第211話 先輩の逆鱗

「[フィヨルギュン]!!!」


 伊藤アスカが自身の精霊ガイストを召喚すると、いばらの冠を戴いた美しくも神秘的な女性が、その白く透き通るような身体に茨とほとばしる電撃をまとい、足元には様々な色の薔薇ばらが咲き誇っていた。


 だけど。


「うええ……」


 そんな精霊ガイストとは対照的な伊藤アスカの姿に、俺は思わず変な声を漏らしてしまった。

 いや、伊藤アスカの精霊ガイストの容姿については『まとめサイト』で知ってたけど、そのマスターである伊藤アスカ本人は顔面が崩れまくって、『まとめサイト』とは別人みたいになっちまって、その……ギャップが……。


「わ、私は、絶対にあんな女性にはならないぞ……!」


 すると先輩が、俺の隣で何か決意めいた表情を浮かべていた。

 というか、俺が先輩をあんな女みたいにさせるわけがないじゃないですか。


「ほ、本当に失礼なガキ共ね! 特にアンタ! ちょっと学園長の娘で可愛いからって、調子に乗ってんじゃねーよ!」


 完全に教師の言葉とは思えないような汚い口調で、伊藤アスカは急に矛先を俺から先輩に切り替えて指差しながら罵る。

 その姿に、俺は怒るどころか憐れに思えてきた。


「まあ、先輩が可愛いのは当然だろ? というか、今の自分と先輩を比べるなよ」

「っ! コロス! 絶対にコロス! 確実にコロス!」


 すると、伊藤アスカの精霊ガイスト、[フィヨルギュン]がその身体にまとう茨のつたを俺と先輩の両方に飛ばしてきた。


「そんなの当たるかよ! [シン]!」

『はう!』

「あう!? ……っと、そんなもの、避けるまでもない! [関聖帝君]!」


 [シン]はアッサリと茨をかわし、あうあうしてた先輩も復帰して[関聖帝君]の青龍偃月えんげつ刀で叩き切った。


「……コッチは二人、しかもそのうち一人は学園最強の桐崎先輩だぞ? アンタ一人で俺達に勝てると思ってるのか?」


 俺は理性的に、そして威圧を込めてそう告げる。

 だけど。


「ハッ! それがどうしたのよ! 私の[フィヨルギュン]だって、既にクラスチェンジ済みだし、そのレベルだって七十六なのよ! オマエ達みたいな生徒ごときが、それこそ教師である私に勝てるはずがないのよ!」

「っ!?」


 伊藤アスカのその言葉に、俺は思わず息を飲んだ。

 元々伊藤アスカは元々二年生になってから主人公の仲間になるヒロインだから、その時点でクラスチェンジ済みってのは『まとめサイト』通りだけど、なんでレベルがそんなに高いんだよ!?

 そもそも、『まとめサイト』じゃレベル六十が精々だっただろ!?


「アハハハハ! 私の[フィヨルギュン]にビビったワケ? ホラホラ、土下座して命乞いするなら今のウチよ?」


 急に自分が優位に立ったと勘違いした伊藤アスカは、顔を突き出して醜いツラあおってきた。


「別に? なんで俺達がアンタに謝らないといけねーんだよ? というか、俺からすればその程度のレベルで、なんでそんなに強気に出られるのか不思議でしょうがないんだけど?」

なんで・・・って? 決まってる! 私は教師でオマエ達は生徒! そもそもの実力が違うのよ!」


 ハア……駄目だ、会話が全然かみ合わない……。


「先輩、どうします……?」

「む……さすがにこれは、な……」


 俺は先輩に相談してみるものの、先輩も伊藤アスカを見やって眉根を寄せ、言葉を失くしてしまった。


「大体、オマエはクソザコモブ・・・・・・のくせに、たまたま運でクラス代表に選ばれて調子に乗ってんじゃねーよ! で? その隣の生徒会長様に褒めてもらって『ボク嬉しいです~』ってか? キモチワルイ」


 舌を出して下品な表情を見せる伊藤アスカに、俺は呆れてものも言えない。


 その時。


「ふふ……望月くん、君も知っている通り、私はこのクラス代表選考会ではクラス全員が棄権したことによって、一度も戦っていないのだ」

「へ……?」


 口の端を持ち上げ、急に先輩がそんなことを言い出した。

 え、ええと……?


「だが、そこにいる教師の伊藤アスカは、この・・私と望月くんの二人を相手取ると言っている。ならここは、正々堂々と一対一で戦うべきではないか?」

「ええ!?」


 つ、つまりそれって、先輩が伊藤アスカと一対一で戦うってこと!?


「い、いや先輩!? ここは確実に俺と先輩で一緒に戦いましょうよ!?」

「む……なんだ? 君はこの私が、あのような教師ごとき・・・・・に負けるとでも言いたいのか?」


 俺は慌てていさめるが、先輩は逆に気を悪くしたのか、ギロリ、と睨みながらそう告げた。


「……へえ、上等じゃない。身の程知らず・・・・・・のガキに、世の中の厳しさってヤツを教えてやるよ!」

「ふ……身の程知らず・・・・・・はどちらかな?」


 そう言うと、先輩は一歩前に出て忌々し気に凝視する伊藤アスカと対峙する。


「あ……」


 そんな先輩を見て気づく。

 先輩が、その白い肌の色が変わってしまうほど強く拳を握りしめていることに。


 ひょっとして、先輩……。


 そんな先輩の様子に、その背中に、俺はこれ以上何も言えなくなってしまった。

 だって、先輩はあの伊藤アスカの言葉に怒っているんだから。


 アイツが、俺のことを馬鹿にしたから。


 そして。


「さあ……始めようか」


 先輩はそう告げると、[関聖帝君]が青龍偃月刀の切っ先を[フィヨルギュン]へと向けた。

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