第254話 不安と推測

「……もう。本当は私が戦うところを見て欲しかったのに」

「あははー……」


 メイザース学園との交流戦及び団体戦が行われた次の日の振替休日。

 ルフランでガトーフレーズにフォークを突き刺したまま口を尖らせる悠木に、俺は苦笑いしていた。


「ふふ……まあ、そう言ってあげないでくれ。彼も、なかなか大変な思いをしていたのだから」

「……そ、それは分かってますけど……」


 先輩の助け舟のおかげで、何とか矛を収める悠木だけど……うん、絶対に納得してないだろ。


「ふふ……ですが、確かに私の雄姿を見ていただけなかったのは、少々残念ですね」


 そう言うと、氷室先輩はクスクスと笑いながら紅茶を口に含む。

 いや、氷室先輩、一応最後のトドメを刺す場面にはちゃんといたじゃないですか……。


 というか、先輩の連絡で駆けつけた“GSMOグスモ”に中条シドと近衛スミ、そして土御門さんを引き渡してから会場に戻ると、なんと氷室先輩はまだ試合を継続中だったのだ。


 ただ、対戦相手のメイザース学園生徒会副会長である鷲尾イオリは既にボロボロの状態で、何度もギブアップしようと試みるも室先輩はそれを許さず、[ポリアフ]の【スナイプ】でその口を閉じさせていたし……。

 で、ならばとわざと倒れてKO負けを狙うけど、同じく【スナイプ】で無理やり身体を起こされてしまっていたし……。


 俺達が到着してようやく解放された時の副会長は号泣しつつも、これ以上ないほど安堵した表情を浮かべていたなあ……


「お、俺、絶対に氷室先輩とは戦いたくねー……」


 奇遇だな加隈、俺もだよ。


「それデ……あの“GSMO”に連れて行かれた三人は、これからどうなるんですノ?」

「うむ。それだが……」


 先輩は少し視線を落としながら、訥々とつとつと話し始めた。


 まず、中条シドについては、悠木が入所していた例の施設ではなく、また別の施設に送られることになったそうだ。

 というのも、中条シドの精霊ガイストの能力がデタラメ過ぎて、あの施設では中条シドを管理することができないらしい。


 でも。


『クク……我は敗者の身。そのような真似をしなくても、今さらジタバタしないさ』


 俺とサンドラに敗れた時に言った、中条シドのあの言葉。

 “GSMOグスモ”に拘束された時も一切暴れたりすることなく、ただ静かに指示に従っていたアイツが、脱走や暴動を企てるとか、そんなことをしでかすとは到底思えないけど、な……。


 次に、近衛スミについては、こちらも中条シドと同じ施設送りとなった。

 中条シドみたいに実力的に……というよりも、むしろ『近衛家』から隔離するためのものらしい。

 要は、『近衛家』に圧力をかけられてしまい、アッサリと施設から出所してしまうことを危惧して、ということだ。


 これについては、先輩のお父さんである学園長からの強い指示でそうなったらしい。

 先輩曰く、学園長はこの機会を利用して、東方国での『五摂家せっけ』の弱体化を狙ってるんじゃないかとのことだった。いや、そんな話を俺達にしてもいいんですかね?


 そして……土御門さん。

 彼女は、前の二人とは異なり、悠木のいた施設で事情聴取を受けているとのことだ。

 だけど、今回の首謀者はメイザース学園長である“麻岡マキ”であること、さらには、近衛スミの指示で動かされていたこと、何より本人が協力的で、『近衛家』に関する裏の情報についての提供もあったことから、すぐにでも施設を出ることになるとのことだ。


 まあ、いわゆる司法取引・・・・ってヤツだな。

 この辺は『ガイスト×レブナント』のメインシナリオでも同じ結果になっていたし、既定路線ではあるけれども。


「……というわけで、今回の騒動に関する顛末てんまつとしては以上だ」


 一気に説明をし終えると、先輩が軽く息を吐いた。


「ですけド、それだと向こうの学園長は何の処分もなし・・なんですノ?」

「それに、残された生徒会のメンバーについても気になりますね……」


 サンドラと氷室先輩が、口々に疑問点を呟く。

 確かに、その三人にも何らかのペナルティがあってもよさそうなモンだけど……。


「ああ。もちろんメイザース学園の学園長に関しては、現在は謹慎中で、追って国から処分が言い渡されることになるらしい。少なくとも、あの学園から去ることは間違いないだろう」


 まあ、当然だろうな。

 なにせ、この国の最重要機密である『ユグドラシル計画』を、自分の野望のために強引に奪って、利用しようと考えたわけだから。


「そして、生徒会メンバーの二人……というか、生徒会そのものに関してだが、現生徒会は解体し、改めて選挙によって民主的に新生徒会が発足される」

「え? 生徒会って、普通は選挙じゃないの?」


 不思議に思った立花が、先輩に尋ねる。


「……私も転校して知ったけど、メイザース学園の生徒会長は先代による指名制……そして、副会長以下は会長による指名なのよ」

「へえー……」


 先輩に代わって悠木が説明すると、納得した立花はウンウン、と頷いた。


「じゃああの二人ハ、単に生徒会を辞めたってだけで何の処分も受けないのネ」


 腑に落ちないプラーミャは、そう言って眉根を寄せた。


「そのことだが……残った生徒会メンバーのうち、木崎セシルについては消息がつかめていない」

「「「「「え……?」」」」」


 その言葉に、俺達は一斉に先輩を見る。


「ソ、ソレッて、どういうことなんですノ!?」

「……昨日の交流戦終了後、メイザース学園へと帰路につく生徒達の中に、木崎セシルの姿がなかったらしい」

「……で、でも、それだったら私みたいに実家に帰っていたりするんじゃ……」


 先輩が説明すると、今度は悠木がおずおずと尋ねる。


「いや、これはお父……学園長から教えていただいたんだが、木崎セシルは実家にも帰っておらず、“GSMOグスモ”にも消息はつかめていないとのことだ……」

「「「「「…………………………」」」」」


 あのクソ女……一体どこに雲隠れしたんだ……?

 いや、そもそもアイツに関しては、不審な点が多すぎる。

 アイツには絶対に知るはずがない情報を知ってたりするかと思えば、どこかちぐはぐだったり……。


「……とにかく、木崎セシルについては“GSMOグスモ”で引き続き消息を追うから、君達は心配する必要はない。さあ、せっかくの交流戦の打ち上げなんだ、楽しくスイーツを食べようじゃないか」


 先輩はニコリ、と微笑んで、みんなを促した。

 みんなも木崎のことは片隅に追いやり、それからは交流戦でのことについて花を咲かせる。


 だけど。


「……はは、まさかな」

「? ヨーヘイ?」


 俺が乾いた笑いを浮かべると、サンドラが不思議そうに俺の顔を覗き込む。


「いや……何でもない」


 俺はゆっくりとかぶりを振り、急に沸き上がった不安と推測・・を追い払った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る