幕間

第256話 あなたがくれた揚羽蝶①

■土御門シキ視点


『土御門家』の再興。


 それこそが、この由緒ある家に生を受けた、わらわの全てじゃった。


 幼い頃から『土御門家』の嫡子ちゃくしとしての英才教育を受け、華族に相応しい教養と礼儀作法を身につけるための努力をした。

 ……といっても、わらわを指導したのは、父様ととさま母様ははさまではあるがの。


 本来の華族であるならば、外戚がいせきから一人、教育係をつけるのが一般的ではあるのじゃが、『土御門家』は既に没落して久しいがゆえ、外戚は全て華族としての身分を捨てて一般社会に溶け込んでしまっておる。


 それに、本家であるうちも、裕福な家庭では一切ないしの。


 わらわとしては家が決して裕福でなくとも、指導・・という形ではあるものの、父様や母様がいつもわらわに構ってくれたし、何より二人共、たくさんの愛情を注いでくれた。


 とはいえ、このような落ちぶれた家というのは、華族の世界においては底辺。華族の子どもが通う学校では、わらわはいつもいじめられたり、召使いのような扱いを受けておった。


 じゃが、それが華族というものであり、底辺であるわらわはただ受け入れるほかはない。


 もちろんわらわも、これを良しとしているわけではなく、いつか『土御門家』を再興させねばならん。


 じゃから。


「あら……あなた、あの『土御門家』ですよね……?」

「はい……よろしければ、近衛様にお仕えしたく……」


 わらわは二歳年上で『五摂家』の筆頭である『近衛家』の嫡子、近衛スミの教室へ行くなり、彼女の目の前で土下座して頼み込んだ。

 わらわは『土御門家』を再興するに当たり、この女を利用することにしたのじゃ。


 この女に気に入られれば、華族の頂点に立つ『近衛家』の支援を得て『土御門家』が再興できる……そんな浅はかなことを、幼かったわらわは考えたのじゃ。


 そんなわらわに、近衛スミの周りにいよった取り巻き共は、侮蔑の視線を向ける。


 じゃが、わらわにとってはそんな視線なぞ、どうということはない。

 わらわにあるのは、『土御門家』を再興して、父様と母様を喜ばせることだけなのじゃから。


「ふふ……気に入りました。では、これからあなたは私の下僕、ということで」


 優雅に微笑みながらわらわを見下ろし、近衛スミは静かにそう告げる。

 その姿は、まさに華族の頂点に相応しいものだったじゃろう。


 ……その、どこまでも尊大で、自分以外の人間を虫ケラであると言わんばかりの、その腐った瞳さえなければ、の。


 それからというもの、わらわは事あるごとに近衛スミに呼び出されては、いいように使われてきた。

 小間使いみたいなもののほか、時には近衛スミが気に入らない奴への嫌がらせ、逆に面白半分でわらわが他の華族にいじめられるように仕向けられることもあった。


 そんなわらわを見て、近衛スミは嬉しそうに笑う。

 わらわも、そんな近衛スミに愛想笑いを繰り返した。


 そして、中学に進学した直後のこと。


 わらわに、精霊ガイストが発現した。


 父様と母様がそれを知った時、これ以上ないほど喜んでくれた。『これこそ、我が『土御門家』が華族であるまぎれもない証だ』、と。


 というのも、元々『土御門家』は大国主おおくにぬし祈祷きとうや占い、あるいは大国主に敵対する者を呪いで排除することを役目としており、それを執り行うため、一族の中から精霊ガイスト使いをその嫡流ちゃくりゅうとしてきた。


 それが、五代前から『土御門家』には精霊ガイスト使いが現れず、本来のお役目を全うできなくなったことで、この家は没落をしてしまったのじゃ……。


 そこにきて、わらわの精霊ガイストの発現。

 父様も母様も、過大に期待するのも仕方ないというものじゃ。


 じゃが。


「……『土御門家』のくせに、生意気ですね」

「あうっ!?」


 そんなわらわが気に入らず、近衛スミは取り巻きに命じてわらわを袋叩きにした。

 何故なら。


「この! 私が! まだ精霊ガイストが発現していないというのに! なんで下僕のオマエが私より先なんだよッッ!」

「ギャッ!?」


 うずくまるわらわを、近衛スミは執拗に蹴った。

 ホ……ホホ……まあ、完全に嫉妬、じゃな……。


 それでも。


「ホホ……」

「っ! 何笑ってるの! キモチワルイのよ!」

「ギャウッ!?」


 わらわは、今まで通り笑うしかない。

 たとえ殴られようとも、蹴られようとも、あらゆる辱めを受けたとしても、『土御門家』の再興のためにはこの女にすがるしかないのじゃ……!


 結局、近衛スミが中学卒業直前に精霊ガイストが発現するまで、わらわは毎日のように暴行を受け続けた。


 しかも、中学の教師や家族にバレぬよう、ご丁寧に顔を一切傷つけずに。


「ふふ……まあ、あなたも精霊ガイスト使いなのですから、当然、メイザース学園に進学するのですよ?」


 卒業式の日、まるであのイジメていた日々がなかったかのように、近衛スミは優雅に微笑みながらわらわにそう告げる。


「ホホ……承知……」


 わらわはいつものように微笑みながら、卒業生として中学の門をくぐる近衛スミに、深々と頭を下げて見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る