第246話 豹変

「ハア……この私も、舐められたものですね……」


 近衛スミはこめかみを押さえ、溜息を吐きながらかぶりを振った。


「あはは。オマエこそ、このボクを舐めすぎじゃないの?」

「当然でしょう? ただの平民風情が、東方国の華族の頂点に立つ五摂家せっけの筆頭、『近衛家』の嫡子であるこの私……近衛スミに敵うはずがないでしょう?」


 まるで残念な者でも見るかのように、近衛スミは憐憫れんびんの眼差しを向ける。


「はは、その五摂家の筆頭様も、先輩にビビってるけどな」

「……黙りなさい」


 図星を突かれたのがそんな嫌だったのか、近衛スミは唇を噛みながらキッ、と俺を睨んだ。

 だったら、最初から余計なことを言わなきゃいいのに。


「……まあいいでしょう。この男なのか女なのか分からないような者は速やかに倒し、早くこの不快な場所から立ち去るとしましょうか」


 そう言うと、[エルジェーベト]がス、と右手をかざした。


「【チェイン】」

「っ!?」


 その言葉と共に、足元から無数の鎖が現れて[女媧]を拘束しにかかる。

 これは、さっき【檮杌とうごつ】を潰した、あのスキル。


 だけど。


「あはは! 【渾敦こんとん】!」


 現れた一匹の犬の魔獣が自身の長い尻尾を噛み、[女媧]と鎖を囲むようにグルグルと回り出す。

 すると鎖は、瞬く間に消滅してしまった。


「あはは、この【渾敦こんとん】はさっき見てるよね? なのに、こんな無駄な攻撃をするだなんて、本当にバカだなあ」

「っ! ……ふふ、あまり調子に乗らないことですね。【ファラリス】!」


 近衛スミがそう叫ぶと、今度は真鍮しんちゅうの巨大な牛が現れた。


「あはは! これ知ってるよ! 確か、ニンゲンを中に閉じ込めて火あぶりにする拷問器具だよね?」


 あー……なんか見覚えがあると思ったら……。

 だけどよくよく考えてみると、この[エルジェーベト]って精霊ガイスト、拘束系のスキルが多いと思ったけど、そういうことか。


 まあ、ある意味、性格がクソな近衛スミにはピッタリな精霊ガイストだな。あの時の『私に相応しい』って言葉も、今なら頷ける。


「あはは、本当に趣味が悪いなあ。オマエの言う華族って、みんなこんな感じなの?」

「ふふ……全てを持つ私にとって、もはや楽しみと言えば、下々の者が苦しむ姿くらいしかありませんから」


 いや、サラッと言ったけど怖いなオイ!?

 しかも、なんでそんなに楽し気なんだよ!?


「あはははは! 正真正銘のクズだ!」

「ふふ……行きなさい! 【ファラリス】!」


 主の命を受け、【ファラリス】は[女媧]に向かって突進した。


『シッ!』


 [女媧]が迎撃の体勢を取り、レイピアによる無数の連撃を繰り出す。

 すると……突然【ファラリス】は[女媧]の頭上へと飛び上がり、その腹をまるで口のようにパカリ、と開けた。


 そして、[女媧]を頭から飲み込んでしまった。


「ふふふふふ! さあ! 愉快な鳴き声を聞かせてくださいね! 【ヘルファイア】!」


 醜くわらう近衛スミが、【ファラリス】の胴体目がけて【火属性魔法】の上級魔法、【ヘルファイア】を放った。

 当然、【ファラリス】は全身を燃え盛る炎に包まれ、文献やネット情報にあるようにその中は地獄の熱さだろう。


 だけど。


「あははははははははは! ホント、おめでたいよね!」

「っ! なんですって!」


 腹を抱えて笑う立花の姿に、近衛スミは顔を歪める。


「あはははは! だって、ボクの[女媧]は【火属性反射】のスキルを持ってるんだよ? 【火属性魔法】での熱攻撃なんて、受け付けるはずないじゃないか! ホラ!」


 笑い過ぎて涙目になっている立花は、業火に包まれている【ファラリス】を指差した。


「っ!?」


 すると、【ファラリス】の胴体に徐々に亀裂が入り始める。

 おそらく【火属性反射】によって【ヘルファイア】が反射し、【ファラリス】は内部からダメージを受け続けているんだろう。


 そして。


 ――ギイイイインンンン……ッ!


 鈍い音と共に【ファラリス】は砕け、中から無傷の[女媧]が現れた。


「あはは! これじゃあ、ただの自爆だね!」

「っ……!」


 嬉しそうに笑う立花を、忌々し気に見つめる近衛スミ。


「ねえ? オマエの精霊ガイストのスキルって、こんな下らないものしかないの? だったら拍子抜けだなあ」


 まるで見下すような視線を浴びせながら肩を竦める立花。というか、あおりスキルは俺専用なんだぞ? 俺の影が薄くなるから、お前は使うのをヤメロ。


「ふ……ふふ……」


 しかも、メッチャ近衛スミに刺さってるし。

 見ろよ、肩まで震わせて……。


「いいですよ……? でしたら[エルジェーベト]の最大スキルで、その可愛い顔をズタズタにしてやるよおおお! この、クソカスがあああああああッッッ!」


 うおおっ!? 近衛スミ、メッチャキレた!

 というか、あの清楚で優雅なイメージはドコ行ったんだよ!? 


「あはははは! ホント、醜いなあ! これが華族なの? ウケル!」

「キイイイイイイイイイッッッ!」


 さらに追い打ちをかけてあおる立花に、近衛スミはその綺麗な髪をきむしり始めた。


「テメエはッ! ゼッテェにコロスッッ! 【アイアン・メイデン】ッッッ!」


 近衛スミが絶叫に合わせ、[エルジェーベト]の頭上に、鎖で拘束されたあの有名な・・・・・、棺桶のような金属のオブジェが浮かび上がった。

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