幕間

第214話 叶わぬ願い、救われる私

■桐崎サクヤ視点


「ふふ……だけど、彼が勝ってよかった……」


 クラス代表選考会も終わり、私はお父様の研究所に向かうための準備を始める。

 でも、考えていることはいつも望月くんのことばかり。


 今日はもちろん、クラス代表選考会での彼の活躍を何度も思い返していた。


「うむ、やはり[シン]の成長もさることながら、望月くんの機転と戦術には目を見張るものがあるな」


 思えば、彼は出逢った時からそうだった。


 いつも自分達にできることを理解し、目的を達成するために綿密に計画を立て、実行する。

 突発的に起こるイレギュラーに対しても臨機応変に対処し、どんな危機もその機転と勇気で乗り越えてきた。


 それもこれも、これまで積み重ねてきた努力が根底にあるからこそ、彼の今の自信につながっているのだ


「……ま、まあ、それだけではない……のだが、な……」


 そう呟いて、私は思わず顔が熱くなる。

 だが、それも仕方ないというものだ。


 だって……今の彼がこんなに努力して、強くなっている理由の一つが、この私にあるのだから。

 彼はいつも私を一番・・だと言ってくれて、そして、学園最強の称号を手に入れて、私を守ると言ってくれたのだから……。


「ふふ……このままでは、私が彼に追い抜かれてしまう日も近いかもしれないな……」


 でも、私はそれも悪くない……いや、そんな私を守る彼の背中に寄り添いたいと願ってしまう。

 それに、あの教師……伊藤アスカとの戦闘が終わった後、彼の背中に隠れた時……ふふ、彼の背中はあんなにも広くて頼りになって、安心して……。


「だ、だが、さすがに胸を押し付けてしまったのはやり過ぎだっただろうか……?」


 あうあうあう……今思い返してみると、私もやり過ぎたものだ。

 だ、だが、サンドラや氷室くんといった強力なライバルがいる以上、す、少しでも彼にアピールしないと……!

 ただでさえ彼は、無自覚に女性に優しくしてしまうのだから。


「[関聖帝君]」


 私はおもむろに[関聖帝君]を召喚すると。


「なあ……彼は、あんな恥ずかしい真似をしてしまった私を、軽蔑したりはしないだろうか……?」


 などと、[シン]と違って会話することもできない彼女に尋ねた。


 すると。


『…………………………(じー)』

「む、むむ……」


 むう……[関聖帝君]が私をジト目で見てくる……。

 オマケに、ヤレヤレと肩を竦めてかぶりを振るなど、その態度はどうなのだ!?


 お、思えば[関聖帝君]も、彼等と付き合うようになって感情豊かになったような気がするな。


「ま、まあいい……これからも私は、彼に振り向いてもらえるように全力で努力するのみだ」

『……!』


 私は決意を込めて拳をギュ、と握りしめると、[関聖帝君]も両手で小さくガッツポーズをして激励をしてくれた。


「うむ! では行くか!」


 そして私は、お父様の待つ研究所へと向かうため、部屋を出……。


「おっと、これを外しておかないとな」


 そう呟くと、私は右手薬指から“エリネドの指輪”を外し、机の引き出しに大切にしまった。


 ◇


「…………………………」


 研究室でいつものようにたくさんの管に繋がれながら検査台に横たわる中、お父様は研究員の一人が持って来た書類を眺め、渋い表情を浮かべていた。

 恐らく、私の中に供給されている“ウルズの泥水”の蓄積量がかんばしくないのだろう。


 まあ、氷室くんが闇堕ちした際に柱が現れて以降、次の柱はまだ出現していないからな。仕方がない。


「……今よりも“ウルズの泥水”の供給量を増やすことは可能か?」

「い、いえ……今、この研究所にあるマテリアル全てを注ぎ込んだとしても、おそらくを満たすだけの量には全然追いつきません……」


 お父様が厳しい視線を向けながら問い掛けるが、研究員はそう告げた後、視線を落とした。


「なら! あとどれほどのマテリアルが必要になるというのだ!」

「こ、これ以上のマテリアルの確保は困難です! それに、マテリアルからの“ウルズの泥水”の抽出量から換算してみましたが、世界中のマテリアルをかき集めてやっと満たせるかどうかというところです!」

「むう……っ!」


 研究員の必死の訴えに、お父様が唸る。

 だけど……このまま供給を受け続けても私の中のは満たされず、芽吹くことはない、ということか……。


 私は左手の“シルウィアヌスの指輪”にそっと触れる。

 ひょっとしたら彼は、こうなることも全て予測していたんじゃないだろうか。


 ふふ……つくづく、つくづく望月くんは……。


「でしたら、やはり柱から“ウルズの泥水”を直接奪うしかないでしょう」


 そう言って現れたのは、お父様の弟子である高坂さんだった。


「高坂くん……君もそう思うか」

「ええ。それに、一番最初に柱が現れた時と、二回目、三回目の時の“ウルズの泥水”の供給量を比べてみると、一回目のほうが明らかに多かったんです。つまり」

「……柱にも、“ウルズの泥水”の保有量に差がある、ということか」


 お父様の呟きに、高坂さんが頷く。

 とはいえ、事実を知っている私からすれば、二人のその予想は的外れなのだがな。ここまでくると、滑稽こっけいで仕方がない。


「ふう……分かった。まずは、我々はできる限りのことをしよう。そして、サクヤ」

「はい」

「お前は、一刻も早く全ての柱を打ち倒し、“ウルズの泥水”をに与えるのだ。そうすれば……」

「お母様が、蘇る……ですか」

「ああ」


 お父様が確信に満ちた瞳で私を見据え、返事をした。

 でも……申し訳ありませんが、お父様のその願いは永遠に叶うことはなさそうです。


 だって、望月くんが絶対にそれを阻止してくれるから。


 ――この、私だけの・・・・ために。

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