第244話 真打

「クラスチェンジ……開放」


 近衛スミが静かにそう告げると、[天児屋あまのこやね]が幽子の渦に包まれた。

 だけど、やっぱりクラスチェンジの条件を満たしていたか……。


「ヨーヘイ……どうするんですノ?」

「決まってる。コイツも倒して、全部終わらせるだけだよ」


 俺は[天児屋あまのこやね]から視線を外さないまま、サンドラの問いかけに答える。


「ちょっと待ってよ! 彼女を倒すのはボクだよ!」


 立花は、俺の言葉に聞き捨てならないとばかりに反応し、抗議した。


「はは、分かってるよ。俺達はあくまでも、この近衛スミを逃がさないようにするだけだ。だから、立花」


 俺は顔を上げ、立花の翡翠ひすいの瞳をジッと見つめると。


「絶対に勝てよ」

「! うん!」


 俺の言葉に、ぱあ、と満面の笑みを浮かべる立花。

 というか、その笑顔は完全に女子のソレだな……。


「そしてサンドラは、プラーミャと土御門さんの戦いの様子を見ておいてくれ」

「分かりましたワ!」


 その間にも、[天児屋あまのこやねを包む幽子の渦が徐々に薄れていき、生まれ変わった精霊ガイストが姿を現わ……って。


 ……まあ、ここまでくると、そんなこともあり得るかとは思ったけどな。


「ふふ……これがクラスチェンジを果たした私の精霊ガイスト……[エルジェーベト]ですよ」


 そう言うと、近衛スミは口の端を三日月のように吊り上げ、不気味にわらった。

 はは……『まとめサイト』では、近衛スミのクラスチェンジ後の精霊ガイストは[春日権現かすがごんげん]だったはずなんだけどな……。


 というか、その出で立ちも変わり過ぎだろ。

 [春日権現]が十二単じゅうにひとえをまとった黒髪の東方美人であるのに対し、この[エルジェーベト]という精霊ガイストは、赤い髪に西洋貴族の女性が着るドレスに身を包み、優雅に羽扇で仰いでいた。


「ふふ……何故だか分かりませんがクラスチェンジ先の選択肢が二つ現れ、こちらを選ばせていただきました。だって……[エルジェーベト]のほうが、私に相応しいと思いませんか?」

「いや、思わないけど!?」


 クスクスと笑う近衛スミに、俺は思わずツッコミを入れてしまった。

 だって、どう見ても清楚系美人の近衛スミと、派手な西洋スタイルの精霊ガイストだなんて、ミスマッチもいいとこだろ!


「あのさー……」

「「っ!?」」


 恐ろしく低い声で、立花が横やりを入れてきた。

 あ、コレ……メッチャ怒ってるっぽい。


「分かってるかなあ? オマエの相手は、このボクなんだよ? なのに、なんでボクの望月くん・・・・・・・と嬉しそうにしゃべってるのかなあ……?」


 うわあ……怒りのあまり、立花の額に青筋が浮き上がってる……。

 だけど立花、俺はお前のものじゃないぞ?


「ふふ、そうですね。確かに、まずは主人公・・・から片づけましょうか」


 そう言うと、[エルジェーベト]がス、と右手を差し出した。


「【リストレイント】」

「っ!?」


 突然、目の前に特殊な形状の手錠が現れ、立花の精霊ガイストである[女媧]の手足を拘束した!?


