第262話 隔離施設

「先輩! お待たせしました!」


 休日、俺は駅前で待ち合わせをしていた先輩に声を掛ける。というか先輩、相変わらず来るのが早いよ。


「ふふ、大丈夫。私も今来たところだ」

「あはは……そ、そうですか……」


 先輩の言葉に、俺は苦笑した。


 それよりも、今日の先輩のコーデはどうよ。


 薄手の白のタイトなセーターにデニムジーンズが先輩の見事なスタイル(特に胸)をこれ見よがしに強調し、スニーカーで足元をカジュアルに決め、これまた薄手の赤のストールを羽織っていた。


 いや、いつもだったら手放しで喜ぶんだけど、今日に限っていえば不安でしかない。

 とはいえ、先輩だからどんなコーデでも圧倒的に似合うんだけど。


「? どうした?」

「あ、い、いえ、今日の服装も、か、可愛いな・・・・、と……」

「っ!? ななななななな!?」


 言ってから気づく。

 お、俺、少し素直に言い過ぎなんじゃ……?


 い、いや、今日に限っては全力でアピールしておかないと、万が一ってことがあったら困るからな! し、仕方ないんだよ!


「あうあうあう……きょ、今日の望月くんも、その……す、素敵、だぞ……?」

「うああああ!?」


 逆に先輩に返されてしまった!

 く、くそう……先輩はただでさえ破壊力抜群なんだから、ちょっとは自重してもらわないと……!


「そそ、そんなことよりも、早く行かないと今日中に帰ってこれないぞ!?」

「そそ、そうですね! 行きましょう!」


 俺達はギクシャクしながら、駅の改札をくぐった。


 ◇


「しっかし、遠いですねー……」


 益田駅でモノレールに乗り、東都駅から特急に乗り換えて約二時間。

 俺達は、目的の場所である〝御名方みなかた〟駅へとやってきた。


「ふふ……だが、ここからさらにバスで乗り継いでいくのだからな」

「うへえ……」


 先輩の言葉に、俺は思わずうめき声を上げる。

 いや、目的の場所まではバスでさらに一時間行った場所なのだ。さすがにキツイ。


「まあまあ。ここは自然も豊かだし、景色もいいぞ?」


 苦笑しながらなだめる先輩の言う通り、確かにここは空気も旨いし、レジャーとしては最高の場所ではあるけれども……。


「あ、バスが来たようだ」

「本当だ」


 俺と先輩は移動し、バスに乗り込むと、バスはすぐに発車した。

 そして曲がりくねった山道を走る。


「うおお……!」


 バスから見える景色は、まさに絶景だった。

 山間の渓流は海の色とはまた違った青をたたえ、山々も紅葉で色づいていた。


「益田市ではめったに見られない景色、だな……」

「はい……」


 まあ……この景色を先輩と見れただけでも、来た甲斐はあったな……。


 そして一時間後、バスは目的地付近のバス停で停車する。


「さあ、ここから歩いて三十分のところにソレ・・はある」

「はい」


 先輩と一緒に林道を歩くこと三十分。

 俺達は目的の場所へとたどり着いた。


 そこは、看板も何もなく、ただのコンクリートの塀で覆われた建物だった。


 インターホンを押して中の人に先輩が説明をすると、隣の通用口の鍵がカチリ、と開いた。


「さあ、行こう」


 先輩の後に続き、塀を抜けて建物の中に入ると。


「失礼。ボディチェックを行いますので」


 入口のところでこの建物の職員二人に、俺達はチェックを受ける。


「では、こちらです」


 そして職員に案内され、一つの扉の前へと着いた。


「面会時間は三分です」

「三分!?」


 こ、これは手短に話をしないとな。


 それと。


「じゃ、じゃあ先輩はここで待っててもらってもいいですか?」

「な、何を言う! 当然、この私も一緒に入……「お願いします!」」


 そう告げると、先輩は当然のように抗議するが、俺はそれを遮って深々と頭を下げて懇願する。

 何故なら、できれば俺とこの中にいる奴の会話を先輩には聞かれたくないから。


「そ、それでは一緒に来た意味が……!」

「…………………………」


 先輩と俺との間に緊張感が走り、沈黙が続く。


「……ハア。君も頑固、だな」


 しばらくして、先輩が俺の肩をポンポン、と叩いたので顔を上げると、先輩はただ苦笑していた。


「ふふ、分かったよ。今回は私が折れよう」

「あ、ありが……「ただし」……え、た、ただし……?」

「いつか、私に全部教えてくれないか……?」


 そう言ってニコリ、と微笑んだ先輩は、ただ奇麗で、温かくて……。

 本当は、知りたくて仕方がないはずなのに、それでも、この俺を信じてくれて……!


