第六章 “陰陽師”土御門シキ

第218話 一週間前の朝

「くあ……!」


 俺の一日は、朝起きて大きく伸びをし、いつものように俺の上で気持ちよさそうに寝ている[シン]を降ろすところから始まる。

 というか、もうこんな朝も慣れたなあ……。


「おーい[シン]、朝だぞー」

『ムニャムニャ……今日はルフランのジェラート十個で手を打つのです……』


 寝言を言いながら、[シン]は両手を『パー』にしてバンザイをした。だけどコイツ……最近、要求がさらにキツくなってきている気がする。


 ……よし。


 俺は[シン]を起こさないように静かにベッドから離れると、素早く制服に着替えてリビングに向かう。


「おはよう」

「あら、おはよう」


 母さんに朝の挨拶をすると、テーブルの上に用意されている朝食の前に座った。

 ほうほう、今日はごはんに味噌汁、サンマの塩焼きかあ……ウーン、秋だなあ……。


「いただきます」


 手を合わせた後、サンマの塩焼きを箸の先でほじると、口の中に放り込む。むむ、美味いぞ!

 で、そのままの勢いでごはんをかきこみ、味噌汁をすする。こうなるともう、俺は永久機関のように止まることを忘れるのだ。


「はは……でも、先輩ほどじゃないか」


 ふと、先輩のことが頭をよぎり、俺は思わずクスリ、と笑う。


「あらあー? ひょっとして、あのサクヤちゃんのことでも考えてる?」

「ブッ!? ゲホゲホッ!」


 母さんの一言に、俺は思わず味噌汁を噴き出しそうになった。

 というか母さん、なんで俺の思考を読むんだよ!?


 と、とにかく、サッサと食って支度しよう……。


 俺は恥ずかしさもあって、急いで食べると。


「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末さまでした」


 俺は席を立って逃げるように洗面所に向かい、歯磨きと洗顔を済ませると。


「よっし!」


 気合いを入れるため、両頬をパシン、と叩いた。

 うん……ただでさえメイザース学園との交流戦まで一週間を切ったんだ。気合いを入れてかないと。


「行ってきます!」

「行ってらっしゃい……って、あれ? [シン]ちゃんは?」

「アイツは最近調子に乗ってる罰だ」


 そう告げると、そそくさと家を出た。

 フフフ……慌てふためく[シン]が見ものだな。


 俺は先輩の待つ十字路へと少し足早に向かうと。


『はうはうはうはうはうはうはうはうはうはう~!』


 はは、やっと来やがった。


『はう! マスター!』

「おう」


 俺は後ろを振り返り、できる限り爽やかな笑顔で返事をした。それはもう、ラブコメラノベに出てくる、主人公のライバルのイケメンくらいに。


『ヒドイのです! ヒドイのです! [シン]を置いて行くなんてヒドイのですうううううう!』

「何言ってんだよ。俺はちゃんと起こしたぞ? 起きなかった[シン]が悪い」


 両腕をブンブンと振り回しながら怒る[シン]に、俺はピシャリ、とそう言い放つと。


『はう……マスターは、[シン]のことが嫌いになったのですか……?』


 すると、今度は様子が打って変わり、人差し指をくわえ、今にも泣きそうな表情をしながら上目遣いで俺を見つめる[シン]。

 う……コノヤロウ、そんな態度でも、俺はほだされたりしないんだからな!


「好きも嫌いもないだろ。だったら[シン]も、ちゃんと起きろよな」

『はうー……やっぱりマスター、今日は冷たいのです……冷たいのですう……!』

「ぐ……!」


 く、くそう! [シン]の奴、とうとうすすり泣きまで始めやがった!?


「あーあー分かった! 先に家を出た俺が悪かったよ! だからもう泣くな!」

『……もう怒ってないです?』

「ああ、怒ってねーよ」


 俺は頭をガシガシときながら、そう告げる。


 すると。


『えへへー! マスターが許してくれたのです! やっぱりマスターは[シン]が大好きなのです!』


 ついさっきまでの様子はどこへやら。[シン]は、にぱー、と満面の笑みを浮かべると、俺の周りをくるくると回りながら踊り出した。


 ハア……ちょっと懲らしめるつもりだったのに……俺も甘いなあ……。


 俺はそう呟くと、嬉しそうにはしゃぐ[シン]を眺めて苦笑した。


 ◇


「望月くん、おはよう」


 いつもの十字路、先輩は笑顔で俺を出迎えてくれた。


「おはようございます! 先輩!」

「うむ」


 そして俺達は並んで学園へと足を進める。


「あ、そうそう。先輩、今日の放課後は、立花達も連れて“葦原中国あしはらのなかつくに領域エリアに行きましょう」

「む、それは構わないが、どうしてだ?」

「ホラ、来週にはいよいよメイザース学園との交流戦が始まりますから、【闇属性反射】を取得してもらわないと。一応、加隈も代表ですからね」


 それに、今度の交流戦で誰があの“土御門シキ”と当たるか分からない以上、加隈にも【闇属性反射】を取らせておかないと、な。


「ふむ……望月くん、こう言ってはなんだが、彼も一年生の中では既に実力は抜きんでている。仮に【闇属性反射】がなくとも、そうそう負けるようなことはないのではないか?」


 先輩が顎に手を当てながら、そう尋ねるけど……。


「……いえ、【全属性耐性】を持つ[シン]なら充分対抗できますけど、闇属性に対抗する手段を持たない[ロキ]じゃ、厳しいでしょうね」


 そう……もし交流戦で加隈が土御門さんと戦った場合、レベル差やクラスチェンジしたことによる優位性があったとしても、それでも、土御門さんは強い。


 何と言っても、土御門さんの精霊ガイスト、[道摩法師どうまほうし]には【式神】があるからな……って。


「ええと……先輩?」

「ん? ……ああいや、何でもない……」


 俺の顔をのぞき込んでいた先輩が、ふい、と視線を逸らした。

 だけど、先輩はどこか俺を探るような……それでいて躊躇ちゅうちょするような、そんな様子だった。


 うう……気になる。


「先輩……何かあるんですよね……?」

「あう……そ、その……望月くんはどうして、向こうの生徒会会計のことをそんなに詳しく知っているのだ……?」

「あ……」


 先輩に上目遣いでおずおずと尋ねられ、俺は自分の失態に気づく。

 ヤベ、なんて言い訳しよう……。


「あ、あはは……実は、メイザース学園にいる悠木に教えてもらいまして……」


 俺はそう説明し、頭をきながら苦笑した。

 と、とりあえず悠木には口裏を合わせるように、今度メッセージを送っとかないと。


 だけど。


「むうううううううううううう!」


 何故か先輩は、頬をパンパンに膨らませながらねてしまった……。

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