第213話 着火
「おい」
気を失った伊藤アスカの身体を揺すりながら、何度も呼び掛ける。
「ん……えう……っ!?」
「お、気がついた」
すると伊藤アスカは目を覚ますけど、先輩の顔を見た瞬間、絶望に似た表情を浮かべた。
まあ、あの恐怖はシャレにならないからなあ。
「さて……んじゃ、アンタに色々と尋ねたいことがあるんだけど……」
「ヒ、ヒイ!?」
あー……コイツ、先輩にビビリ過ぎて、全然会話にならない。
「えーと……先輩は少し俺の背中に隠れててもらってもいいですか?」
「む……少し気に入らないが、仕方ないな」
そう言うと、先輩は伊藤アスカの視界に入らないように、俺の背中の陰に隠れ……っ!?
――ぴと。
「えええええ!? 先輩!?」
「あ、あう……か、隠れるなら、そ、その、これくらいくっついておかないと、その、だな……そ、それに、私もこの女が何を語るのか、ちゃ、ちゃんと聞いておかないと、うん……」
い、いや!? だからって先輩!?
俺の背中にそうやって胸を押し付けるのは反則なのでは!?
『はう! アレク姉さまのいないうちに、桐姉さまがここに来て勝負に出たのです!』
[シン]!? そうやって煽るようなこと言うのやめてくれない!?
あああああ! と、とにかく、俺の理性が保つ間に、サッサと話を聞いて終わらせるぞ!
「そそ、それで、アンタはなんでこうまでして俺に絡んでくるんだ? 俺はもうアンタのクラスから出ていったし、完全に無視すればいいだろ?」
俺は何とか平常心を保ちながら尋ねる。
「そ、それは……そう! 逆恨み! 逆恨みよ! オマエのせいで私は謹慎処分を食らったのよ!」
などと焦るようにのたまうけど……そんな言葉、到底信じられない。
というか、なんで自分で逆恨みなんて
「いや、なんつーかその……アンタ、まるで俺を交流戦に出させないようにするために動いてるように思うんだよなー」
「っ!?」
カマをかけてそう言ってみると……うわ、露骨に動揺した表情を浮かべてやがる。分かりやすい。
「ふうん……で、なんで俺がクラス代表に選ばれて交流戦に出るとマズイんだ? 何か理由でもあるのか?」
「り、理由? そ、そんなもの別にないわよ!」
とまあ、あからさまにとぼけるけど、理由があるんだな。
「じゃあ、次の質問。アンタのその理由ってヤツは、
「はあ? オマエ、何言ってんの? アタマおかしいんじゃないの?」
俺の質問に、伊藤アスカは俺を馬鹿にするかのように答えた。
で、先輩。伊藤アスカの物言いが気に入らないのは分かりますけど、痛いんで俺の背中に爪を立てるのはやめてください。
だけど……やっぱり悠木や牧村クニオとは違うパターンだな……。
「てことは、アンタに俺を交流戦に出場させないように指示した奴がいるってことだな?」
「っ!? さささ、さあ?」
あ、ビンゴだ。
ふむ……俺の存在を気に入らないなんていう奴、一体どこのどいつなんだ?
確かに俺は入学してからこれまで、ただ強くなるために全力で取り組んだ結果とはいえ、学園内でも悪目立ちしていることは理解している。
当然、それについて気に入らない奴も出てくるだろう。
だけど……いくらクソで醜いとはいえ、学園の教師を操って理不尽な判定をさせたり襲わせたりできるモンなのか?
その結果、導き出せる答えは学園の生徒による仕業じゃなくて、少なくともコイツより上の身分にいる奴の仕業ってことか……。
「さて……最後にアンタに提案、というか選択権をやる。今ここでアンタにこんな真似をするように指示した奴を教えるか、それとも、俺の後ろにいる先輩に今以上に恐怖を植え付けられた上で、 “GSMO”に連行されて施設送りになるか、ドッチがいい?」
俺はそう告げると、伊藤アスカの一挙手一投足を見逃すまいと、注意深く見守る。
すると。
――ガタガタガタ……!
「お、おい!? アンタ!?」
「むむむ、無理! それなら、桐崎サクヤに恐怖でもなんでも植え付けられたほうが……施設送りにされたほうがマシよッッッ!」
伊藤アスカは両腕で自身の抱え、震える身体を必死に抑え込む。
だけど、ここまで怯えるなんて異常だぞ!?
コイツの裏にいる奴ってのは一体……。
「……分かった。先輩」
「ああ……」
先輩はスマホを取り出し、どこかへと電話を掛けた。
多分、学園長だろう。
「しばらくしたら、学園長と一緒に“GSMO”が到着する。それまで、私と君はここで待機するようにとのことだ」
「そうですか……」
俺は先輩にそう返事をすると、ジッと地面を見た。
ここまで伊藤アスカに恐怖を植え付けて操ってまで俺を排除しようとする人物……考えられるのは、『ガイスト×レブナント』における
いや、それはない、な。
だってあの
あの『まとめサイト』にないような事態に、思考がぐるぐると頭の中を巡り、俺は不安と焦燥に駆られる。
すると。
――ギュ。
――ギュ。
「あ……せ、先輩……? それに[シン]まで……」
「望月くん……大丈夫、大丈夫だ……
『はう……! マスターに何かする悪い奴は、[シン]が絶対にやっつけてやるのです!』
心配した先輩と[シン]が、俺の身体を強く抱きしめた。
その真紅とオニキスの瞳に、優しさと決意を
はは……二人共、本当に……!
おかげで、余計に火が着いちまったじゃないか!
「先輩……俺は大丈夫ですよ。もちろん、先輩のことは頼りにしてますけど、俺だって、入学した時の俺じゃない。だから」
俺は顔を上げ、先輩の瞳をジッと見つめる。
その想いに応えるように。
「だから、俺を
そう言うと、[シン]の頭を優しく撫でた。
ああ、そうだ。
たとえ『まとめサイト』にもないようなことが起こっているんだとしても、俺は絶対に負けない。
だから……来るなら来い。
その時は。
――
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