「はい……必ず……!」


 俺は先輩の真紅の瞳を見つめ、力強く頷いた。


 そして、俺は扉を開けて一人中に入ると。


「クク……まだ二週間程度しか経っていないのに、もう面会とはな」


 強化ガラスで仕切られた壁の向こう側にいたのは、拘束衣を着た“中条シド”だった。


「よう……元気そうだな・・・・・・

「クク、言うじゃないか」


 俺のちょっとした皮肉に、中条はくつくつと笑った。


「それで、我に一体何の用だ?」

「ああ……時間もないから単刀直入に言う。中条、俺を助けてほしい・・・・・・


 俺がそう告げると、中条は眉根を寄せた。


「……助けてほしいとは、意味が分からんな」

「そのまんまだよ。俺達の今後・・・・・のために、お前のその規格外の力が必要なんだ」


 そう……俺は、先輩の破滅フラグを折るために、この中条シドに白羽の矢を立てた。

 何と言っても『ガイスト×レブナント』の三番目のボスキャラで、精霊ガイスト使いとしては先輩と主人公に次ぐ強さの持ち主だ。これを活かさない手はない。


「クク……我は貴様の敵だった男だぞ? なのに、この我に頼るというのか?」

「そうだ」


 俺は中条シドにハッキリと告げる。

 だけど、そんなこと言いながらも俺はコイツが力を貸してくれるんじゃないか、そう考えている。

 だって、俺は中条シドと戦って分かったことがある。


 コイツは、どうしようもないほど悪い奴なんかじゃない。

 確かにメイザース学園の学園長、“麻岡マキ”の手下として学園長室に侵入したりしようとした。

 それに、本来の『ガイスト×レブナント』では、ギリギリまで主人公に立ち塞がる、正真正銘の悪役ヒールとしての役割だ。


 それだって、コイツの出自を考えれば仕方のないことだし、ゲーム本編で歪んだのも学園長室で『ユグドラシル計画』を知ってしまったからだ。


 そこで……中条シド自身が『ユグドラシル計画』の犠牲者の一人・・・・・・なのだと知ったから。


「理由を聞かせろ」


 中条シドは、低い声で尋ねる。

 だけど、理由なんてたった一つだけだ。


 だから。


「世界で一番大切な女性ひとを、守りたいから」


 俺は、ただ静かに、そして力強く答えた。


「ク、クク……」

「中条?」

「クハハハハハハハハ! いい! やはり貴様はいいぞ! それでこそ我がライバルだ!」

「えええええ!?」


 ラ、ライバルう!?

 い、いや、それは俺じゃなくて立花だろうが!


「よかろう! もしもここを出る時が来たなら、我は貴様の元へ駆けつけよう!」

「っ! わ、悪い……」


 中条シドの快い返事に、俺はただ頭を下げた。


 その時。


「時間です」


 監視をしていた職員が無情にも終了の合図を告げると、中条シドは両脇から職員に抱えられる。


「クク……我が向かうまで、簡単にやられてはくれるなよ?」

「ああ、もちろんだ」


 最後にそれだけやり取りを交わし、中条シドは面会室を出て行った。


 俺もきびすを返し、部屋を出ると。



「も、望月くん……」


 心配そうな表情を浮かべた先輩が、おずおずと声を掛ける。


「はい……用事は済みました。帰りましょう」

「そ、そうか……」


 俺と先輩は、それから無言のまま施設を出た。


「先輩」

「……なんだ?」

「来年……いや、再来年もその先もずっと、こんな用事なんかじゃなくて、今度は旅行でここに来ましょうね……その、二人で……」


 そう言って、俺は先輩の左手を握る。


「あ…………………………うん」


 先輩は頬を赤らめ、静かに頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る