第193話 クラス代表選考会 予選⑥

「勝者、“プラーミャ=レイフテンベルクスカヤ”!」


 …………………………は?


 高らかに宣言する伊藤アスカの言葉を聞き、俺は耳を疑った。

 コイツ、今、なんて言った……?

 俺じゃなくて、プラーミャの勝ち・・・・・・・だって言ったのか!?


 その瞬間。


「ふざけるなああああああああああ!」


 真っ先に吠えたのは、この戦いをジッと見守ってくれていた桐崎先輩だった。


「何故! 何故、望月くんが敗北したことになっているのだ!」

「ッ……! そうネ……このヤーを侮辱するような真似をした理由を、ハッキリと聞きたいものネ……!」


 先輩に呼応するかのように、プラーミャは射殺すような視線で伊藤アスカを睨みつけながら問いただす。


「うふふ、簡単よ。答えは、彼……望月ヨーヘイが、プラーミャさんよりも先に敗北条件・・・・を満たしていたからよ!」

「はあ?」


 そんなことをのたまいながら、ビシッ、と俺に人差し指を突き刺す伊藤アスカ。

 この時の俺は、これ以上ないほどに首を傾げていたに違いない。


「……面白い。貴様の言うその敗北条件・・・・とやらを聞こうじゃないか!」


 先輩は恐ろしいほど低い声で告げる。

 怒りのゲージが振り切れてしまっているのか、青筋を立てた先輩は教師であろうと、もはや“貴様”呼ばわりになっていた。


「うふふ……桐崎さん、そんなすごんでも無駄よ? まあ、言ってしまえば『場外に出たことによる敗北』、それだけよ」

「「「「「はあああああああ!?」」」」」


 そんな訳の分からない理由を述べた伊藤アスカに対し、俺や先輩、プラーミャはおろか、俺達の試合を観戦していた全員が思わず声を上げた。

 いや、いくらなんでもその理由はおかしいだろ!?


「ふざけないでくださいまシ! 一体、ヨーヘイがいつ場外に出たっていうんですノ!」

「そうだよ! 完全におかしいよ!」

「……ハッキリ言って、先程からの言動は聞き捨てなりませんね」


 とうとうたまりかねたサンドラと立花、それに氷室先輩まで舞台の上に乗り込んでくると、伊藤アスカに詰め寄った。


「うふふ……アナタ達、この選考会のルール、ちゃんと読んでる?」

「当たり前だろう! そもそも、このルールを策定したのは我々生徒会なのだぞ!」


 小馬鹿にするように尋ねる伊藤アスカに対し、先輩が吠える。

 でも、先輩の言う通り、俺達が今回のルールに関して……それこそ、審判を務める先生達よりも熟知している。

 なのに伊藤アスカは、なんでそこまで断言できるんだ?


「じゃあ聞くけど、場外負けの適用条件は何だったかしら?」

「それは、『舞台の範囲から出てしまったら負け』という、あなたでも理解できるはずであるほどの、非常にシンプルかつ明瞭な条件ですが?」


 今度は氷室先輩が小馬鹿にするように伊藤アスカに言い放った。


「うふふ……ホラ、もう答えは出てるでしょ? 望月ヨーヘイは、間違いなく舞台の範囲・・・・・から出ていたのよ」


 いや、ますます分からないんだけど。

 俺も[シン]も、一度も舞台から出てなんていないし。


「じゃあ聞くわね? 空中の取扱いはどうだったかしら?」

「空中? そんなもの、ルールはない」

「ええ、そうね。じゃあもう一つ聞くけど、ルールに記載されていないものの取扱いは?」

「それは……その試合を担当した審判の判断に委ねられることに……っ!?」


 先輩がそう告げた瞬間、伊藤アスカはニタア、と口の端を三日月のように吊り上げた。


「ええそうよ! 空中については場外判定の条件が不明瞭だった! だから私はルールに則って・・・・・・・、彼の精霊ガイストが舞台の一辺の長さを超える上空まで飛んだ時点で、望月ヨーヘイを負けとみなしたのよ!」


 ケタケタとわらいながらのたまう伊藤アスカ。

 この時の俺は、勝ち負けの判定以前に、あまりにも醜悪なツラのコイツに、心の底から気持ち悪さを覚えていた。

 というかオマエ、一応メインヒロインの一人だろ!?


