第212話 醜悪

「さあ……始めようか」


 先輩はそう告げると、[関聖帝君]が青龍偃月刀の切っ先を[フィヨルギュン]へと向ける。

 その姿は、まさに絶対強者のたたずまいだった。


「ハッ! そのツラも若くて張りと艶のある白い肌も、このいばらでズタズタにしてやる!」


 そう叫ぶと、[フィヨルギュン]は何本もの茨のつたを先輩へと差し向ける。

 しかしコイツ……そんなに先輩の綺麗な顔や肌が羨ましいんだなあ……。


「フン」


 先輩は鼻を鳴らし、[関聖帝君]は無造作に青龍偃月えんげつ刀を振るうと。


「っ!?」


 たったそれだけの動作で、あれほどあった茨の蔦はアッサリと切り刻まれた。


「どうした? まさか、そんな程度の攻撃で終わりというわけではあるまい?」

「っ! 舐めるのもいい加減にしろっ! 【スネークバインド】!」


 すると、先程まで直線的だった茨の蔦が、まるで地をう蛇のように、[関聖帝君]の足をからめ取ろうと襲い掛かる。


 だけど。


「……無駄だ」


 [関聖帝君]が青龍偃月刀で地面ごとえぐり取り、茨の蔦は無造作に地面に転がった。

 はは……あの【スネークバインド】って大仰な名前のスキルだけど、結局は先輩の[関聖帝君]の前では子どもの手遊び扱いだなあ……。



「フン……それで、次は?」

「っ!?」


 ギロリ、と先輩に睨まれ、伊藤アスカは表情を一変させて後ずさる。

 でも、『まとめサイト』でアイツの精霊ガイストのステータスやスキルは全部把握している俺には分かっている。


 アイツ……仕掛ける気だな。


「……[シン]」

『……ハイなのです』


 俺はそっと耳打ちすると、[シン]はコクリ、と頷き、音を消しながら俺から離れた。


「ふむ……来ないなら、こちらか行かせてもらうッッッ!」

「ちいっ!」


 青龍偃月刀を肩に担ぎ上げた[関聖帝君]は、[フィヨルギュン]に向かって一直線に駆け出す。

 恐らく、【一刀両断】で叩き切るつもりなんだろう。


「ハアアアアアアアアアアアアッッッ!」


 一気に詰め寄った[関聖帝君]が青龍偃月刀を頭上から振り下ろそうとした、その時。


「っ! アハハハハ! かかったわねッッッ!」

「っ!?」


 地面の中から、無数の茨の蔦が飛び出てきて[関聖帝君]を拘束した。

 それだけじゃない。さっき[関聖帝君]が切り刻んだいばらの蔦も、いつの間にかまるで先輩と[関聖帝君]を取り囲むようにうごめいている。


「さあ! もう謝っても許してあげない! オマエのそのワインレッドの髪も、真紅の瞳も、そして白い肌も、全部丸焦げにしてやるううううううう! 【エアドンナー】!」


 伊藤アスカが絶叫し、[フィヨルギュン]の最大スキルを発動した……んだけど。


「っ!? な、なんで!?」


 何も起こらないこの状況が理解できない伊藤アスカは、焦った表情を浮かべる。


「このおっ! 【エアドンナー】! 【エアドンナー】! 【エアドンナー】アアアアアッッッ!」


 はは……何度発動しても無駄だっての。


 だって。


『【封】』


 それより先に、[シン]が先輩と伊藤アスカを囲むように呪符を展開しているんだから。


 そもそも、[フィヨルギュン]の【エアドンナー】は、その茨の蔦を伝導体として、上級雷属性魔法、【ボルテクス・ライナー】を流し込み、茨の蔦が配置されてある範囲全体を攻撃するといったものだ。

 つまり、サンドラの精霊ガイスト、[ペルーン]の必殺スキルである【裁きの鉄槌】とは違い、あくまで雷属性魔法とスキルの複合技でしかない。

 なら、[シン]の呪符で【ボルテクス・ライナー】だけを無効化することは簡単だからな。


「ふふ……望月くんも余計な真似を……」


 先輩は口元を緩めながら、皮肉たっぷりな視線を送ってくる。

 でも……先輩が絶対に勝つって分かっていても、それでも、ほんの少しでも傷つく可能性があるんだったら、俺はどんな批判を受けたって手助けをしますよ。


 まあ、先輩にはそんな俺の考えなんて、全部お見通しなんだけどな。


 ――ザシュ。


「さて」

「ヒイイッッッ!?」


 [関聖帝君]が自身を拘束する茨の蔦を全て切り刻むと、先輩はずい、とその足を一歩前へと踏み出す。

 それに合わせて、伊藤アスカは一歩退いた。


「では、決着といこうか」


 凛と、だけど、無慈悲に告げるその言葉とともに、[関聖帝君]は最後の一撃を振るうために青龍偃月刀を振り上げる。


 そして。


「ハアアアアアアアアアアアアッッッ!」


 青龍偃月刀は、[フィヨルギュン]」を……伊藤アスカを、【一刀両断】に……はせずに、ほんの一センチに満たない距離で、寸止めをした。


『はうううう!? あ、危なかったのです……関姉さま、メッチャコワイのですうううう……!』


 [フィヨルギュン]の背中に回って【縛】の呪符を貼る[シン]が思わずおののく。

 で、当の[関聖帝君]はというと、そんな[シン]を見ながら悪戯っぽく笑った。

 それは、俺を見つめている先輩も。


「ふふ、私の戦いを邪魔した罰だ」

「か、勘弁してください……」


 いや、先輩が絶対そんな真似しないことは分かってるんだけど、ね。

 俺は深く息を吐いた後、チラリ、と見やると。


「あばばばば……」


 伊藤アスカは、恐怖のあまり涙と鼻水とよだれと、さらには失禁までして気を失った。

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