第257話 あなたがくれた揚羽蝶②

■土御門シキ視点


 近衛スミが中学から去ってからというもの、わらわは毎日、精霊ガイストのレベル上げに明け暮れる。


 中学を卒業してあの女がいるメイザース学園に入学するまでの二年という猶予期間。わらわはこの間に、『土御門家』として相応しい力を身につけねばならぬ。


 今まではあの女の相手をせねばならぬゆえ、自分の時間というものはなかったのじゃが、たまに呼び出されては顎で使われるものの、かなり自由な時間が増えたからの。


「それもこれも、『土御門家』を再興して、わらわが名実共に華族・・となれば……!」


 わらわはギリ、と歯噛みすると。


「[導摩法師]」


 わらわだけの精霊ガイスト、[導摩法師]を召喚した。


「ホホ……お主だけは、いつでもわらわの味方でいてくれる……お主だけが、わらわの希望なのじゃ……」


 [導摩法師]にしがみ付きながら、わらわは心情を吐露する。

 もちろん、父様も母様もわらわの味方じゃが、それはあくまでも華族としてのわらわ。

 ただの・・・わらわじゃったら、父様と母様も……。


 すると。


「……ホホ、[導摩法師]は優しいのう……」

『…………………………』


 優しくわらわの頭を撫でてくれる[導摩法師]に甘えるように、わらわはその顔を思い切りうずめた。

 わらわの涙を、見られないようにするために。


 ◇


 中学卒業を迎える頃には、[導摩法師]のレベルが三十に到達した。

 これは、メイザース学園の新入生としては破格じゃ。


「ホホ……いよいよ明日、卒業じゃの……」


 布団の中で、わらわはポツリ、と呟く。

 メイザース学園は、この東方国においてアレイスター学園と二分するほどの精霊ガイスト使いの名門校。

 華族であったとしても、おいそれと通えるところではない。


 わらわは、あらかじめ『近衛家』より入学の手配をされておったため、すんなりと入ることができた。

 ……まあ、わらわは近衛スミのオモチャとして期待されておるからの。


「また、あの日々が始まるのじゃ……じゃが、これでまた『土御門家』の再興に一歩近づく……」


 そう……このメイザース学園で頭角を現し、『近衛家』以外の華族からも注目を集めれば、より『土御門家』の再興が近づくというもの。

 しかも、上手くすれば近衛スミから離れることも……。


「……ホホ、そう簡単に行くわけもないのに、愚かじゃのう……」


 おそらく、近衛スミはわらわを手放すことはないじゃろう。

 これほど使い勝手がよく、簡単に切り捨てられる存在なぞ、わらわをおいて他にないからの……。


「でも……!」


 それが『土御門家』の再興への近道ならば、わらわは甘んじて受けよう。

 たとえそれが、わらわ自身を殺すことになったとしても。


 そう誓いながら、わらわは胸に手をおいてキュ、と握った。


 ◇


 いよいよメイザース学園に入学したわらわは、当然ながら一年生ではわらわの相手になる者はおらなんだ。


 すると、これも予定調和ではあるが、メイザース学園生徒会から声がかかる。

 もちろん、近衛スミの手足となって働くために。


「……フン、土御門・・・風情が」


 そのわらわをスカウトに来たはずの副会長、“鷲尾イオリ”はわらわを一瞥すると鼻を鳴らした。

 まあ、『鷲尾家』も『五摂家』とまではいかないものの、名門華族であることには変わりないからの。その態度も頷ける。


 ……後になって知ったが、この副会長はどうやら近衛スミのことに惚れておったようじゃ。それで、お気に入りであるわらわに嫉妬したらしい。何とも、迷惑な話じゃ。


 とはいえ、この副会長は見る目がないというか、何というか……。

 他にもよい女子おなごはおるのに、あえて近衛スミを選ぶのじゃからのう……難儀なことじゃ。


「ふふ……せっかく生徒会に入れてあげたのですから、身を粉にして働くのですよ?」

「ホホ……分かっておる」


 クスクスと笑う近衛スミに、わらわは扇で口元を隠しながら微笑み返す。

 これも、慣れたものよ……最初は、わらわの表情を読まれるのが嫌で始めたことじゃが、今ではもう癖みたいになってしまっておる。


 まあ、わらわもこやつに染まってしまったのか、それとも……これこそが華族・・というものなのか……。


 そして、正式に生徒会会計に任命されたわらわは、生徒会の仕事……ではなく、近衛スミの影として学園内で暗躍した。


 もちろん、これは近衛スミにとって都合のいいようにするために、時には非合法な……要は近衛スミのがに入らない者や敵対する者の排除、じゃな……そんなことを続けておった。

 ホホ……まあ、元々『土御門家』はそのようなお役目を与えられておったのじゃ。むしろ望むところじゃの。


 ……願わくば、近衛スミではなく、わらわが心服できるような者がよいのじゃが……。


 ホホ……さすがにそれは、ないものねだりというものじゃの。


 そんな裏方としての毎日を送り、あと一か月で夏休みになろうかという頃。


 あの女……“木崎セシル”が転校してきた。


 聞けば、木崎セシルは東の雄、アレイスター学園で問題を起こし、居場所を失くして逃げるようにうちの学園へとやってきたようじゃが……メイザース学園も、そのような問題児をよく受け入れる気になったと思ったものじゃ。


 じゃが。


「ふふ……彼女はうちの生徒会の一員として働いてもらうことになります」

「っ!? じゃ、じゃが、会長も知っておろう!? あやつの前の学園での噂を……!」

「もちろんですよ。ですが、これは『近衛家』として彼女を受け入れてあげたのです。なら、あなたも分かりますよね?」


 ホ……こう言われてしまっては、わらわはもう何も言うことはできぬ。

 じゃがそのような問題児を、どうして『近衛家』は受け入れようと考えたのじゃ? どう考えても、後々面倒なことにしかならぬというのに。


 ……まあ、そのようなことをわらわが考えても仕方がない、か……。


 そして。


「うふふ……“木崎セシル”です。これからどうぞよろしくお願いします」


 木崎セシルは、生徒会室で柔らかい笑みを浮かべながらそう挨拶した。

 ホホ……なんとも、まるで“聖女”のようなたたずまいとでもいうのかのう。その表情に、慈愛が満ちておる。


 じゃが……わらわには分かる。


 こやつから、近衛スミと同じ、醜悪な臭い・・・・・が漂っておるのが。


「ふふ、みなさんも木崎さんをよろしくお願いします。そうですねえ……土御門さんが彼女の面倒を見てあげてくださいね?」

「ホ……承知したえ」


 できれば近寄りたくもないが、近衛スミの指示じゃ。受け入れるしかあるまいて。


「よろしくの」

「うふふ、こちらこそよろしくお願いします」


 お互い言葉を交わし、握手をすると……ホ、わらわを見下しておることが、こやつの手からひしひしと感じるわ。

 何故なにゆえそこまで尊大な態度が取れるのかは分からぬが、まあ、わらわとしては当たり障りなく付き合うとしようかの。


 わらわに、火の粉が飛んでこぬように。

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