第253話 揚羽蝶紋付き扇

『はうはう! 食らうのです! 【裂】!』

『ギャウンッ!?』


 レベル三十である幽鬼レブナント、“ブロンズウルフ”が[シン]の呪符で倒されると、その姿を幽子とマテリアルへと変える。


『はう! ここの幽鬼レブナントは弱いのです! 楽勝なのです!』


 そう言って[シン]は胸を張ってエッヘン、と自慢した。

 まあ、確かに[シン]の言う通り、この“南山みなみやま領域エリアの攻略難易度は“グラハム塔”領域エリアと同じ。俺達じゃ楽勝なのも当たり前だ。


『ですけど、こんなところに来てどうするのです? しかも、桐姉さまやアレク姉さまも一緒じゃないのです』


 [シン』はコテン、と首を傾けながら尋ねる。


「はは……実はこの領域エリアって、私有地なんだよ。つまり……まあ、俺達は泥棒と一緒、かなあ……」


 そう告げると、俺は頭をきながら苦笑した。


『はうはうはうはう!? ひょ、ひょっとしてマスターと[シン]は犯罪者なのですか!?』

「シッ! 声が大きい!」

『ムグッ!』


 驚いて大声で叫ぶ[シン]に静かにするよう指示すると、察した[シン]は両手で慌てて口を押えた。

 だけど……実際そうなんだよなあ……俺達がやってることは犯罪行為で、だからこそ先輩とサンドラを巻き込めないわけで……。


『ど、どうしてこんなことをしたのですか……?』


 [シン]がオニキスの瞳を潤ませ、上目遣いで俺を見つめる。


「そ、それは……ここには、どうしても必要なアイテムがあるんだよ……」


 そう……この“南山”領域エリアには、今の俺にとって重要なアイテムがある。

 それが、『揚羽蝶あげはちょう紋入り扇』というキーアイテムだ。


『はう……そのアイテムを手に入れて、どうするのです?』

「決まってる。土御門さんに渡すんだよ」


 実は、『揚羽蝶あげはちょう紋入り扇』こそが、土御門さんがクラスチェンジを果たすための条件なのだ。

 今日戦った時の印象を見る限り、必要レベルも申し分なさそうだし、それさえあればクラスチェンジがいつでも可能になるはず。


「……といっても、今じゃ『まとめサイト』に書いてある内容と違っていたりすることも結構あるし、確実に必要かって言われれば微妙なんだけど」

『そ、そうなのですか? だったら、まずはクラスチェンジができるのか、聞いてからでもよかったのです?』

「だけど、そのアイテムはクラスチェンジのためのキーアイテムという以外にも、もう一つ大事な役割があるんだ」


 というか、俺にとってむしろソッチこそが本命。

 ずっと『土御門家』を再興することだけをよりどころとしていた土御門さんは、その再興に当たって最も必要となるもの……“家紋”を求め続けているのだ。


 だって、華族にとって“家紋”こそが、華族であることのたりえるのだから。


「はは……今日のプラーミャの言葉とは、完全に真逆ではあるんだけどな。だけど……この東方国において、その家紋がないことには華族としての再興は成し得ないんだ」


 あの『まとめサイト』によれば、『土御門家』の家紋である『揚羽蝶紋』を手に入れたことが足掛かりとなり、三年生の春には再興を見事に果たしたことが、『ガイスト×レブナント』のエピローグで語られるらしい。


 だから。


「土御門さんがうちの学園に転校してくる前までに、そのアイテムを何としてでも入手する必要があるんだ……って」


 そこまで説明すると、何故か[シン]が俺をジト目で見つめていた。


「え、ええと……?」

『はうう……マスターは、またそうやって無自覚に……』


 その呟きに、[シン]が何を危惧しているのか気づく。

 あー……確かにこれを主人公が直接渡すことで土御門さんの恋愛フラグが立ち、土御門ルートへと発展するんだよなあ……。


「はは……一応、氷室先輩の時みたいな失敗はするつもりはないよ」

『……本当なのです?』

「おう!」


 [シン]はなおも疑いの視線を向けてくるが、俺はドン、と胸を叩いてそれを示す。

 ふっふっふ……もちろん俺もちゃんと考えているとも!


「ま、そういうことだから[シン]は心配するな。大体、俺はハーレム主人公なんかにこれっぽちも興味ないんだよ。そういうのは、ラノベの世界だけで充分だ」

『はう……悪い予感しかしないのです……』


 チクショウ! 信用されてねえ!


「き、気を取り直して……ホラ、もうゴールだぞ」


 俺は目の前にある御殿を指差して[シン]に告げた。

 あの御殿の中には、領域エリアボスである“義貞”がいる。


 といっても、ここの領域エリアボスのレベルは三十五だから、まあ問題はないだろうけど。


「よっし!」


 俺は気合いを入れるため、両頬をパシン、と叩く。


「さあ! 領域エリアボスを倒してアイテムを入手したら、ここからとっとと出るぞ!」

『ハイなのです!』


 そして、俺と[シン]は御殿に足を踏み入れると。


『…………………………』


 部屋の中央に、胡坐をかいて武将風の姿をした幽鬼レブナントがいた。


「[シン]! 先手必勝だ!」

『了解なのです!』


 俺達の姿を補足した領域エリアボスがゆっくりと腰を上げるが、それよりも先に[シン]が呪符を何枚も貼り付けていく。


『食らうのです! 【裂】! 【雷】!』

『ッッッ!?』


 大量の呪符が一斉に発動し、稲妻と共に領域エリアボスの身体がズタズタに切り裂かれた。


「はは……ちょっとやり過ぎな気もするけど……まあいい! [シン]! このまま一気に片づけちまえ!」

『それー! なのです!』


 ようやく腰にく太刀に手を掛けた領域エリアボスだけど、それをさやから抜き切ることはなかった。


 何故なら。


『はうはうはう! 【凍】!』


 それよりも先に、[シン]は呪符で領域エリアボスの全身を凍らせていたから。


 そして。


『はう! 寒さから解放してあげる[シン]は優しいのです! 感謝するのです! 【爆】!』

『ガガガガガガガガガッッッ!?』


 トドメとばかりに大量の呪符が爆発し、結局領域エリアボスは一度もターンを与えられないまま、その姿を幽子とマテリアルに変えた。


『はう! マスター!』

「はは! よくやった!」


 俺の胸に勢いよく飛び込んできた[シン]を受け止めると、その黒髪をガシガシと撫でた。


『えへへー』


 嬉しそうにはにかむ[シン]を抱きかかえたまま、俺は奥へと進んで台座に恭しく鎮座されている木箱の蓋を開ける。


「よし! アイテムゲット!」


 中に入っていた『揚羽蝶紋入り扇』を手に取り、俺はグッ、と拳を握った。


『はう! あとはマスターが変なフラグを立てないことを祈るだけなのです!』

「だから立てないっつーの!」


 俺は[シン]にツッコミを入れつつ、口の端を持ち上げる。


 でも。


「その前に、明日の打ち上げが怖い……」


 そう呟くと、俺は思わず頭を抱えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る