第261話 大切な提案

■藤堂サクヤ視点


「お父様」

「ん? どうした?」


 お父様の研究室で検査が行われる中、険しい表情で書類を眺めているお父様に声を掛けた。


「そ、その……実は、ご提案があるのですが……」


 見つめるお父様の視線から僅かに目を逸らした後、私は改めてお父様へと視線を向ける。

 さ、さあ、言うのだサクヤ! これを言わねば、最悪の事態・・・・・も起こりかねないのだぞ……!


 私はすう、と息を吸って意を決すると。


「こ、今度の二年の修学旅行・・・・は、取りやめるべき、かと……!」

「む、それはどうしてだ?」


 お父様の表情がいぶかし気なものに変わり、その視線が説明の続きを催促していた。


「は、はい! 今回のメイザース学園との交流戦に起こった“柱”の一件を踏まえると、生徒達の安全性の面や万が一私が修学旅行で不在となった時、“ウルズの泥水”を吸収する機会が失われてしまいますので!」


 私はまくし立てるように一気に理由を述べるが……うむ、嘘だ。

 本音は、私が修学旅行に行っている間に、望月くんが他の女の子達との仲が進展してしまうことを危惧しているのだ。


 まず、サンドラはここぞとばかり抜け駆けをしてくるだろうし、転校してきた土御門くんだって怪しい……。

 それ以外にも、彼は無自覚に女性に優しくしてしまうから、そんな彼に絆される者が新たに現れるかも……!


「ふむ……確かにサクヤの言う通りかもしれないな……」

「! お父様!」


 お父様の言葉に、私は思わず上体を起こした。

 よし! お父様が修学旅行中止へと気持ちが傾き始めているぞ!


「うむ……だが、今の学年の時だけ修学旅行を中止にしてしまうのでは、さすがに楽しみにしている生徒達に申し訳が立たんが……」

「そ、それについても考えがあります!」


 そう……これこそが、この話の最大のポイント。

 私の修学旅行の成功の可否は、ここで決まる!


「修学旅行を今年中止する代わりに、来年は今の一年生と合同で修学旅行を実施すればいいのです!」


 これこそが、私が考えた最高のプラン!

 これならば、他の生徒達も納得できるだろうし、何より、望月くんと一緒に修学旅行に行ける!


 ふふ……望月くんとの修学旅行……お土産屋で何を買うか一緒に悩んだり、素晴らしい景色や名所などに触れたり、よ、夜は望月くんの部屋に行って「サクヤ」……夜更かしをするというのもいいな……。


 そ、そしてそして、コッソリ旅館を抜け出して、二人で夜空を眺め……「おい、サクヤ」……あ、お、お父様が呼んでる。


「は、はい! 何でしょう!」

「……一つ尋ねるが、修学旅行を今の一年生と合同で実施する理由……まさかとは思うが、と修学旅行に行きたいからではないだろうな?」

「っ!?」


 お父様から冷ややかな視線を向けられながら放たれた言葉に、私は思わず息を飲む。

 む、むむ……こ、これを悟られるわけにはいかない!


「ま、まさか! 私は一人の生徒会長として、申し上げているのです! そこにやましい感情など、あるはずが……!」

「わ、分かった分かった!」


 身体中に繋がれている管などのことも忘れ、私は立ち上がってお父様に詰め寄ると、お父様は落ち着けとばかりに私の肩を叩いた。


「ふう……今回のメイザース学園との一件での、サクヤ達の功績も考え、修学旅行は来年に延期の方向で考えるとしよう」

「! お父様!」


 深く息を吐いてかぶりを振るお父様のその言葉に、私は思わず顔をほころばせる。

 ふふ! やった! やったぞ! これで来年は、望月くんと修学旅行だ!


「だが」

「ふふ……………………え? だが・・?」

「来年の合同修学旅行には、学園長であるこの私も引率として参加する」

「えええええええええ!?」


 な、何故お父様が一緒に修学旅行に!?


「お、お父様はその、お仕事が忙しい……「ならば、修学旅行は延期をせずに予定通り……」……あああああ!? お、お父様も一緒に行けて嬉しいです!」


 く、くそう……! こ、これでは私の計画が……!


「所長、さすがにこの研究所を留守にするというのは……」


 すると、高坂さんが苦笑いしながらお父様をいさめた。

 よし! 高坂さんよく言ったぞ!


「だ、だが、ほんの一週間程度、この私がいなくとも……「駄目ですよ」……むむむむむ……」


 お父様はうなった後、シュン、と肩を落としてしまった。


「ですので、この私が所長の代わりに修学旅行に行って、サクヤさんを監視しますよ」

「はあ!?」


 高坂さんの突然の申し出に、私は声を荒げた。

 な、何故高坂さんと一緒でないといけないのだ! それこそ、お父様と一緒のほうが何倍もましだ!


「いや、それこそ絶対に認めん! 高坂くんはこの研究所で仕事をしろ!」

「はあ……」


 高坂さんが溜息を吐き、私のほうをチラリ、と見た。

 全く……不快だな……。


「……まあ、修学旅行の引率に関してはおいおい考えるとしよう。それで?」

「あ、ああ、すいません……」


 不機嫌な表情を浮かべるお父様に促され、高坂さんが手に持つ書類を渡した。


「ふむ……今回の“柱”も、一体目の“柱”の半分程度か……」

「ええ。さすがに四体中三体がこの様子では、今後も期待できないかと……」

「むう……」


 高坂さんの言葉に、お父様がうなる。


「……そこで提案なのですが」

「……なんだね?」

「はい。“柱”に関する文献・・を調べたところによると、どうやら幽子の吸収量を倍に向上させるという、大変貴重なアイテムが存在するようです。それを手に入れれば、ひょっとしたら……」

「得られる“ウルズの泥水”を吸収できる量が、倍になる、か……」


 ここまで高坂さんお話しを聞き、私は思わず彼を凝視する。

 何故なら、彼が告げたそのアイテムこそが、望月くんからもらった“エリネドの指輪”なのだから。


「分かった。“GSMOグスモ”に指示を出すと共に、政府にも要請してそのアイテムの存在を調査しよう」

「はい」


 ……さすがに“エリネドの指輪”のような超貴重なレアアイテムなど、二つも存在しないとは思うが……。


 私は、この得も言われない不安を抑え込むように、胸に手を当て、ギュ、と拳を握った。

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