第271話 氷室先輩のお誘い

「ふう……今日はここまでにしよう」


 “カタコンベ”領域エリアの地下第十階層まで来たところで、俺は三人にそう声を掛けた。


「アラ? ヤーはまだ行けるわヨ?」

「ホホ、そうじゃの」


 おっと、二人はまだ攻略を続けたそうだな。


 だけど。


「いや、もうこの領域エリアに入って二時間だし、潮時だろう」


 というのも、氷室先輩はこれから家に帰って家事と弟妹の面倒を見ないといけないからな。


「ハア……仕方ないわネ」

「ホ、では戻るとするかの」


 プラーミャが溜息を吐いてかぶりを振り、土御門さんは肩をすくめた。

 そして、俺達は領域エリアの扉へと戻るんだけど。


「望月さん」


 隣を歩く氷室先輩が声を掛けてきた。


「? どうしました?」

「ありがとうございます……そして、すいません……」


 表情こそ変わらないものの、氷室先輩の藍色の瞳には謝罪の色がうかがえる。

 ハア……そんなの、気にしなくていいのに……。


「氷室先輩……忙しい氷室先輩をこうやって付き合わせて、むしろ謝るべきは俺ですよ。そして、それでも俺はこれからも、氷室先輩に一緒に付き合ってほしいです」

「っ!?」


 俺の言葉に、氷室先輩は顔色を変えずに息を飲んだ。


「……それは、私の[ポリアフ]が優秀だから、ですよね……?」


 氷室先輩がうかがうような視線を送ってきた。

 あー……確かに、氷室先輩の精霊ガイストが優秀で、先輩を不幸なシナリオから救うために必要だからっていうのは嘘じゃない。


 だけど。


「……俺は、少なくとも信頼できる人しか仲間にしません」


 これは、まぎれもない事実。

 俺が本当に精霊ガイストが優秀で強い、そんなくだらない理由だけで選ぶんだったら、最初から対ラスボスに特化した編成にしている。

 何より氷室先輩のクラスチェンジ前の精霊ガイストは[スノーホワイト]。ハッキリ言って、仲間になるヒロインの中では弱い部類だ。


 でも、それでも氷室先輩を仲間にしたのは、そのくじけない心の強さと、家族を想う優しさに惹かれたから。

 そんな氷室先輩に尊敬の念を抱いたからなんだ。


「ふふ……少し意地悪な質問をしてしまいました。あなたが、そんな上辺だけを見る人じゃないって分かっているのに」


 そう言うと、氷室先輩の口元がわずかに緩む。


「よし!」

「「「っ!?」」」


 珍しく大きな声を出した氷室先輩に、俺だけじゃなく前を歩くプラーミャと土御門さんも思わず振り向いて氷室先輩を見た。


「さあ、明日からも頑張りましょう」


 そう言うと、氷室先輩は表情を変えず、ムン! と小さくガッツポーズをした。


 ◇


「ふふ、望月くん、みんな、お疲れ様」


 扉を抜けて領域エリアの外に出ると、既に帰還していた先輩にねぎらいの言葉をもらった。


「はは、ただいま戻りました」


 そんな、ほんの些細なことが嬉しくて、俺の顔もついほころんでしまう。


「ヨーヘイ、無事でなによりですワ!」


 そしてサンドラも俺の元にやって来て、安堵の表情を見せた。


「当然だろ? だって、サンドラお手製の最強のお守りがあるんだぜ」


 そう言って、俺は制服の胸の部分をポンポン、と優しく叩いた。


「フフ……モウ、ヨーヘイのバカ」


 恥ずかしそうに顔を逸らしたサンドラ。

 全く……こんな大切なもの貰っちまったら、並大抵のお返しじゃ済まないぞ。


「ねえねえ望月くん! どこまで攻略できた?」

「そうだぜ! サッサと聞かせろ!」


 今度は立花と加隈の奴が興味津々で尋ねてきた。


「俺達のチームは地下第十階層だな。お前達は?」

「ふふーん、ボク達は地下第十二階層だよ!」

「おお! スゲエ!」


 いや、まさか俺達よりも二つも先行してるとは思わなかった。

 だって先輩達のチームは、氷室先輩みたいに解析スキルを持った精霊ガイストはいないんだから。


 だけど。


 俺は先輩、サンドラ、立花、加隈を見やる。


 ……よくよく考えれば、『ガイスト×レブナント』最強の精霊ガイスト使いと本編主人公が同じチームで、しかもパッケージの表紙に載るメインヒロインと相棒キャラも従えてるんだもんなあ。ある意味チートだ。


「クッソ! 明日は俺達も負けねーからな!」

「あはは! 次もボク達が勝つもんね!」


 俺と立花は、お互い顔を近づけて不敵に笑い合った。

 はは、これじゃまるで、クソザコモブの俺が主人公のライバルにでもなった気分だ。


「さあさあ! 今日はこれで解散して、また明日だ!」


 先輩がパンパン、と手を叩き、みんなに帰るように促す。

 まあ、みんなに早く帰ってもらわないと、“ぱらいそ”領域エリアに行けないもんな。


「では、私はこれで失礼します」


 真っ先に氷室先輩がペコリ、とお辞儀をし、足早に帰……………………アレ? 戻ってきたぞ?


 そして、俺のそばに近づくと。


「望月さん……今週の土曜、空いていますか?」

「へ? 今週の土曜、ですか……?」


 まあ、いつものノルマをこなす以外は、今のところ予定は入ってない。

 けど、一体何があるんだろう?


「ええと……一応空いてますけど……」

「ふふ、でしたら、タカシ達に会ってあげてはくれませんか? この前、『兄ちゃんに勝ったばかりの俺のデッキを見せるんだ!』って、意気込んでましたから」


 あーなるほどー……少年がなあ……。

 んで、コレって少年やニコちゃんミコちゃん、それにミャー太と遊んでる時に氷室先輩のご両親が帰ってきて外堀埋められていく、氷室先輩の恋愛イベの一つだなあー……。


 こ、断るべきだと思うんだけど……。


「…………………………」


 く、くそう……普段は無表情で感情を表さないくせに、こんな時に限って藍色の瞳をキラキラさせてる……。


「あ、あははー……そ、そうですねー……」


 俺が頭をきながら返答に迷っていた、その時。


「ふむ……土曜日か。私も氷室くんの弟妹にまた会いたいな」

「フフ……氷室先輩、ネコを飼ってらっしゃるんですわよネ? ワタクシも見たいですワ?」


 いつの間にか俺の両サイドに先輩とサンドラがおり、氷室先輩に向けてニヤリ、と笑った。


「…………………………(チッ)」


 氷室先輩はピクリ、と眉を一瞬だけ持ち上げ、聞こえないほどの舌打ちをした。

 あ、はは……先輩とサンドラのおかげで、とりあえず恋愛イベは回避できた、のかなあ……?


 というわけで、今週末の土曜日は俺達三人で氷室先輩の家に行くことが決まった。


 だけど。


「はは……まさか、な……」


 俺は、この『ガイスト×レブナント』において最も恐ろしいイベントが一瞬だけ頭をよぎったが、それを振り払うように大きくかぶりを振った。

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