第231話 不完全燃焼

「【アサルトクロウ】」


 土御門さんのその言葉が戦いの合図となり、[導摩法師どうまほうし]の右手から、漆黒のからすが一直線に[シン]に向かって放たれた。


「はう! 【堅】!」


 だけど、[シン]も呪符によって防御壁を展開し、闇属性のからすを弾き返した。


「ほう……それが、噂の【方術】というものかえ? 何とも不思議なスキルよのう」

「はは、そりゃどーも」


 扇で口元を隠しながら、土御門さんはまじまじと[シン]と呪符を見つめる。

 それにしても……土御門さん、よく[シン]のスキル名まで当てたな。


 というか、呪符に関しては悠木もクソ女も知ってるから、代表として一緒に戦う仲間同士、情報を共有していても不思議ではないけど、それでも、【方術】という単語をどこから知ったんだ……?


「ホホ、戦いの最中に考えごととは余裕じゃの! 【ダークハウンド】!」


 すると今度は、舞台の床面に暗黒の穴が出現し、二匹の黒い犬の魔獣が召喚された。

 はは……【式神】といい、召喚・使役系のスキルに本当に特化してやがるな。


「[シン]! あの犬っころには、今すぐ退場してもらえ!」

『当然なのです!』


 俺の指示を受け、いつもの半分くらいのスピードで犬の魔獣に肉薄し、素早く呪符を貼り付けると。


『【爆】』

『『ギャウッ!?』』


 犬らしい悲鳴を上げながら、二匹の魔獣が爆炎と共に消滅した。


「なあ……こんな小手先の攻撃をされても、俺達には通用しないぞ?」


 俺は言外に、あのスキル・・・・・を使うように促す。

 ハッキリ言って、俺はこんな初戦で時間を使う・・・・・気はサラサラないんだよ。


「ホホ……じゃが、さすがは[神行太保しんこうたいほう]、最速・・精霊ガイストの称号に偽りなしじゃの」

「へえ……よく知ってるなあ」

「まあの。それもこれも、お主の嫌いな木崎から聞いたんじゃからのう」

「木崎から?」


 俺は視線をメイザース学園の代表が座る席へと視線を向けると、木崎は澄ました表情で薄く目をつむっていた。

 というかあのクソ女、どうやって俺の情報を入手した……いや、ひょっとして、俺以外の情報も……?


「じゃが、その『敏捷』が“SS・・”といえども、とらえられぬほどの速さではない! 【サウザントニードル】!」


 [導摩法師]の目の前に無数の黒い針が展開し、その切っ先が全て[シン]に向けられる。


「ホホ! その自慢の『敏捷』で、見事かわしてみせよ!」

「クッ! [シン]!」

『ハイなのです!』


 俺は目配せすると、[シン]はスピードを上げて無数の針から一気に距離をとった。

 だけど、闇属性の針は執拗に[シン]を追いかける。それこそ、この舞台の上のどこへ移動しても逃さないと言わんばかりに。


 そして、とうとう針の一本が[シン]の眉間を捉えた、その時。


『っ!?』


 針ははね返され、そのまま[導摩法師]へと向かっていった。


 その後も、無数の針が[シン]の身体に触れようとした瞬間に方向を転換させ、土御門さんへと襲い掛かる。

 それも、[シン]と[導摩法師]との間が十歩にも満たない、そんな至近距離で。


「ククッ!? [導摩法師]、魔法を解除するのじゃ!」


 慌てて土御門さんが指示を出すが、この距離では当然間に合わず。


「キャアアアアアアアアッッッ!?」


 [導摩法師]の身体を無数の針が一斉に穿うがち、土御門さんの身体も傷だらけになった。


「悪いけど、土御門さんの攻撃を利用させてもらったよ」

「り……利用、じゃと……?」


 痛みでうめきながら睨む土御門さんに、俺はゆっくりと頷く。

 そう……俺は[導摩法師]の放つ【闇属性魔法】を利用して、あえて[シン]に逃げるフリをさせ、[導摩法師]のそばへと近づくようにしたんだ。

 そして、“葦原中国あしのはらなかつくに領域エリアで手に入れた【闇属性反射】により、その攻撃の全てを[導摩法師]へと向けさせたのだ。


 何より、[導摩法師]はヒロイン・仲間キャラの中で最も『敏捷』ステータスが低いから、これだけの至近距離ならかわせないってことも考えてのことだ。


「……ホホ、まさかこのような手を使うとはのう。しかも、【闇属性反射】まで取得しておるとも思わなんだわ……」

「それで……土御門さん、どうする?」


 俺は膝をつく土御門さんに問い掛ける。

 [導摩法師]の能力を考えれば、ここでギブアップするとは思えないけど、それでも、土御門さんが負ったダメージも大きい。

 ……できれば、俺としてはここで終わりにして欲しいけどな。


「ホホ……それはおごりというものではないかえ……?」

「はは、そうかもな」


 痛みで顔を歪めつつも、クスリ、と笑った土御門さんに苦笑しながら返事した。


「……分かった。わらわの負けじゃ」

「! それまで! 勝者、“望月ヨーヘイ”!」


 土御門さんのギブアップ宣言に、教頭先生が俺の勝ち名乗りを上げる。

 まあ……賢明な判断、かな。


 俺はアレイスター学園の代表席と観客席に向かって軽く手を振ると、舞台から降りた。


「ふふ……不完全燃焼・・・・・といったところだが、それでも、おめでとう」

「先輩、ありがとうございます」


 ニコリ、と微笑みながら祝福の言葉を告げる先輩に頭を下げる。

 でも、先輩の言う通り、この戦いはお互いにとって・・・・・・・不完全燃焼だった。


「まあ……本番・・はこれからだし、な」


 メイザース学園の代表席でクソ女の手当てを受ける土御門さんを眺めながら、俺はポツリ、と呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る