「ねえ! 私の判定におかしなところってある? 言ってみなさいよ!」


 まるで煽るように先輩にそのヒドイツラをグイ、と近づける伊藤アスカ。

 あ……ちょっとヤバイ。


「よかろう……ならば……「あー! 先輩、ストップストップ!」……な!? も、望月くん!?」


 [関聖帝君]を召喚し、今まさに伊藤アスカを切りつけようとした先輩を、俺は割って入って無理やり止めた。


「先輩、さすがにそれはやり過ぎですよ」

「っ! だ、だが! こんな輩、さすがに捨て置けん!」

「ハア……ですけど、そのせいで先輩がこんなクズ教師・・・・なんかの犠牲になるのもごめんですよ」


 一向に納得しない先輩を必死でなだめながら溜息を吐くと、俺はクズ教師を見やった。


「ハイハイ。アンタの言う通り、俺の負けでいいよ」

「……ふうん、殊勝ね。やっとクソザコモブ・・・・・・らしく、身の程をわきまえたってことかしら?」


 いや、その発言は教師として普通にアウトだろ。というかコイツ、まだ懲りてないのかよ……。

 まあいいや。俺もこんなクソみたいな状況に付き合ってるのも馬鹿らしいし、サッサとケリつけるかー……。


「ところで、そもそも審判に裁量を与えてるのって、生徒の安全を考えてのことだっていうのは、もちろん理解してるよな?」


 このクズ教師に、もう敬語を使うのも馬鹿らしくなった俺は、タメ語でそう尋ねた。


「うふふ……ショックで言葉遣いまで悪くなってるわね。まあいいわ。当然、私も理解してるけど?」

「そっかー……じゃあ聞くけどさ、なんでもっと早くに『俺の負け』だって、[シン]が範囲を超えた時点で言わなかったの?」

「え……?」


 さらに問い掛けると、クズ教師は呆けた声を漏らす。


「いや、さっきも言ったように、俺達生徒会は『生徒が大怪我をしないように、優劣がハッキリした時点で審判の判定によって試合を終了させること』って決めたんだぞ? だったら、[シン]が[スヴァローグ]の【ヴァルカン】の中に飛び込もうとする前に、試合を終了させるべきだろ」

「…………………………」


 俺の言ってる意味を理解したのか、クズ教師は無言で俺を睨みつける。


「それだけじゃない。立花も出てた第一組の試合で、菊池の精霊ガイストが舞台の範囲の外である上空にいる時にも、アンタは何も言わなかった。それってなんで?」

「…………………………」

「……別に答えなくても構わないけど……アンタ、もうこの学園に居場所はないぞ」


 俺はその一言だけクズ教師に告げると、クズ教師はキョロキョロと周りも見回し、その表情を青くする。

 何故なら……今の顛末の全てを見ていた、生徒、教師、その他全ての者が、侮蔑と嫌悪の視線を向けているんだから。


「ち、違うの……! 私は、私は……!」


 腰を抜かしたクズ教師は、怯えながら後ずさりする。その先にも、侮蔑の視線を向ける者がいるのに。


「あ、あああああ……! わ、私は言われた通りに・・・・・・・しただけなのに・・・・・・・……!」


 ……ふうん。


 俺はクズ教師を一瞥した後。


「ホラホラみんな、次の試合もあるんだから、舞台から降りようぜ」


 ニカッ、と笑顔を見せながら、先輩達に舞台から降りるように促した。


「ヨーヘイ……アナタ、それでいいの?」

「ん? おお。別に、俺は負けたなんて思ってねーし。それにプラーミャなら、クラス代表に選ばれるだけの実力もあるだろ?」


 俺はできる限り生意気な口調でプラーミャに言い放った。

 少しでも、プラーミャが負い目を感じないように。


「ハア……ヤーにそんな台詞セリフを吐いてどうするのヨ……そういうことを言うのは、サンドラだけにしなさイ」

「ナナナナナ、ナニを言ってるんですノ!?」


 するとプラーミャは、少し顔を赤くしたかと思うと、溜息交じりにそんなことを言った。おかげで飛び火したサンドラが、顔を真っ赤にしてわたわたしてるじゃねーか。


「ふふ……だが、確かに君の言う通り、この試合の結果は、あのクズ・・以外、全員分かっているよ」


 そう言うと、先輩が俺の頭を優しく撫でてくれた。

 はは……俺にとっては、あなたのその笑顔と手こそが、クラス代表なんかよりも何倍も価値がありますよ。


 こうして、俺のクラス代表選考会……そして、メイザース学園との交流会イベが終了した。

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