「……へえ。これで身動きできないようにするってこと?」

「さあ? どうなんでしょうね」


 嬉しそうに口の端を持ち上げる近衛スミは、そんな立花を無視するかのようにプラーミャとの戦闘を続けている土御門さんの元へと近づいた。


「ふふ……最初に言った通り、あなたが負けた場合は、『近衛家』の総力を挙げて『土御門家』を排除します。役立たずを飼っておくほど、『近衛家』は暇ではありませんから」

「っ! そんなことは分かっておるわ!」


 近衛スミの言葉に、土御門さんが珍しく声を荒げる。


「ハア……人の弱みにつけ込んでいたぶるって、本当にメイザース学園の生徒会長は終わってんな」

「何を言うんですか。飼い犬をしつけるのは、むしろ愛情・・というのですよ?」

「愛情? オマエのそれは、単に人を追い込んで楽しんでるだけだろうが!」


 俺は近衛スミに対して吠えるものの、全く意に介さないコイツは、やれやれと言わんばかりに肩をすくめてかぶりを振った。


「あはは、しょうがないよ望月くん。コイツは、桐崎先輩とは違うんだから」

「……へえ」


 お、立花が先輩を引き合いに出したら、チョット反応しやがったぞ?


「まあなー。うちの先輩は優しくて強くて綺麗で、どこぞの生徒会長なんざ足元にも及ばないよなー。実際、先輩と直接戦ったりしたら、アッサリ倒されるんじゃないの?」

「あはは! 言えてる!」


 俺はわざとあおるようにそう言うと、立花も乗ってきてそれに続く。


「……所詮は学園長の娘というだけの、大して地位も由緒も正しくない、平民風情ですよ? まあ、そんな彼女をそこまで慕うあなた達も平民ですが」

「え? ひょっとしてソレ、俺達をあおってるつもりなの? というか、地位とか由緒とか言う前に、アンタ自身・・・・・は大したことないな」

「っ!」


 はは、キレやがった。

 やっぱり俺って、主人公の個別パラメータみたいに、『あおり』パラメータとかあったりして。


「プ……ププ……ヨーヘイ、あまりヤーを笑わせないでヨ……!」

「ホ……ホホ……ッ!」


 気がつくと、戦闘中であるはずのプラーミャと土御門さんがお互い手を止め、必死で笑いをこらえていた。いや、そこまで面白くないだろ。


「ハア……木崎さんがあなたを憎む理由、分かりますね」

「そう? それよりも、そうやって俺なんかに構ってていいの?」


 俺はニヤリ、と笑いながらそう言うと。


「あはは! ホント馬鹿だね! 【渾敦こんとん】! 【檮杌とうごつ】!」


 立花は【渾敦こんとん】のスキル効果によって拘束していた手錠を外し、もう一体の魔獣が[エルジェーベト]に襲い掛かった。


 だけど。


「「っ!?」」

「ふふ……本当に愚かですね。そんな幼稚な手が、この私に通用すると思っているんですから」


 すると【檮杌とうごつ】が突然現れた無数の鋼鉄の鎖で、一瞬のうちに全身を巻かれる。


 そして。


 ――グシャ。


 骨と肉が潰れる嫌な音が響いた。

 うわあ……このシーン、今日二回目なんだけど。


「ふふ……そもそも私の[エルジェーベト]のレベルは八十五・・・なんですよ? あなた達程度の精霊ガイストでは、最初から話にならないんです」


 そう言うと、近衛スミがクスクスと笑う。

 だけど、レベル八十五もあるのかよ……確かに、ちょっと厄介かもな……。


「このまま大人しくして、そうですね……私の靴をいつくばって舐めたら、撫でる程度・・・・・で許して差し上げますが、いかがですか?」

「はは、冗談」

「そうだよ! レベルが高くても、ボクの[女媧]だって負けてない!」

「ふふ……本当に、威勢だけはいいですね」


 なおも嘲笑ちょうしょうを浮かべる近衛スミ。


 その時。


「ふむ……今の戦いを見る限り、そのレベルに見合った強さを備えているとは思えんがな」

「っ!?」


 その声に、俺は慌てて振り向く。

 というか……なんでここにいるんですか……なんで、そんなに都合よく現れるんですか……!


「ふふ……みんな、よく頑張ったな」


 現れたのは、団体戦の真っ最中であるはずの、俺が憧れるたった一人の女性ひと


 ――桐崎サクヤ先輩だった。

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