせるのに!」

「ワ、ワタクシこソ! 『レイフテンベルクスカヤ家』の権力と財力を活かして、全て揃えて差し上げますわヨ!」


 いや、二人共、強権発動って……。


「サンドラ……お前、実家と縁切るんじゃなかったのかよ……」

「ッ! そ、そのカードを手に入れてからにしますワ!」

「それでいいのかよ!? というか、俺はそんな他力本願で手に入れたいんじゃないの! ちゃんと自分で金を出して手に入れたいんだよ!」


 ま、まあ、肝心のに関しては、完全に人任せだけど。


「く、くそう……私にも氷室くん並みの引きの強さがあったなら……!」

「ワ、ワタクシだって負けてないはずですワ……!」


 悔しさで打ちひしがれる先輩とサンドラ。


 そんな二人を、氷室先輩はどこか勝ち誇ったかのように見下ろしていた。

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