第190話 クラス代表選考会 予選③

「えへへ! ボクの試合、見てくれた?」


 菊池さんと別れてサンドラ達の元へと戻ると、試合を終えたばかりの立花が笑顔で駆け寄ってきた。


「おう! それにしてもお前の精霊ガイスト、[ジークフリート]の時から大分変わったな!」

「うん! そうなんだ! でも、【チェンジ】と【竜の息吹】、【竜の恩恵】は今まで通り使えるよ! それに……新しいスキル、【四神】はホントにすごいんだ!」

「【四神】……ひょっとして、さっきの盾とクレイモアにまとわりついていた、龍のことか?」


 俺はおもむろにそう尋ねると、立花はゆっくりと頷いた。


「……で、【四神】って言うくらいなんだから、あと二つ能力があるんだろ?」

「えへへ、まあね。できればそれは、望月くんと戦うまでは温存しておきたいなあ」


 そう言うと、立花はチラリ、と俺の顔を覗き込んだ。

 というか、相変わらず立花の上目遣いの破壊力はすごいな。加隈がやられちまったのも頷けなくもない。


「はは、ひょっとしたらトーナメント一回戦で当たるかもしれないけどな」

「あはは、それはないよ」

「? どうしてだ?」


 やけに立花が自信満々に答えるので、俺は思わず聞き返した。

 あんなのクジで決めるんだから、運要素しかないだろ。


「だって……ボクと立花くんは友達同士だけど、ライバル・・・・でもあるんだから。そういう運命・・なんだよ」


 立花はその翡翠ひすいの瞳に想いを込め、ジッと俺を見つめた。

 だけど……運命・・、か……。


「悪いけど、俺はそんな運命・・なんてクソみたいなモンは信じてないんだ。だから、立花は俺の親友でライバルだってことは間違いないけど、それでも、俺は運命なんて・・・・・認めない・・・・


 そうだとも。この俺が運命・・ってヤツを認めちまったら、それは、先輩の不幸な未来を受け入れるってことなんだ。

 だから、もしその運命・・ってモンがあるなら、俺は全部ブチ壊してやる!


「あは……望月くんらしいね。だから、ボクは……」

「? 立花?」

「あ……ううん、何でもないよ!」


 立花は少しかぶりを振ると、頬を少し赤らめながらはにかんだ。

 いや、そういう表情を易々と俺に向けるな。俺だからいいけど、加隈にそんなモン見せたら、絶対にお前、つきまとわれるぞ……って、それはもう手遅れか。


 その時。


「むむ!? も、望月くんの試合はまだ終わっていないだろうな!?」


 焦った表情の先輩が、俺達のところに駆け込んできた。


「え、ええ、俺の試合は四試合目なので……」

「そ、そうか……良かった……」


 俺がおずおずと答えると、先輩はホッと胸を撫で下ろした。

 というか、なんでそんなに慌ててたんだろう。


「いえ……会長は、明日の二年の選考会の関係で、学年主任から呼び出しを受けてしまったんです」

「うおっ!?」


 突然、後ろから音もなく氷室先輩が現れ、俺は思わず仰け反ってしまった。


「……今の望月さんの反応は、少々傷ついてしまいますね」

「うああああ!?」


 ひ、氷室先輩、普段は無表情なのに、こんな時に限ってそんな寂しそうな表情をするのは反則ですよ!?


「ふふ、氷室くん。それは君の登場の仕方が悪かったのだから、望月くんを責めても仕方ないだろう。それに、彼が意図的にそんなことをするような男の子でないことは、君も良く知っているじゃないか」


 せ、先輩いいいいい!


「むう……望月さんの罪悪感につけ込んでデートにでも誘おうと思ったのに、逆に桐崎さんの株を上げてしまうとは……不覚です(ボソッ)」

「氷室先輩!?」

「氷室くん!?」


 い、今、とんでもないことをサラッと言ったぞこの人!?


「と、ところで先輩、その学年主任の呼び出しっていうのは、もう片づいたんですか?」


 このままだと、どんどん氷室先輩のペースになってしまいそうだったので、俺は話題を逸らすように先輩に尋ねた。


「う、うむ……」


 すると先輩は、少しだけ寂しそうな表情を浮かべ、うつむいてしまった。


「あ、せ、先輩、何かあったんですか……?」


 そんな先輩が気になって仕方なくなり、俺は先輩の顔を覗き込みながら尋ねた。


「あ、ふふ……そんな顔をしないでくれ。まあ、いつものこと・・・・・・だから」

いつものこと・・・・・・? 先輩の表情をそんなに曇らせるようなことが、いつものことだっていうんですか?」


 気がつくと、俺は先輩に少し詰め寄っていた。

 だって……先輩にこんな表情をさせてしまうようなことを、いつものこと・・・・・・だなんて言葉で片づけるなんて、俺には絶対に無理だ。

 というか、先輩にこんな表情をさせてしまった、そのいつものこと・・・・・・てヤツを、俺は絶対に許さない。


「明日の二年の選考会、二―二だけ不戦勝で桐崎さんのクラス代表が決まってしまったんですよ」

「「「「はあ!?」」」」


 氷室先輩の言葉に、俺達は一斉に驚きの声を上げた。


「ど、どういうことですか!?」

「まあ……きっかけは桐崎さんが選考会に参加することについて、クラス全員から担任に対してクレームが入ったからだそうなんです。『桐崎さんが参加してしまったら、選考なんてやる意味があるのか』と」

「あ……」


 その説明の意味に気づいたサンドラが、思わず声を漏らした。


 ハア……そういうことかよ……。

 要は、先輩が強すぎるからって、そもそも戦うこと自体を放棄したってのかよ。しかも、まるで先輩が悪いみたいにクレームまで入れやがって……!


「も、望月くん……血が……」

「え……? あ……」


 どうやら俺は、頭に血が昇り過ぎて無意識に唇を噛んでいたみたいで、唇が切れて血が出ていた。


「ふふ……本当に君は……」


 そう言うと、先輩はハンカチを取り出して、俺の血を拭ってくれた。


「ありがとう……私なら大丈夫だ。以前の私なら、そのことに腹を立てて交流戦不参加としていただろうが、今の私には、望月くんが……みんなが、いるから」


 あ……そうか……。

『ガイスト×レブナント』で、最強であるはずの先輩が交流戦に参加しなかったのって、そんな周りの先輩に対する扱いが原因だったのか……。


 だったら。


「はは、しっかし先輩のクラスメイトも見る目ないですねー。うちのクラスの連中を見習って欲しいよな?」

「フフ……そうですわネ。うちのクラスメイトのみなさんは、むしろ超えようと努力する方々ばかりですもノ」


 俺がサンドラに声を掛けると、意図を汲み取ってくれたサンドラも嬉しそうにそう返した。

 はは、やっぱりサンドラは分かってるな。


「あはは……迎え撃つ側としては、複雑な気分だけどね……」

「フン! もちろんヤーは返り討ちにするけド!」


 苦笑しながら頭をく立花とは対照的に、プラーミャは鼻を鳴らした。


「まあ、この私も桐崎さんに負けるつもりはありませんが」


 さすがは先輩の背中をずっと追いかけてきた氷室先輩。そもそもそんな連中とは、格も器も違うな。


「望月くん……みんな……ありがとう……」

 

 そう呟くと、先輩は真紅の瞳に溜まった涙を人差し指ですくい、咲き誇るような笑顔を見せた。

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