第217話 事前情報

「うあー、疲れたー」


 家に帰るなり、俺はベッドの上に寝転がってだるそうに呟く。


 サンドラと一緒にルフランのスイーツを楽しく食べた、そこまではよかった。

 だけどその後、サンドラの買い物に付き合わされて大量の荷物を持たされ、挙句の果てにその荷物をサンドラの住むマンションまで運んだ俺は、プラーミャの奴に絡まれたのだ。


『はうはう……ま、まあ、ミャーさんの気持ちも分からなくはないのです……』

「な!? [シン]はプラーミャの肩を持つのか!?」


 俺はガバッ、と身体を起こし、[シン]に猛抗議する。

 いや、アレ・・は絶対にプラーミャの奴が悪かっただろ!

 というかアイツ、荷物で前も見えない中、サンドラの後を一生懸命について行った俺の足を引っかけやがったんだぞ!? 悪いのは全部アイツだろ!


『……ですけど、こけてアレク姉さまのお尻に顔をうずめたのは、[シン]もさすがにどうかと思うのです』

「んな!? ア、アレは不可抗力だ! 無実だ!」

『はうー……』


 チクショウ! [シン]の奴、思いっ切りジト目で見てやがる!


『じゃあマスターに聞くのです。アレク姉さまのお尻、どうだったのです?』

「む! そりゃあ張りがあって、それでいてフニュン、と柔らかくて……って!?」


 あああああ!? [シン]に誘導尋問された!?


『これは、絶対に桐姉さまに報告しないといけないのです』

「お願いソレはヤメテ」


 俺は今日一番の素早い動きで、[シン]の前で土下座した。

 あ、いや、サンドラの時も同じくらい速かく動いて土下座したから、一番かどうかは微妙だな……って、そんなことはどうでもいいんだよ!


『はうはう~、これはアイス五個くらいじゃ足らないのです♪』

「チクショウ……足元見やがって……」


 まあ、先輩の信頼を失うことを考えたら、アイス程度で買収できるんだから安いモンか。

 とはいえ[シン]、いつか覚えてろよ?


 その時。


 ――ジリリリリ。


「ん? 電話?」


 俺はポケットからスマホを取り出し、画面を確認すると……。


「おお、アイツだ」


 電話を掛けてきたのは、なんと“悠木アヤ”だった。


「もしもし!」

『あ……望月、くん?』

「おう! 俺だ!」


 通話ボタンをタップして電話に出ると、悠木がおそるおそる尋ねてきたので、俺は全力で返事してやった。


「というか悠木、いつもはメッセージを送ってくるのに、今日は電話って珍しいな」


 そう……悠木があの施設・・・・を出てから、俺と悠木は結構マメにメッセージアプリで連絡を取り合っている。

 といっても、その内容は結構他愛のないものばかりで、新しい学校に慣れたかとか、向こうのメシは美味いかとか、俺が一方的に質問することのほうが多かったかも。


 やっぱり、新しいところは悠木だって不安だろうし、向こうの連中も転校してきた経緯とか知ってるだろうから、俺としても心配だったしなあ。


『……ちょっと、これは直接話をしたほうがいいかと思って』

「うん?」


 悠木の奴、妙に何かを匂わせるような言い方をするな……。


「なあ、悠木……もし困ってるようなことがあるんなら、俺は全力で手助けするぞ? なんだったら、桐崎先輩にも協力してもらって……『あ、あああああ!? べべ、別に困ってることはないから!』……そ、そうか?」


 俺が心配してそう提案しようとしたところで、悠木はかぶせるように否定した。だけど、悠木がこんなに焦ったみたいな話し方をしたのって、初めてかも。ちょっと新鮮。


『はうはう、相変わらずマスターは懲りないのです』

「……なんだよ」


 ちょっと[シン]の言葉は聞き捨てならないけど、とりあえずはジト目で睨む程度にして、悠木との会話に集中しよう。


「だけど、それだったらどんな話なんだ?」

『……うん。ホラ、二週間後にメイザース学園との交流戦……』

「おお! そういえばまだ伝えてなかったな! 実は俺、その中の団体戦で、学園代表に選ばれたんだよ!」

『! ……ふふ、だと思った。でも、おめでとう』


 俺がそう報告すると、悠木はスマホの向こうでクスクスと笑いながらお祝いの言葉をくれた。

 ウーン……もっと驚いた反応を見せてくれると、期待したんだけどなあ。


『……じゃあ、次は私の番・・・

「ん? 私の番?」


 はて? 悠木もなにか報告があるってことなのか?


『……私も、メイザース学園の一年生の代表の一人に選ばれたの』

「おお! マジかよ!」


 悠木の意外な報告に、俺は思わず声が大きくなってしまった。

 いや、確かに悠木の実力なら、メイザース学園の代表になっていてもおかしくないんだけどな! クラスチェンジだってしてるし!


『……うん。あなたなら、喜んでくれるって思った』

「当たり前だろ! じゃあ今度の交流戦、ひょっとしたら俺と悠木が戦ったりするかもな!」

『……ふふ、ええ。私もあれから・・・・さらに強くなったんだから、覚悟してよね?』

「おおー……それは気を引き締めないとなあ……」


 だけど……うん、今度の交流戦がメッチャ楽しみになってきた!


『……それと』

「ん? それ以外にもなにかあるのか?」

『……木崎さんも、一年生の代表に選ばれたわ』


 さっきまでとは打って変わり、悠木は緊張した声でそう告げた。


「あー……まあ、アイツも選ばれるんじゃないかとは思ったけどな。だけど、お前が言いたいのはそれだけじゃないんだろ?」

『……本当はこんなこと言うのは密告してるみたいで気が引けるんだけど……彼女の精霊ガイスト、クラスチェンジを果たしてかなり強くなっているわ。多分……私よりも強い』

「……そっか」


 悠木の言葉を聞き、俺は短く、そして静かにそう答えた。


『……うん。それに彼女、かなりあなたのこと恨んでるみたいね……今日、うちの学園であった代表に選ばれた生徒のスピーチで、ハッキリと『借りを返す』って言ってたもの……』

「はは、そうかよ……」


 まあ、俺からすればそれはコッチの台詞セリフなんだけど、な。


『……だから、交流戦の当日は、絶対に気をつけてね。また、あの時みたいになにか企んでるかもしれないし……』

「ああ、わざわざありがとう」

『……ん』


 俺は通話を終えると、スマホから『まとめサイト』のページを開き、キャラ紹介にある“木崎セシル”のリンクをタップする。


「ええと……クソ女の精霊ガイストは、と……ああ、これだ」


 そこには、あの[グルヴェイグ]の情報と共に、クラスチェンジ後の精霊ガイスト、[フレイヤ]のことが詳しく記されていた。


「はは……まあ、さすがに最強の回復魔法使いヒーラーだけあって、『魔力』は“SS”かよ」


 確かに、一応あのクソ女は、『ガイスト×レブナント』のメインヒロインの中のメインヒロイン。『まとめサイト』のトップページにあるゲームのパッケージイラストでも、主人公に次いで二番目に扱いがいいからなあ。


『はう……マスター、眉間にしわが寄っているのです』


 そう言って、[シン]は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。


「ん? はは、大丈夫だ。この『まとめサイト』だってあるし、なによりも」

『はう!?』


 俺は[シン]の頭をガシガシと乱暴に撫でると。


「俺には、世界一の相棒・・・・・・がいるからな」

『えへへー……マスター、大好きなのです!』

「わっと」


 飛び込んできた[シン]を慌てて受け止めると、[シン]は嬉しそうにはにかみながら、俺の胸に頬ずりをした。

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