第260話 あなたがくれた揚羽蝶⑤

■土御門シキ視点


「ホホ……」

「何なノ? 気持ち悪いわネ……」


 アレイスター学園に転校してきてから最初の休日、わらわはプラーミャとこの辺りでは有名なカフェに来たのじゃが……少し思い出し笑いしたくらいで、そのように言わんでも……。


「ホ、ところで、今日はすまんのう」

「何ヨ。言っとくけど、奢りじゃないかラ」

「なんじゃ、つれないのう……」


 プラーミャはフン、と鼻を鳴らして顔を背ける。

 しかし、今日わらわを誘ってくれたのは、改めて歓迎してくれるからではないのか?


「モウ、歓迎会はアナタが転校してきた日にしたじゃなイ」

「そ、それはそうじゃが……じゃったら、今日わらわを呼び出したのは……?」


 わらわは意図が分からず、プラーミャに尋ねた。


「フ、フン! サンドラがヨーヘイとどこかに出掛けて暇だったからたまたまヨ!」

「な、なるほどの……」


 プラーミャは鼻を鳴らして顔を背けてしまったが、少し頬が赤いところを見ると、単なる照れ隠しのようじゃ。

 ホホ……わらわにツンデレなぞせず、意中の・・・男子おのこにすればよかろうに。


「それよリ……その扇、そんな紋章なんかあったかしラ?」

「ホホ……これは、の……」


 あの時のことを思い出し、わらわは顔が熱くなるのを感じる。

 歓迎会の次の日の放課後、あの男子に呼び出され、この扇……『揚羽蝶紋付き扇』を貰ったのじゃ……。


 この“揚羽蝶”の紋こそ、『土御門家』が華族であることの証。

 五代前の当主が生活のため、やむを得ず手放した紋付きの品々じゃったが、とうとう……とうとう、わらわの下に……!


「フン、知ってるわヨ。アオイ・・・に貰ったんでショ? ……だけド、勘違いしないでネ」

「ホホ……分かっておるわ……」


 少し不機嫌に告げるプラーミャにそう答えると、わらわは扇を閉じ、キュ、と胸に抱いた。


「ハア……全く、アイツときたラ……」


 そう言って、プラーミャがこめかみを押さえて溜息を吐く。

 じゃが、もちろん勘違いなぞしておらぬえ。


 だって、わらわは全てを・・・見てしまったのじゃから。


 ◇


「こ、これは……!」

「あはは……コレ、土御門さんにとって大切なものなんだよね?」


 あの日の放課後、立花に呼び出されて校舎裏へと来ると、苦笑しながら『揚羽蝶紋付き扇』を渡された。


「こ、これをどうして……!」

「あーうん……それはチョット言えないかなあ……」


 そう言うと、立花は気まずそうに視線を逸らす。

 それだけで、この男子がよからぬ手段で手に入れたことが想像できた。そしてそれは、このわらわのために……。


「ま、まあ、その代わりと言っちゃなんだけど、これからはボク達と一緒に領域エリア攻略とか手伝ってくれると嬉しい、かな……」

「ホ……ホホ……! も、もちろん……じゃとも……っ!」


 扇を握りしめ、わらわの瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。

 当たり前じゃ……! このを、わらわが……いや、『土御門家』がどれほど求めっておったか……!


「あはは……そういうことだから、これからよろしくね!」

「うむ……うむ……!」


 わらわがただ頷くと、立花はクルリ、ときびすを返した。


「それじゃ!」

「あ……ま、待って……!」


 手を振りながら颯爽とこの場を去っていく立花に向け、わらわは必死で手を伸ばすが、あやつの姿はすぐに見えなくなってしまった。


「ホホ……わらわは、この恩をどうやって返せばよいのじゃ……!」


 どうやって……? そんなの、決まっておる!

 これからは、あやつ達のために尽くすのじゃ!


 わらわはそう誓うと、拳を握る……って。

 ホホ、こんなところにいつまでもいてる場合ではない。寮に帰って、父様と母様に早速報告をせねばの!


 そう思い、足早に校門へと向かう。


「モウ……こんな面倒なことしないで、キミが直接渡せばよかったじゃないかあ……」

「はは、悪い……」


 話し声が聞こえたので覗いて見ると。


「あれは、立花と……望月?」


 そこにいたのは、口を尖らせる立花と、頭をきながら苦笑する望月だった。


「でも、土御門さんはすごく喜んでたよ! ……まあ、どうやって手に入れたのかって聞かれた時は焦っちゃったけど」

「あー……だけど、喜んだみたいで良かったよ」

「とにかく! 約束通り今度のお休みはボクと一緒に遊んでよね!」

「はは、おう!」


 嬉しそうに笑う二人を見て、わらわは事実を知った。


 本当は……あの、望月が……。


 ◇


「ホホ……まあ、わらわは勘違いなどせぬし、お主の邪魔・・・・・なぞせぬ」

「ハ、ハア!? ヤッパリ、なにか勘違いしてるでショ!」


 わらわが含み笑いをすると、プラーミャは顔を真っ赤にして抗議した。


 そして。


「本当にモウ……ヨーヘイのバカ……」


 プラーミャが口を尖らせ、ポツリ、と呟きおった。

 ホ……まさか、結局わらわは邪魔をすることになる、のかの……?


「それト! こうなった以上、アナタはこのヤーに協力して、ヨーヘイとサンドラをくっつけるのヨ!」

「な、なんじゃと!?」


 こ、これは予想外なのじゃ……!


「ナニ? ひょっとしテ、ついさっきの言葉は嘘なノ?」

「い、いや、そういうことでは……」


 ま、まいったのう……まさか、わらわがライバル・・・・の恋路の手助けをすることになるとは……。


「じゃ、じゃが……お主は・・・それでよいのかえ……?」


 わらわはたまらずプラーミャに尋ねる。

 だって、プラーミャは……。


「フン! ……ヤーは、大好きなサンドラが幸せなら、それでいいのヨ……」

「……お主も、難儀な奴よのう……」


 全く……そのような瞳をされてしまっては、断れぬわ……。


「ホ……仕方ない、のう……」


 そう言って、わらわは苦笑する。

 なにせ、プラーミャには借りがあるからの……。


 元々、気持ちに折り合いをつけるのはわらわの得意技じゃ。


 この先どうなるかは分からぬが……とりあえずはこの不器用な貴族に、付き合うとするかの。

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