第247話 鉄の処女

「テメエはッ! ゼッテェにコロスッッ! 【アイアン・メイデン】ッッッ!」


 近衛スミが絶叫に合わせ、[エルジェーベト]の頭上に、鎖で拘束されたあの有名な・・・・・、棺桶のような金属のオブジェが浮かび上がった。


「ホラホラッ! 泣いて謝るなら今のうちだぞッ! といっても、ゼッテェにグチャグチャにするけどなッッッ!」


 異様に長い舌を出し、狂ったようにヘドバンしながら醜悪なツラわらう近衛スミ。メインヒロインの定義とは一体……。


「あー、もうそういうのはいいからさあ……サッサとかかってきなよ」


 まるで、遊んでいたオモチャに飽きたかのように冷めた表情を浮かべる立花は、クイ、と顎でうながした。


「ああッ! やってやるよッ! 行けッッ! 【アイアン・メイデン】ッッッ!」


 [エルジェーベト]がス、と右手を上げると、【アイアン・メイデン】が[女媧]へと突撃した。


「あはは! 【チェンジ】!」


 立花は[女媧]から[伏犠ふっき]へと変えると。


「【玄武】」


 [伏犠]の前に、堅固な緑色の盾が現れた


 ――ガイイイイイイイイイインンン……ッッ!


【アイアン・メイデン】と【玄武】が激突し、激しい音が鳴り響く。


「あはは! この【玄武】は前方からの攻撃に関しては、サンドラさんの【ガーディアン】にだって負けないんだ! そんな程度じゃ、この盾を打ち破れるものか!」

「ハッ! それがどうしたッ! おめでたいねッッ!」

「っ!?」


【玄武】と押し合いをしている【アイアン・メイデン】に巻きつく鎖が、まるで触手のように伸びて【伏犠】へと迫る。

 うおお……あの鎖の動き、近衛シキの性格を現わしてるみたいで、超キモチワルイ。


「で? 盾が何だって? 前からの一方向でした防げないような代物、意味ねえんだよッッッ!」


 近衛シキは、勝ち誇るように叫ぶ。


 だけど。


「あはは。【白虎】、【青龍】」


 冷笑しながら立花は二体の魔獣を召喚すると、【青龍】が迫る鎖を巻き上げ、【白虎】がその爪で断ち切った。


「なあんだ……本当に拍子抜け……っ!?」

「ギャハハハハハハハハッッッ! かかったッッッ!」


 なんと、断ち切られた鎖が意思を持っているかのように[伏犠]にまとわりつき、その身体を拘束した。


「さあッ! 【アイアン・メイデン】! その精霊ガイストを取り込んじまいなッッッ!」


【アイアン・メイデン】は、その胴体をパカリ、と開き、空洞となっている内側には金属のとげがビッシリと詰まっていた。


「ふふ……もうこうなってはオシマイですね?」


 心に余裕ができたからなのか、急に豹変する前の優雅な表情を浮かべる近衛スミ。いや、今さら遅いだろ!


「ハア……それじゃ無防備が過ぎるよ。【竜の息吹】」


 [伏犠]が口を大きく開け、とげだらけの内部へ向けて【竜の息吹】を放った。


『ッッッ!?』


【アイアン・メイデン】の胴体に風穴が開き、その姿が幽子へと変わる。


「あはは、もうオシマイ?」

「ヒイッ!?」


 ニタア、とわらう立花に、近衛スミが後ずさった。


「っ! オイ! 土御門! この私を……近衛スミ様を助けろッ!」


 近衛スミはプラーミャと戦っている土御門さんへ向けて叫ぶ。


 だけど。


「っ! む、無理じゃ! わらわも手が離せぬ!」

「アアアアア! 使えねえッ! グズッ! マヌケッ!」


 必死で戦っている仲間の土御門さんに対し、近藤スミは罵詈雑言を浴びせかけた。


「……もういいよ。これ以上はボクも笑えない」


 そう言うと、[伏犠]がクレイモアを振りかぶると。


「終わりだよ。【朱雀】」


 [伏犠]は、[女媧]の【窮奇きゅうきと並ぶ最大火力の魔獣、【朱雀】を放った。


「あ……あああ……!」


 近衛スミが呆然と見つめる中、【朱雀】は[エルジェーベト]へと迫る。


 そして。


「『ギャアアアアアアアアアアアアアッッッ!?』」


 近衛スミと[エルジェーベト]は【朱雀】の炎に包まれ、悲鳴を上げながらもんどり打って倒れた。


「望月くん!」


 ぱあ、と笑顔を浮かべた立花が、俺へと振り向く。

 そしてその翡翠ひすいの瞳は、まるで『褒めて! 褒めて!』とねだっているように見えた。


「お、おう……やったな」


 そんな立花に俺もどう答えていいか分からず、とりあえず笑顔を引きつらせながらサムズアップした。


「えへへー、望月くんに褒められたよ」


 いや、モジモジしながら喜ぶなよ!?

 と、とにかく、近衛スミを拘束しないと。


「[シン]、頼む」

『了解なのです!』


 ビシッ! と敬礼ポーズをした[シン]は、倒れる[エルジェーベト]のそばへと寄ると、呪符を貼って拘束した。


「あああああああ! こんなことになったのも、役立たず共のせいだ! クソッ! バカ! マヌケ!」


 [伏犠]の攻撃を受けてボロボロのはずなのに、近衛スミの口からは止むことなく怨嗟えんさの声を漏らし続ける。


「オイ」

「クソがッ! 死ね! 死んでしまえッ……「オイッ!」」


 呼びかけてもなおも悪態を吐き続ける近衛シキに、遮るように大声で叫んだ。


「とにかく、オマエはこんな真似をしでかしたんだ……ちゃんと罪を償え」


 俺は近衛スミを見つめ、諭すように話しかける。


 だけど。


「ギャハハハハハハハハアアアアッ! 馬鹿じゃねえの! 『近衛家』の力で、すぐに無罪放免になるに決まってんだろッッッ! その時はテメエ等、全員覚えてろよ! 絶対にこの借りは返すッッ!」

「「「うわあ……」」」


 そんな近衛スミの姿に、俺、先輩、立花は思わず声を漏らした。


「土御門ッ! テメエもだ! ここまで使えねえ奴なんざ、華族どころか平民以下なんだよッッ! あーあ! これで『土御門家』は潰れちまうなあ! つーか、この私が……『近衛家』が、二度と日の目を見られないようにして……「バ、バカヤロウッ!?」」


 そう叫びながらニヤリ、とわらう近衛スミを、俺は慌てて止める。


「……どうして、じゃ……わらわは……わらわは、自分を殺してまでこんなにも尽くしてきたのに、どうして『土御門家』ばかり苦汁をなめ続けねばならんのじゃ……っ!」

「マ、マズイッ!?」

「「ヨーヘイ!?」」


 ラーミャの[スヴァローグ]のハルバードが[導摩法師]に迫ろうとする中、そんなこともお構いなしに二人の間に割って入ろうとする。


 だけど……間に合わなかったみたいだ。


『ワラワハ……ワラワハアアアアアアアアアアアアアッッッ!』


 そんな絶叫と共に、土御門さんの身体が幽子の渦に包まれた。

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